第35話「ピラミッド 中編」
ピラミッドの奥。
カエルに召喚された石像の一体が剣を振り下ろすと、フィトラグスが自身の剣で受け止めた。
相手の体は石造りなので一撃が普通の敵より重く、押されてしまう。
「やべぇ……」
「かせんするぜ!」
横からオプダットが蹴りを入れ、石像が転倒する。フィトラグスは窮地から免れた。
「ありがたいが正しくは、“加勢”だからな!」
彼は、オプダットへ言い間違いの指摘をしながら剣を構え直した。
一体とは、この二人で戦うことになった。
もう一体はディンフルが拳や蹴りで応戦していた。
本格的に戦う彼の姿にユアは胸の前で手を組んで見惚れていた。
「推しが、戦ってる……」
「ユアちゃん、顔が赤いよ?」
推しの勇姿に心を奪われないわけがなかった。
そんな彼女にティミレッジは少し引き気味だ。
その時、ユアの頭上からカエルが飛び降りて来た。
「危ない!」
ティミレッジがすかさずユアを庇って避けると、カエルは床に着地した。
「鍵をよこせ! わかってるんだぞ! オイラが持って行った本とその鍵さえあれば、強い魔力を使えることを!」
「どうして、そこまで欲しがるんだい? アンディーンさんの水晶だって盗んだんだろう?」
ティミレッジがアンディーンの名前を出すと、カエルは再びうろたえた。
「お、お前たちには関係ない! おとなしくよこせ!」
カエルが再び万歳した手を光らせると、今度は三体目の石像が現れた。
「まさかの三体目?!」
驚く間もなく、石像はユアとティミレッジに向かって剣を振り下ろした。
二体目の石像と戦っていたディンフルが二人の上に覆いかぶさった。
同時に布類が裂ける音もした。
「ディンフルさん?!」
石像の剣が当たり、マントの三分の二が縦に裂けてしまった。
ディンフル自身にケガは無かったがユアは心に強いショックを受け、先ほどまでときめいていた自分を恥じた。
「気にするな」
怯えた目をした彼女へ、ディンフルが慰めるように言った。
彼は再び石像たちに向き合うと、真っ先に三体目の顔面に強い蹴りを入れた。
三体目の顔は粉々に砕かれ、倒れて動かなくなってしまった。
ディンフルは倒れた石像の体に足を乗せ、足元のカエルを睨みつけた。
「く、くっそ~!」
カエルは悔しがると、階段を上がって行ってしまった。
「クレイスを死守しろ! 油断は禁物だ!」
ディンフルはユアたちに鍵・クレイスを守るよう警告をすると、再び二体目の石像と戦い始めた。
すぐに勝負はついた。再び彼が蹴りを繰り出すと、相手の剣は真っ二つに折れてしまった。
「強っ!!」
「戦闘力に長けたディファートだ! ナメてもらっては困る!」
ユアたち二人が声を上げると、次にディンフルは手刀を石像の額に当てた。
すると、石像は足元まで一瞬で粉々になってしまった。
ディンフルの強さにユアとティミレッジは血の気が引いた。
特にティミレッジは、元々敵同士だったので「本気で戦い合ってたら勝てなかった」と確信した。
「魔法が使えなくても、戦力に異常は無かったな」
ディンフルは倒れた石像二体を見て、自身の力を見直した。
敵が動かなくなったことを確認したユアはおそるおそる彼に近付いて行く。
「あ、ありがとう……」
「お前たちに何かあったら、また赤い正義漢に何か言われるからな」
「あと、ごめんなさい。マントが破れて……」
ユアは裂けてしまったマントを見ながら謝った。
「“気にするな”と言っているだろう。戦っていれば、いずれは綻ぶ」
表向きは冷静に返すディンフルだが、内心は焦っていた。
(このマントは物理の攻撃も防げるはずだ。このまま魔法が使えぬ時が続けば、まずい……)
フィトラグスとオプダットの方も、剣と拳を駆使して石像を倒してしまっていた。
「こいつらも威勢がいいだけだな」
「俺らが強いからだろ! 何せ、ラスボス戦まで行ったんだぞ!」
「まぁな。さてと……」
