第39話「凍てつく炎の世界」
足を組んでソファに腰かけていたディンフルは目を覚ました。
膝には老婆が用意してくれたブランケットが置かれていた。だが眠る前には自身のマントをひざ掛け代わりに置いたはずだった。
他の三人は眠り、ユアだけカーペットの上に座っていた。
「寝ないのか?」
ディンフルが声を掛けるとユアは一瞬だけ体を震わせ、こちらを見た。
よく見ると、その手元には彼のマントがあった。
「何をしている?!」
ディンフルは立ち上がり、マントを奪い取った。
縫い針が付いており、破れた部分が糸で繕われていた。
皆が寝ている間にユアは裁縫をしていたのだ。
「これは……?」
「ごめん、勝手なことして」
つい怒鳴ってしまったが彼女の修繕する姿を見て、ディンフルは何も言えなくなった。
「何故、ここまでする?」
「私たちを庇って、こうなったから……」
ユアはまだおどおどしていた。
ディンフルは落ち着き払って言った。
「だから“気にするな”と言っているだろう。こんなことをしてもらわなくとも、じきに直る。無理をして繕わなくとも良い」
よく見るとユアの指には絆創膏が貼られ、血を拭いたティッシュが落ちていた。
さらにマントの縫い目もガタガタで、お世辞にも上手とは言えなかった。
それらを見てディンフルは彼女は裁縫が(裁縫も?)苦手と判断した。
「私のマントはよほど強い魔法を受けぬ限り、どんな攻撃も防いでくれる。石像の剣でも斬られないはずだった。魔法が封じられているせいで今はただの布だが、魔法が戻れば勝手に回復する。だから裁縫で直されては困る。針と糸で何度も穴を開けると、却ってダメージになる。そもそも、人の物に勝手に針を刺すのはな……」
「ご、ごめんなさい!」
注意を受けたユアは急いで糸を切り、針も抜いて裁縫道具を片付け始めた。
「気持ちは受け取っておこう」
ディンフルが優しく言うと、ユアは目が飛び出しそうになった。
今までに聞いたことのない声色に「そんな声も出せるのか?!」と心の中で興奮し始めた。
「その道具はどうした? 老婆のものか?」
「ティミーから借りたんだよ」
「なるほどな。貸せ」
ディンフルはユアが片付けかけてた裁縫道具から針と黒い糸を出すと、器用な手つきでマントに針を通して行った。
「あれ? “繕われたら困る”って言ったじゃん?」
ディンフルは一番上、真ん中、一番下の三ヶ所に糸で点を作った。
「これなら針を通す箇所が少ないし、裂け目が広がらずに済むだろう」
「なるほど! さすが、ラスボスは何でも出来るんだね!」
「ラスボスは関係ない」
マントは完全とは言えないが、繋ぎ合わせることが出来た。
ユアは本人の許可なく勝手に縫ってしまったことは、申し訳ないと思った。
だがディンフルの優しい言い方で、彼へまた少し想いが届いたと信じていた。
時間は昼時。その頃になると眠っていた者たちは目を覚まし、老婆は昼食まで振る舞ってくれた。
ここで五人はこの世界について知ることになった。
「吹雪はだいぶマシになったけど、まだ元の状態ではないわね」
「元々はどんな世界だったんですか?」
「ここは炎界と言って、あちこちに炎を灯した世界よ」
水界とは逆で、今度は熱い世界だった。
しかし今は炎をまったく灯せないほど吹雪いていた。雪とは無縁のはずなのに……。
「今朝からこんな感じなのよ。みんな、寒さには慣れていないから家に引きこもっているわ」
「原因はわかりますか?」
ユアが聞くと老婆は頭をひねりながら答えた。
「原因ねぇ……。思い当たるとすれば、サラマンデル様かしら?」
「サラマンデルって……火の精霊ですか?」
ティミレッジは名前を聞いてすぐに思い当たった。
「そう! この炎界はサラマンデル様の力で成り立っているの。でも最近起こった竜巻で体調を崩されて火の勢いが弱くなってたのよ。今朝は炎界史上初の雪が降るし、きっと体調がもっと悪くなったんだわ」
男性陣四人は息をのんだ。
水界の前に行っていた菓子界でも竜巻が原因でモンスターが現れた。
ディンフルらもその竜巻が原因でフィーヴェから飛び出したので、気にならずにはいられなかった。
体調を崩している火の精霊も気になった。
老婆いわくサラマンデルは彼女より長生きだそうだ。もしかしたら竜巻について何か知っているかもしれない。
ユアたちは希望を抱き、見舞いを兼ねてサラマンデルの元へ行くことにした。
◇
老婆からサラマンデルが住んでいる洞窟の場所を教えてもらい、外へ出た。
吹雪はもう止んでいたが雪はまだちらほら降っていた。次の吹雪が起きる前に問題を解決しなければならない。
ディンフル以外の四人は寒さを凌ぐため、老婆からポンチョのような上着を借りた。
ところがここは本来、炎の世界。ポンチョは服に火が付かないための耐熱仕様で、耐寒用には作られていない。寒さはわずかしか防げなかった。
それでも無いよりはマシであった。
サラマンデルの前に失くしたクレイスとリーヴルを探そうとするが、ティミレッジとディンフルから「魔力は感じない」と報告を受けた。
雪に埋もれたと思っていたが、風も強かったのでどちらとも飛ばされた可能性がある。
洞窟へ行きながら探すことにした。二人なら魔力を感じられるため、近くにあったらすぐにわかるからだ。
もし道中で見つからなくてもサラマンデルの問題を解決し、炎界に再び炎が戻れば積もった雪はすべて溶け、探しやすくなるだろう。
「四度目は無いと思いたい」
ディンフルはユアを睨みながら言った。重要な二つを失くしたことを根に持っているようだ。
「もっと気を付けるから……」
ディンフルが髪をかき上げた瞬間、ユアは彼の手袋が直っていることに気が付いた。
「あれ? 手袋、裁縫で直したの?」
「まさか。手作業で新品同様になるか」
ディンフルの手袋は人食い花との戦いで破れたが、今はまっさらになっていた。
横からティミレッジが言葉を弾ませた。
「聞いて! 実はさっき、少しだけだけど魔法が使えたんだ!」
ユア、フィトラグス、オプダットは「えっ?!」と一斉に声を上げた。
「手も手袋も白魔法で治してもらった。やはり魔法はありがたい」
ディンフルが魔法に感謝をすると、オプダットは自分のことのように喜んだ。
「良かったじゃねぇか! しばらくしたら完全に戻ったりしてな?」
「だといいな」
オプダットとフィトラグスが喜ぶ中、何故かユアだけ浮かない顔をした。
気になったティミレッジが声を掛ける。
「ユアちゃん、どうしたの?」
「え……? ち、ちょっと、気になることがあって……」
「どうしたの?」
「ま、魔法が戻ったなら、ディンフルのマントも戻せるんじゃないかなって……」
「試したが無理だった。今の魔力では直せぬらしい」
「残念だね……」
彼のマントまでは直らなかった。
気になることを聞けてスッキリするはずだが、ユアはその後も不安が拭いきれないようだった。