犬と猫は距離がおかしい
ロイが目覚めた日の夕方。
シオンが目を覚ます。
――あれ、なんで寝てたんだっけ。
一瞬、状況を忘れていると、隣から規則正しい呼吸が。音のする方にはロイが眠っていた。
暖かい。いつの間にか布団に入れられている。
シオンの尻尾がゆらりと揺れた。
「…ん、起きたか」
その振動で気がついたのか、ロイが目を覚ます。
「ロイ」
「ああ」
返事がある。また、尻尾が揺れた。
「ロイが布団入れた?」
「お前が起きないからな」
「ふぅん」
「なんだ」
猫の耳が緩む。
ロイはその理由を知らない。
そして、自分が何を許したのかも気づいていない。
**
ロイの怪我もある程度回復して、執務室で報告書を書いていた。
そこへ、オーバが書類を届けにやってくる。
チラリと窓際を見て、それからロイを見た。
「……なんだ」
「猫が来てますね」
「……」
「随分とリラックスしているようで」
「そこがあったかいらしい」
含みあるオーバの笑顔。
ロイは眉を顰めるだけで、それ以上は何も言わなかった。
そして翌日。
簡単に体を動かそうと、ロイが訓練場へ訪れる。
すると、シオンがこちらに走ってくる。
「ロイ」
「なんだ」
「まだ、動いちゃダメだよ」
「医者には軽い運動は構わないと言われた」
「……でも、槍はダメ」
「何故お前が決める!」
二人のやりとりを、第四班の面々は少し離れたところから眺めていた。
**
そしてまた数日。
包帯が取れて、自由に動くようになった体。
久しぶりに十分な運動ができた気がする。
汗を流し、自室へと戻ると。
ベッドに灰色の猫が丸まっている。
「……何をしている」
「寝てる」
「自分の部屋で寝ろ!」
「なんで」
「ここが俺のベッドだからだ!」
「でも、もう寝てる」
――起きないからな。
そう言って一度許されたその距離。
猫は図々しくもロイのベッドに転がり、もう寝てると主張する。
こうなったシオンは言うことを聞かない。ロイはため息をついた。
「……狭いぞ」
「うん」
「もっと端によれ」
そう言えば、シオンはごろりと壁側に転がった。
空いた隙間に横になる。
すぐに目を瞑った犬はまだ気づかない。
さっきから猫は少し嬉しそうだった。
**
それから。
以降も時々、シオンが勝手にベッドで寝ていることがある。
フラッとどこかへいなくなる日もあれば、急に近くにいる時もある。
ロイも初めは「部屋に帰れ!」と言っていたが、子供のような寝顔を見ると、無理に追い出すこともできずに結局そのまま眠るしかなかった。
猫の気の向くまま、振り回される犬。
ある日の訓練終わり、いつものように槍を手入れする犬の側。
日向で転がる猫。その尻尾が、犬の膝に乗っていた。ロイは気にせず手入れを続けている。
「……あの二人、あんな近かった?」
少し離れたところで、タオが言う。
「近かった気もする」
マルクがそっちを見て言う。
「近かったですよ」
オーバが笑った。
「今ほどでは、ありませんが」
少しの間。
タオとマルクがオーバを見る。
そこには少し目を開けて、犬と猫を見る狐。
二人は顔を見合わせて、首を傾げた。
**
ある日の夜。
シオンはタオとマルクと飲みに出かけている。
ロイは一人、寝る準備をした。
空いている壁側。別に普通のことなのに、なんとなく不快に感じた。
布団に入ってからも、それが消えずに何度も寝返りを打つ。
「…………」
いつまで経ってもやってこない睡魔に、ため息をついて体を起こす。
その時、勝手にドアが開いた。
「ロイ、寝た?」
「なんだ」
シオンが入ってくる。そのままロイを跨いで、ベッドの壁側に転がった。
「お前、酒臭いぞ」
「風呂は入った」
「酔ってる状態で入ったのか?」
「そんな飲んでない〜」
「あ、おい枕を奪うな」
「もう寝た」
そうして本当にムニャムニャと猫は夢の中へ。
ロイはそれ以上の文句は言わず、そのままシオンにも布団をかけて、自分も横になる。
少し狭くて、暖かい。
すぐに睡魔がやってきて、ロイも眠った。
その次の朝。
シオンが先に起きる。お腹に重み。
ロイの尻尾がシオンを温めるように乗っかっている。
背を向けているから犬の表情は分からないが、もう少しこの暖かいところで眠ろうと、ごろりと転がってその背中に額をくっつけた。
**
「班長、シオン見てないですか」
「上だ」
キィがロイへ問うと、一言そう返ってきた。
言われたまま上を見ると、宿舎の屋根の上で寝転がる猫の姿。
今では、第四班の班員はシオンに用があると、まずロイを探す。そしてその場にいないと、所在をロイに聞くのが当たり前になった。
犬もよく、猫の場所を分かっている。
「シオンー、マルクが飲み行こうってー」
それには猫の耳も犬の耳も、ピクリと反応した。
猫が降りてくる。
「行く」
「着替えて門前集合」
キィがその場を離れると、シオンはチラリとロイを見た。
「行ってくるね」
「ああ」
会話はそれだけ。
だけどその夜。
ロイはなんとなく眠らずに部屋で仕事をしていた。
「ただいま」
そこへ帰ってくる猫。
そして当たり前のようにベッドに転がる。
犬はそれを見て、ふぅ、とため息をつく。
自分も寝るかと書類を机に置いた。
「また、俺の枕を奪うな」
「んー…」
「ほら、こっちを使え」
差し出された新しい枕を見て、シオンは顔を上げる。
「俺の?」
「ああ」
受け取った新しい枕をシオンが抱える。
嬉しそうに尻尾が揺れた。
ロイは初めて、それを見て微笑む。
シオンはその顔を見た時、今まで意識していなかった全てが急に違うものに変わった気がした。
ロイが布団に入る。
近い。
尻尾が触れる。
近い。
思わず抱えた枕で顔を隠し、壁側へと寄った。
「どうした?」
それに気づいた犬が問う。
「別に」
「狭いだろ」
「平気」
「寝れるのか?」
「もう寝てる」
ロイはその様子に首を傾げるも、まあいいかと眠りについた。
犬の呼吸が規則的になる。
猫はそれを確認すると、少し体を起こして、その顔を覗く。
「……ロイ」
ロイはぐっすりと眠っている。
「…ロイも、結構、俺のこと好きじゃない?」
返事はない。シオンは少し考える。
「まあ、いっか」
目を閉じる。犬の隣は暖かい。
その後すぐに猫も深い眠りについた。
**
「起きろ!」
そして朝。
丸まる猫の布団を犬がはぎ取った。
「あと五分」
「もうそれ三回目だ!」
朝から騒ぐ声がロイの部屋から聞こえた。
廊下を歩くタオ。
「……あれ、シオンの部屋ってこっちでしたっけ」
オーバがいつもの笑顔で答える。
「違いますねえ」
「…………」
「まあ、いいじゃないですか」
「……え?」
狐が聞こえるドアを見る。
「本人達が楽しそうですので」
そして、そのままタオを連れてその場を離れた。




