第41話「雪男」
炎界の洞窟内部。
リアリティアの者が異世界へ来るのは珍しく、サラマンデルは真剣な顔と声色になった。
「どうやってこちらへ来れたかお聞かせ願おうか? リアリティアの者がこちらへ来るのは、ごく稀じゃからのう」
ディンフルたち四人も興味津々でユアを見つめた。
しかし、本人は自分の世界について話そうとしなかった。
その時、今までで最も凍てつくような冷気が洞窟内へ流れ込んで来た。
同時にサラマンデルも苦しみ、呻き始めた。
「大丈夫ですか?!」
皆の意識がユアからサラマンデルへ移った。
「いかん……。また雪男が暴れておる。早く、止めてくれ……」
「わかった!」
フィトラグスを筆頭に男性陣は急いで入口へ向かい始めた。
ティミレッジがその場に留まるユアを見て思い出した。
「あ……、僕も残らないと」
魔法は少しずつ戻っているがまだ本調子ではないため、彼も残ることにした。
しかし、ディンフルが意外なことを言い出した。
「白魔導士も来てくれ」
「えっ?!」
「ユアだけ残す」
「でも僕、まだ魔力が弱いですよ?」
「弱くても来て欲しい。ユアは元から魔法も使えないし、戦力もない。だから、トカゲのじいさんを看病してやってくれ」
ディンフルから直接指示をもらったユアは嬉しくなり「お任せください!」と敬礼した。
「”じいさん”はやめろと言っておるじゃろ!」
やはり「じいさん」呼びは気に入らず、怒鳴るサラマンデル。
言い終えると今度は激しく咳き込み出した。
「は、早う行け! 長くはもたんかもしれん……」
「そんな……」
「お前らが急げば助かる……。そうでなければ、あと九十年しか生きられん!」
一瞬ショックを受ける五人だが、彼が言った後に「あと九十年も生きるのか……」と今度は別の意味で絶望した。
「ゆっくり行くぞ。何なら、一年後に始めても良かろう」
「一年も待ってたら、寒すぎて氷の精霊になってしまうじゃろ!」
呆れたディンフルがわざと遅めの出発を提案した。
他の四人は賛成しかけたが失くしたリーヴルとクレイスを見つけるのと、フィーヴェに帰るのが遅くなるので却下した。
ちなみに精霊の間には別の属性に転身するシステムはないため、サラマンデルが氷の精霊になる心配は無い。
◇
ユアだけ残り、男性陣四人は雪男の元へ急いだ。
彼女はディンフルに頼まれた通り、サラマンデルを看病した。
「お前さんは行かんで正解じゃ。天候も良くないゆえ、足手まといを守るには最悪の条件じゃ」
サラマンデルは防炎仕様の布団にくるまって寝ていた。
「みんなが戻るまで私がついています。それより、熱とか大丈夫ですか?」
ユアが体調チェックで彼の額に手を置くと……。
「あっっっつ!!」
高温を感じ、置いた手をすぐに宙で仰いだ。
サラマンデルを一瞬だけ触った手のひらは真っ赤になっていた。
「バカ者! わしは火の精霊じゃ! 人間と同じ体温ではないのじゃぞ! これでも低温じゃ。本当はもっと高いが、どうも体が冷えたようでの」
「い、今ので低温……?! もっと置いてたら火傷するところでしたよ!」
彼の人並外れた体温に驚きながらも、ユアは看病を続けた。
しかし、彼女はこの時気付いていなかった。
ディンフルがある計らいを持って、四人と一人に分けたことを。
◇
ディンフルたち四人が気配を辿って歩いていると、また吹雪に襲われた。
最初に来た時ほどではないが、大量の雪が視界に映り始めた。
近くから獣の咆哮が聞こえた。
「あれか?!」
視界が悪い中、オプダットが行く先を指した。
そこには全身が青と黒の入り混じった毛で覆われた人型のモンスターがいた。
体長は三メートルは超えており、口から雪と氷が混じった息をあちこちへ向かって吐いていた。
「あいつが犯人だな!」
いつでも斬りかかれるようにフィトラグスが剣を構える。
「でも、色がおかしくない? 雪男は本で見たことあるけど、あんなに暗い色だっけ?」
横でティミレッジが心配そうに言った。
「何色でもいいんだよ! あいつは炎界とサラマンデルに迷惑を掛けてるんだ! とっとと終わらせて、この世界を救うぞ!」
相手が気付いていないうちにフィトラグスが飛び出そうとすると、ディンフルが制した。
「迂闊に動くな! あの息に当たれば凍るぞ!」
「言われなくてもわかってる! てか、ラスボスのくせに指図するなよ!」
「指図ではなく指示だ! お前やオプダットは考えるよりも先に行動をするだろう?」
「勝手に決めつけるな!」
ディンフルからの指示が気に入らないフィトラグスが文句を垂れた。
雪男はまだこちらに気付いていないが戦う前からギクシャクし、見ていたティミレッジとオプダットも気まずくなった。
