第一章 三話《間違い探し》
……ドサッ
何かが落ちる音がする、妹の音でも俺の音でもない。妹の後ろから聞こえたのだ。そこに視線を向けると同時、左頬に衝撃が走った。
「私の子に触らないで!!!!!」
鋭い痛みが走る頬を手で抑え、自分に何が起きているか何もわからないまま目の前の光景に目をやる。そこにあったのは妹の姿と、……母さんの姿だった。妹の後ろにあるのは食材の入った買い物袋、買い物から帰ってきたのだろう。
「怜奈……!!!大丈夫!?こんなに震えて……」
母さんはそう妹を抱きしめると俺を睨みつけた。でも俺はそれどころじゃなかった。目の前の光景を理解することより先に、母さんの言った言葉がずっと頭の中を支配した。
——……俺は、”私の子”じゃないのか?
それしか頭になかった、そのせいか俺は何も言えないでただ突っ立っているだけになってしまった。そしてそのタイミングだった。
「まま、お兄が……お兄が悪さしたから私注意しただけなのに、突き飛ばされたの!!まま、こわいよぉ……」
妹は泣き出した。
「私はただ、ヒッグ……洗濯物を盗もうとするお兄を止めたくて……、なのに、なのにぃ…ままぁ……グスッ」
喋りだした妹は止まらない。それが真実ではないはずなのに、自分でも何をしたのか分からない。
だからこそ、否定の言葉が出てこなかった。
話を聞き終えた母さんの顔は、俺に対する怒りと嫌悪が分かるほど酷く歪んでいた。
「………………じゃ……た。」
母さんの食いしばられた口から、小さく声が漏れる。
俺はもう、何が正解か分からない。ただ謝りたかった。
「ごめんなさい、母さ」
「あんたなんか、産むんじゃなかった……!!!!!」
「あんたはどこまで私を不幸にするの……!!あんたのせいで私はご近所さんの笑い者よ!!!引きこもりの社会不適合者がいる家って。」
俺の遮られた言葉は行き場を失った。もう何も聞いてくれないだろう。そして母さんはブツブツと何かを喋り出す。
「……やっぱり……、……よね。」
ゆらゆらとこっちに近づく母さんの様子がおかしい。妹もそれに気がついたようだった。何があってもいつもなら母さんは「出てけ」「姿を見せるな」で終わるはずだった。
——でも今日だけは違ったんだ。
俺の体が倒れる。尻、背中、頭と順番に痛みが広がり始め、遅れて息苦しさを感じた。自分の置かれた状況を理解できないまま違和感に目を向ける。
そこには俺の上を跨り、憎しみの顔でいっぱいになりながら首を絞める母さんがいた。
「……死ね!!!」
母さんは叫び続ける。
「あんたさえいなければ、あんたさえ!!!!」
苦しい。
痛い、苦しい。
苦しい苦しい、死————。
意識が一瞬途切れた。次に気がついた時には先程の苦しみはなくなり、呼吸ができるようになっていた。絞められていたはずの首には何も無く、代わりに自分の手に違和感を抱いた。今俺は手を伸ばしながらなにかの上に突っ伏している。ゆっくりと俺の上体を起こす。
「嫌……いや、……いやぁ……いやぁぁ…………」
前から妹の声が聞こえる、その声は明らかに何かに怯えていた。あんなに強気な妹だ、母さんの剣幕に怯えてしまっているのだろう。そう考えたが、俺の手の感触がそれを全て否定した。
俺は何かに跨っていた。いや、違う。何かじゃない、誰かだ。
ヨレヨレになった見覚えのある服。
グチャグチャに乱れた髪。
そこに居たのは——母さんだった。




