第11話
《Side:源泰輝》
「流石に数が多い...なっと」
四方から湧いてくる構成員を蹴り飛ばしながら、泰輝は今の状況を冷静に判断していた。
先程から泰輝の元へ来るのはSIを持たない者のみ。となるとSI所有者は馨の元に向かっている、ということだろう。
相手からすれば馨のSIは厄介な存在でしかない。だから、この展開は大方予想がついていた。
それを考えた上での、20分。
泰輝は今、1階の大広間にいた。吹き抜けになっており、先程から飛び降りてくる構成員もちらほらと見受けられる。
ナイフで切りかかってくる者、正面から殴りに来る者、影からこちらを狙撃してくる者、全員を始末していく。
まさに地獄絵図__そう、形容するのが1番相応しいと言えた。壁や床は地で染まり、息絶えた構成員達があちこちに横たわっていた。
「あんたらの狙いは何だ?『THS』のやつらを殺して何がしたい?」
返事が返って来るはずがないとわかっていながらも、泰輝は目の前でナイフを構えている男に問う。
男はすっと目を細めたかと思うと、無言のまま泰輝にナイフを振り下ろした。泰輝はそれを軽く避けると、後方に向かって肘を勢い良く突き出した。
人の骨の折れる感触。また1人、血を吐き倒れていく。
「復讐か?」
男は何も答えない。ただただ感情の無い目でこちらを見つめ、ナイフを振るうだけ。
泰輝は小さく溜息を吐くと、素早く男の懐へと入り込み、ナイフを持っていた右手を捻り、男を床へと押さえつけた。
「...これで少しは話す気になったか、お兄さん?」
今の体勢から抜け出そうとせず、男はナイフをきつく握りしめている。
泰輝は自由がきく男の左腕を持つと、そのまま肘を起点に関節の曲がる向きとは逆方向に折った。
男の顔が苦痛に歪むも、叫び声1つ上げずに耐える。それどころか、泰輝の腕を掴もうと折れた左腕に力を入れているのか、微かに震えているのがわかった。
今度は、右肘。
またしても声を上げず、肩で息をしながらも耐えた。
一瞬痛みで緩んだ男の手から、ナイフが零れ落ちる。泰輝はそのナイフを手に取ると、ぽーん、と軽く頭上に放り上げた。
「__亜麻色の髪で、赤い目をした少年、だったか?」
男の瞼が、ぴくりと動く。
「...目は口ほどに物を言う。あの子は、『鬼灯』にとってどういう存在なんだ?」
ナイフの腹で男の首筋を叩く。
男は泰輝の手に目を向けると、少し、口角を上げた。どこに、笑う要素があったと言うのか。
「震えているぞ」
突如発せられた脈絡の無い男の一言に、泰輝は目を見開く。
「『目は口ほどに物を言う』、だろ?」
男の身体が力んだかと思うと、泰輝の眼前に男の頭頂部が迫っていた。咄嗟に避けようと上体を捻る。が、避けきれずに左肩に固い衝撃が広がる。
それによって生じた拘束の緩み。男はその隙を見逃さず、到底両肘が折れているとは思えない動きで泰輝の手から逃れた。
反射的に伸ばした手の平を、物陰から撃たれた1発の銃弾が貫く。赤黒い穴が開いた手を握ろうとすると、激しい痛みが腕を走り抜けた。
__痛い、よな。
あの男には痛覚が存在しないとでも言うのか。
両腕をありえない方向に曲げ立ち尽くすその姿は、もはや『人』では無く。
「ははっ...化け物かよ」
「...No.42 源泰輝、19歳。『THS』第3小隊副隊長を務め、無条件で発動できる《Enhance》のSIを持つ。それにより筋肉のリミッターを外すことで、自身の身体能力を上げることができるが、長時間使用すると筋肉が麻痺し身体を動かすことができなくなる」
「...」
「SI所有者に『化け物』だなんて言われたくないな。...源泰輝、お前の方がよっぽど『化け物』に相応しいと思うが?」
「...そういうのは、自分の今の格好を見てから言った方がいいぞ?」
泰輝は自分の顔に挑発的な笑みが浮かぶのがわかった。
『SI所有者のお前に』。
にわかに信じ難いが、この男はSIを隠し持っている訳ではないらしい。全て演技でなければ、の話だが。