オプダットが元気よく自慢をするが、フィトラグスは軽く流した。
これで全ての石像を倒し終えた。
五人は一斉に階段上の祭壇を睨みつけた。
上ではカエルが冷や汗をかきながら彼らを見つめ返していた。
◇
ユアたちは階段を上がり、祭壇の前まで来た。
カエルは床にあぐらをかいて座っており、祭壇の上には本・リーヴルが置いてあった。
「あった!」
ユアが喜んで駆けようとすると、ディンフルが制止した。
「簡単に取り返せると思うな。罠の危険がある」
しかしカエルは否定せず、意外なことを口走った。
「もういいよ。持って行け!」
「えっ?」
「オイラは別の方法で魔力を探す。お前らにも勝てそうにないし」
オプダットがリーヴルを手にした。罠も無く、あっさりと取り返せてしまった。
「よっしゃ! 取り戻したぞ~!」
「簡単に戻ると、拍子抜けするな……」
フィトラグスが呆れると、カエルは投げやりな態度で言い放った。
「目的のもんが手に入ったなら、もういいだろ? 早く帰れ!」
それだけ言うと、カエルは祭壇の上に移動し五人に背を向けて座り直した。
「水晶はどこだ?」
ディンフルが聞くと、カエルは一瞬だけ身を震わせた。
答える際に声まで震えていた。
「す、水晶こそ、お前たちに関係ないだろ!」
「関係ないが俺たち、それを取り戻すためにも来たんだぞ! どこにあるんだ?」
オプダットが問うが、カエルはそっぽを向いたままだった。
「アンディーンさんとは、ずっと口を聞かないの?」
次にユアが聞くと、相手はまた冷や汗をかき始めた。
「そんなにアンディーンさんが怖い?」
ティミレッジの質問にカエルは振り返りながら答えた。
「怖くねぇよ! 今は会いたくないだけだ!!」
「何で?」
ユアが理由を聞いてもカエルはまただんまりを決め込んだ。
すると、ディンフルが相手へ剣先を向け始めた。
「こちらの気が済まぬ。そうでなくとも、貴様のせいで時間をロスしているのだ」
「ひぃっ!」
「その剣、どうした?」
「石像のものを拝借した」
フィトラグスに答えながらも、ディンフルは剣先にいるカエルを睨み続けた。
「魔王の肩を持つわけじゃないが、俺も白状すべきだと思う。盗み自体が正義に反しているからな。“ただ盗みたかった”ってだけなら大迷惑だ」
フィトラグスもディンフルの隣からカエルを睨んだ。
自分より体が大きい二人の男性から凄まれ、カエルは遂に打ち明けた。
「失くしたんだよ……!」
「失くしたって……水晶を?」
ティミレッジへ頷くと、カエルは渋々と話し始めた。
「最初はアンディーンの困る顔を見て“ざまあみろ”って思った。でも数日してピラミッドから出ると、水界の水が枯れて、あちこちが砂漠化して、さすがに“まずいな……”って思った。それで水晶を持って行こうとしたら、手が滑って祭壇と床の隙間の穴に入ってしまったんだ。だから、返したくても返せないんだよ!」
「在りどころはわかっているのだな。それで何故、我々の本を盗んだ?」
「オイラも魔法を扱うから、その本や鍵の魔力がすぐにわかったんだ。二つの魔力を奪ったら、水晶の代わりにできると思ったんだが……」
「精霊の力の源は、他の魔法アイテムじゃ代用できないはずだよ?」
「それに人様のものを勝手に取った上に、魔力を奪うって……」
ティミレッジが説明する横でフィトラグスが愕然とした。事情はどうあれ、カエルのしたことは許されることではない。
そこへオプダットが明るく元気に言った。
「よっしゃ! 探しに行こうぜ、水晶!」
「えっ?」
「水晶が見つかれば解決なんだろ? アンディーンとも仲直り出来るし、水界に水は戻るしで……一石 十鳥じゃねぇか!」
「一石二鳥!!」
「一回だけで利益を得すぎだろ……」
ティミレッジとディンフルが同時に訂正し、フィトラグスがうんざりしながらつっこんだ。
言い間違いがあったものの、ユアたちはもう一つの目的である水晶も探し始めた。