第72話「途絶えた希望」
屋敷に戻ると、ユアはロリータファッションを思わせる、白いフリル付きのピンク色のドレスを着せられた。
頭には白のボンネットをかぶっている。
「さあ、始めるわよ!」
「な、何を……?」
目を輝かせるリマネスはユアの質問には答えず、スマホの録画ボタンを押した。
ユアは今から嫌な予感がした。
撮影が始まると、リマネスは声高々にカメラへ向かって話し始めた。
「ごきげんよう、皆様。いかがお過ごしでしょう? SNSでもお伝えしましたように、妹のユアが戻って来ました! 今はこのとおり、元気ですよ!」
リマネスが始めたのは「リア・チューブ」という動画投稿サービスの撮影。
彼女は前々からこのサービスを使って、ユアの捜索のために情報を発信していた。
今日はユアの無事を伝えるための撮影で、わざわざいつもと変わった格好をさせたのだ。
「ご苦労様! これから毎日配信していくからね」
「何のために……?」
撮影を終え、リマネスが余韻に浸るように楽しげに言った。
対して、ユアは終始不愉快だった。
「決まってるでしょ? あなたがどこにも逃げられないようによ」
相手の回答にユアは耳を疑った。
「世界中に拡散できるSNSを使えばみんな、あなたがリマネスのものだって思ってくれる。そして、またあなたが脱走した時にも、リマネスに協力して捕まえてくれるじゃない」
「何で、そこまで束縛するの……?」
「勝手にどこかへ行かれるなんて、不愉快なのよ」
リマネスは何の感情もない冷たい表情のままで言った。
昔から何を考えているのか、想像もつかない。
愛しているから傍に置くのではない。
そこにあるのは、明らかな支配欲だった。
その後、リマネスに隠れて配信された動画を見てみた。
背中を丸め、冴えない表情の自分が映っていた。
横にいるリマネスは、仮面とヘッドドレスが一体化したものを付けて自分だけ顔を隠し、「マリー」と名乗っていた。ユアのことなど構わず、楽し気だった。
抵抗出来ない自分が恥ずかしくなる。
コメント欄には、すでにたくさんの声が寄せられていた。
「マリーさん美人そうで、ユアちゃん可愛い!」「ユアちゃん、お人形さんみたい」「本当の姉妹みたい」「ぴったりのコンビ」など肯定的なものが多かった。
中には「お姉さんを心配させるなんてガキっぽい妹」「恵まれてるのに逃げ出すなんて贅沢すぎる」など、ユアへの批判もあった。
そして中には「ユアちゃん、嫌がってない?」「本当に幸せなの?」と疑惑のコメントもあった。
ユアはそれらの声に救いを求めた。「あなたたちの言っていることが正しい」と。
しかし、その類のコメントはすぐに消されるのであった。
ユアはたちまち有名人になった。「令嬢系リアチューバー」として、リマネスがヒットし始めたためである。
毎回「やりたくない」と断っているが、力ずくで参加させられた。
リマネスにとって満足な出来でない時も延々と言葉攻めをされ、前よりも悪い居心地となった。
そんな日々が続き、時は二月中旬。
三年生はあとは卒業式を迎えるだけ。学校では式の練習のみだった。
通学する頻度は減ったが、リマネスと一つ屋根の下で暮らすユアは毎日が地獄だった。
何度か逃げようとした。もちろん屋敷からの脱走ではなく、異世界への移動を試みていた。
ところが、いくらイマストVのソフトを持って念じても、フィーヴェへは飛べなかった。
一ヶ月ほど移動出来ない日が続くと、ユアの心も折れかけていた。
今日は登校日。
気が重いまま制服に着替え、必要な物を入れたカバンを手に持った。
異世界へ飛ぼうとするのは、トイレに入った時だけ。それ以外では、常にリマネスが見張っている。
いつものように、カバンにこっそり入れていたイマストVのソフトを制服の下に隠し持とうとした。
だが、ソフトが見当たらなかった。
「え……? 何で?!」
ユアはカバンを逆さにして中身を床にぶちまけるも、ソフトは入っていない。
確かにいつも、この中に入れていた。
「朝から探し物~?」
愉快な女性の声がする。
別室に行っていたリマネスが戻って来た。
その手には「イマジネーション・ストーリーV」のゲームソフトが握られていた。
「何で……?」
「今日撮る動画は“ユアの私物”がテーマなの。カバンを覗いたら、これが出て来たのよ。ウソついたわね? 前に、ヴァートンがゲームを出すよう言った時に、“買ってない”って言ったわよね? じゃあ、これは何? どう見ても、ゲームにしか見えないけど?」
ユアは顔面蒼白になった。
リマネスに、ゲームを持っていることがバレてしまった。
「お願い、返して。大切な物なの……」
「施設でもらったお金があったのは盲点だったわ。小遣いはあげた覚えがないし」
ユアは引き取られる際、私物をほとんど没収されたが金銭までは取られなかった。
だが、これを機に没収されるかもしれない。
リマネスはゲームを持ったまま、部屋から出て行った。
「待って! ゲームを返して!!」
ユアが必死に頼みながら追いかけるが、リマネスは吹き抜けになった階段から一階に向かってゲームを投げ捨てた。
下にはヴァートンがおり、ゲームを拾い上げた。
「それを暖炉に入れてちょうだい。これは、リマネスたちに逆らった罰だから!」
ヴァートンは黙ったまま、広間の中央にある暖炉へゲームを持って行った。
「ヴァートンさん、やめて!! ウソをついたのは謝ります! でも、それは大切なものなんです! 返して下さい! お願いします!!」
一階へ駆け降りようとするユアをリマネスは捕まえ、力ずくで押さえ込んだ。
ヴァートンは一瞬だけ目を伏せたが、命令には逆らわず暖炉へ投げ入れた。
大好きなキャラクターたちが描かれたケースが焼かれていく。
やがて、遊ぶ時に必要なゲームカードも燃えてしまい、ユアが買ったイマストVは跡形もなく姿を消した。
インターネットも自由に使えない今、イマストVのイラストを見られる手段は、持っていたゲームのみ。
希望を失ったユアは膝から崩れ落ち、泣きじゃくった。
それを見てリマネスは心から嗤う。
「さあ、学校へ行きましょう。今日も楽しい一日にしましょうね」