ナイフをおもむろに右手方向に投げる。
人が倒れ、床に銃が落ちる音。
微かに聞こえる呻き声が、泰輝の手が痺れ出していることを顕著に表していた。
泰輝は相変わらず無表情で立ち尽くす男に近付くと、彼の頭を軽く掴む。
「お兄さんは情報を吐いてくれなさそうだし__サヨウナラ」
手に徐々に力を入れると、頭蓋骨がミシ、と音を立てた。
このまま泰輝が力を加えれば、この男は確実に死ぬ。『死』が目前まで迫っているにも関わらず、恐怖心はおろか、ましてや『生』に対する執着すらも感じられない。
__ああ、やっぱりこの男は『化け物』だ。
「...源泰輝。1つ、ヒントをやる」
「...ヒント?」
「俺達にとって『死』は__ただの、過程に過ぎない」
バキ。
男がいい終わるのと同時に、泰輝は頭蓋骨を砕いた。
男の目が白目をむき、脳という司令塔を失った身体は力なく倒れた。
一度、《Enhance》を解かなければ。
しかし、男が倒れ、周りに人の気配が無い今が好機だと捉えていながらも、何故か泰輝は解かないでいた。
直感に近い何かが、警鐘を鳴らしているような、そんな感覚がしていた。
『死』は『過程』。『俺』ではなく『俺達』。
構成員達からすれば、『死』は恐怖の対象になりえない。
『死』を迎えることは、最終地点ではない。では、その先に何がある?その先で、何が起こる?
泰輝の脳裏にふと、ある花がよぎった。
違和感は感じていた。何故、彼らは組織の名である鬼灯ではなく、彼岸花を置いて去って行くのかと。
「死人...花...」
それは、彼岸花の持つ別称。『死』の一文字を持つ名。
ヒントは、初めから用意されていたのだ。
「タイムオーバーだ、源泰輝」
身構えるより早く、見覚えのある腕が泰輝の首を締め上げた。抜け出そうともがくも、いつの間にか一度殺したはずの構成員達が泰輝の下半身を押さえつけている。痺れているせいで、思うように身体を動かすことが出来ない。
「一度、死ぬことで、生き返れる、ってか...。誰の、SI、だ...?」
「『死して尚人は花開く』。...彼がよく、言っていた言葉だ」
男が鈍く黒光りする手榴弾を持っているのが横目で見えた。
ピンを抜く音、一瞬の静寂、そして__大きな爆発音と共に、自分の身体が宙に舞うのがわかった。
「がはっ...」
背中から地面と衝突する。
SIのおかげか、想像よりはダメージを食らっていないものの、痺れも相まって指一本動かすことすら困難だった。
辺りには、蛋白質が焦げつくような臭いが充満している。
どうにかして男のいた方向に首を向ける。そこには、真っ黒になった焼死体の欠片が散らばっていた。
「__《源泰輝は怪我をしなかった》」
足音と共に、泰輝の耳に届いた声。
身体の痛みと怠さが初めから無かったかのごとく消え失せる。
20分が、過ぎたのだ。
2人の姿が視界に入ったところで、泰輝はようやくSIを解いた。
隼人のSI__《Erase》は、起こった何らかの事象を、10秒以内であれば無かったことにできる能力。10秒はあくまで目安、らしいが。
「ほら、いつまで寝てんだ。こっからがメインなんだ、へばってる暇はないぞ?」
「もう...少しぐらい休ませてあげたら?これだけ減らしてくれたんだから、私達2人でも行けるでしょ?」
「いや、いいよ。都、ちょっと手貸してくれ」
差し出された手を握り、立ち上がる。まだ感覚が戻っておらず不安定さは感じるが、いずれ元に戻るだろう。
隼人は泰輝が立ち上がるのを見ると、満足そうに笑った。
「翔馬は?」
「外。__さっさと行くぞ、夜明け前に全て終わらせる」
隼人がここには用が無い、とでも言うようにさっさと歩き始める。
また誰か生き返るのではと後ろを振り返るも、誰も、立ち上がる姿はなかった。
「『死してなお人は花開く』、か」
「?なんか言ったか?」
泰輝は答えず、静かに首を横に振った。
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