「事実だ。私との戦いの際、お前は仲間の制止を振り切って来ただろう?」
ディンフルはイマストVのラスボス戦を振り返りながら言った。
フィトラグスも思い出していた。
確かにティミレッジとオプダットが止めたにも関わらず、迷わずディンフルへ掛かって行った。
真実なので言い返せない。
「何でラスボスが主人公にお節介焼いてんだよ……!」
結局どちらも譲らず。
大切な戦いの前まで仲違いをする二人にティミレッジは頭が痛くなった。
最悪なことに雪男がこちらに気付き、激しい息を吐いて来た。
四人を鋭い冷気が襲う。
ティミレッジが思わず魔導士の杖を前に出すと、白いドーム状の光の膜が四人を包んだ。白魔法のバリアだった。
魔法を使ったティミレッジ本人が一番驚いていた。
「つ、使えた……。やっぱり魔法、戻ってる!」
四人は安堵の息を漏らした。
「やはり連れて来て正解だな。白魔導士のように、お前たちもしっかり役に立ってもらうぞ」
ディンフルほっとしながら、フィトラグスとオプダットに言った。
しかし、またフィトラグスが喧嘩腰になった。
「前から思ってたが何でティミーのこと、名前で呼んでやらないんだ? “白魔導士、白魔導士”って。ティミレッジ、もしくはティミーって呼び名があるんだ! ちゃんと呼んでやれ!」
「いい加減にしろよ!!」
ディンフルに注意したフィトラグスをオプダットが怒鳴りつけた。
過去を話してくれた時と同じような真剣な目に、今回は怒りも混じっていた。
「さっきから何なんだよ?! 今は休戦中じゃねーのかよ? 敵味方関係なく協力して、フィーヴェに帰るんだろ? 何でずっとケンカしてんだよ?!」
フィトラグスとディンフルは互いへ向けていた怒りの気が消え、オプダットへ意識が向いた。
「特にフィット! ここまで上手く来れたのはディンフルの助けもあったからなんだぞ! いつまで敵扱いしてんだよ?! もうちょっと”感謝しよう”とか思えねぇのかよ?!」
「お、思ってないことはないが……」
オプダットに続いて今度はティミレッジも意見を言い始めた。
「じゃあ、“指図するな”とか“お節介焼くな”なんて言ってられないよね? 大人げないよ。ディンフルさんもですよ! “ディファートだから人間が嫌い”って言っていますけど今、ディファート嫌いの人間はいますか? 僕の記憶ではミラーレを含めて差別する人はいませんでしたよね? 他の世界ではディファートが知られてないからですよ。ユアちゃんや僕たちだって、してませんよね? なのにずっと無愛想じゃないですか!」
ディンフルも口をつぐんだ。
本人も大人げないことに自覚はあった。
ティミレッジが張ったバリアにヒビが入り始めた。
雪男はこちらへ息を吐き続けていた。
「まずい! まだ本調子じゃないから、長くはもたないよ!」
「魔法が少しだけなら近距離で片を付けるしかあるまい。フィトラグスとオプダットの力が必要だ。くれぐれも奴の息には気を付けろ」
「だから、お節介なんだって……」
二人から叱られたせいか、フィトラグスの反論に力がこもっていなかった。
「私も行こう。相手は一人だ。三手に分かれれば、相手を混乱させることが出来る」
「いい作戦だな! さっすが、ディンフル!」
ディンフルの提案をオプダットが賞賛した。明るく元気な表情が戻っていた。
魔法はまだ本格的でないので、ディンフルの魔法剣も期待できない。
ティミレッジが彼を心配して言った。
「ディンフルさんも無茶しないで下さいね。魔法がどれぐらい使えるかはわかりませんが、バリアの強化なら出来そうです」
「頼むぞ、ティミレッジ」
ようやく名前で呼ばれ、「はいっ!」と元気よく返すとティミレッジは早速、魔法を使った。
バリアに入っていたヒビが消え、さっきよりも白色が濃くなった。
「やったな!」
「この調子で、全部戻るといいな!」
フィトラグス、オプダットとともに喜ぶとティミレッジは再び杖を光らせて魔法を唱えた。
すると今度はディンフルのマントから縫い糸が外れ、裂ける前の状態に戻った。
「お前……?」
「よかった。気になっていたので、直してみました!」
驚くディンフルに対し、ティミレッジは満面の笑みを浮かべた。
特殊なマントを魔法で直すのは炎界に来る前に試したが無理だった。今回は上手くいき、ディンフルのマントは無事に直った。
魔法が戻っていると確信したディンフルも左手から紫色の棒状の光を出した。
光は大きくなると、紫と黒を基調とした幅の広い大剣へ変化した。
「剣が出た!!」
ようやく姿を現したディンフルの武器。
四人は戦闘態勢になり、再び雪男を睨みつけた。