犬と猫はよく噛み合う②
二人が東側に着くと、状況はシオンの言っていた通りだった。
亀裂を塞いでいたはずの瓦礫が、中へ崩れて大きな穴を作っている。
そこから続々と鼠型魔獣が這い出してきていた。
「くそ、数が多い!」
東側を任されていた班員達がなんとか押し留めているが、まだ穴の奥から聞こえる音は止みそうにない。
「ミル、あとどれくらいいるか分かるか?」
「多すぎ。まだ分かんない」
ロイが舌打ちをする。
シオンを他の地点へ応援を呼びに行かせたいところだが、東側を担当していた班員達はすでに疲弊している。
ここでシオンが離れれば、抑えるのは難しいかもしれない。
「俺とミルで抑える。第二班はそのまま穴を抑えろ!第七班は負傷者を下げて、誰か一人、西か北から応援を呼んでこい!」
声を張りながらロイは槍を構える。
シオンは頷いてすぐ、ロイが構えたのと同時に走り出した。
「上行く!」
シオンはそのまま突き出した石を蹴り、壁を駆け上がる。ロイはチラリとそちらを見て、すぐに視線を魔獣達へと戻した。
「おい、一人で行くな!」
誰かが叫ぶ。
「一人じゃないよ。後ろ、いる!」
そう言葉を返して、シオンは穴を抑える第二班へ向かっていく魔獣を、上から一瞬見る。
そして、魔獣達が進む先へ向かって壁を蹴った。
双剣を抜き、先頭を走る魔獣を右へ逸らす。
続く後ろの二体目、三体目も右へ向くように双剣を振るう。
「ロイ、そっち行った!」
シオンが逸らした魔獣たちは、そのままロイの方へ進んでいく。
シオンは後を追わない。
次に出てくる魔獣達が散らばらないように、ダメージを与えながら誘導していた。
一方、ロイは向かってくる魔獣に向かって槍を大きく薙ぐ。力の弱い鼠型魔獣はそれだけでまとめて地面に転がった。
「また、三!」
「ああ!」
そのまま次にシオンが誘導してきた魔獣三体を捌いていく。
「右!」
シオンが言えば、ロイが右方向へ大きく槍を振る。
「上がれ!」
ロイが言えば、シオンは壁側へと駆け上がった。
それからもシオンが誘導してロイが捌く。
「……なんだあれ」
暗号のような短いやり取りに、第二班の一人が呟いた。
致命傷は与えていないものの、素早く正確な攻撃で大量の鼠を一人で捌く猫。
たった一言だけで状況を理解し、一振りの槍で何体もの魔獣を刈り取る犬。
きれいな連携のおかげで、こちらも動きやすくなり討伐の効率は上がっていった。
「左!」
シオンの声がしてすぐ、ロイは左方向へ体を逸らし、抜けた鼠を後ろから薙ぐ。
「固まりが行く!」
「分かった!」
シオンがロイの方へ駆けてくる。
その後ろを複数の魔獣が追っていた。
シオンがロイの元へ辿り着く。
そのままロイの肩を足場にして、大きく後ろへ跳んだ。追ってきた魔獣の目の前に、代わるようにロイが立つ。
魔獣達は止まれない。
ロイが槍を大きく薙ぐ。
五体がまとめて地面を転がった。
残る三体。右の一体を、そのまま槍で突く。
ロイがそちらへ身体を向けたのと同時に、反対側へ着地したシオンが残りの二体を斬り伏せた。
そしてまた、シオンが穴へと走る。
今度は魔獣の後ろに着くと、双剣を振ってシオンから逃げるように誘導した。
その先にはロイがいる。
「三!」
報告はたったそれだけ。
ロイはまた槍を振って、追われた魔獣を斬り伏せた。
駆けつけた第七班の班長がそれを見る。
「猫が鼠を追いかけてら」
「冗談言ってる場合じゃないです」
すかさず共に来た班員に言われる。
「まあ、あれなら、こちらはサポートに回るだけで十分だろ」
「まだ数は多そうですが?」
「変に入ると邪魔になる」
第七の班長はそれだけ言うと、穴を抑えていた第二班の方へと向かった。
二人の連携はその後も崩れず、相当の数を対処した。巣穴から出てくる魔獣の数も減っている。
「穴に爆弾を仕掛ける!二次崩落はなさそうだ!」
第七の班長が二人に告げる。
まだ中に潜むかもしれない魔獣を一気に片付けるようだ。
シオンは壁を上がってその様子を見ている。
班員の一人が、穴に向かって爆弾を投げた。
その時、シオンの耳がピクリと動く。
通常よりはるかに大きい個体。
爪が地面を削る音が聞こえた。
爆弾を投げるため穴に近づいていた班員へ、その音が一直線に近づいてくる。
「ロイ!」
シオンが呼ぶ。
それだけで、ロイはシオンがいる壁側へ駆けた。
シオンが飛び出してきた魔獣の前へ出ると、双剣でその個体を抑える。
「シオン、屈め!」
シオンは迷わなかった。
双剣で魔獣を押し返すと、すぐに身体を沈める。
その頭上を、ロイの槍が一直線に通り抜けた。
正面から攻撃を受けた魔獣はそのまま倒れた。
きっと、この大きい個体がこの群れのボスだったのだろう。
爆弾を投げ入れて以降、数体の魔獣が出てきただけで、今はもう止んでいる。
「ミル、最後よくあんな早く気づけたな」
「にしてもハウゼン班長、名前呼ばれただけだよな?」
「それですぐ前に詰めてきたのか…?」
その場にいた第二、第七の班員達がざわついている。
「本当に、二人の動きがよく噛み合ってますね」
「猫と犬、両方に牙を向けられると、もう逃げることはできないってことだな」
しかし、話題の二人は別のことで騒いでいた。
「さっきシオンって呼んだ?」
「….........」
「俺のことシオンって」
「……緊急時だったからだ」
シオンはロイの顔を下から覗き込む。
ロイは少しバツが悪そうに視線を逸らした。
「ふぅん」
「なんだ」
「もう一回呼んでみてよ」
「結構だ」
「なんで?」
「用がないからだ!」
「ふぅん、じゃあ用があるときはシオンって呼んでね」
「……うるさい!早く残りがいないか確認してこい!」
犬と猫はまた言い合いをしている。
「……仲は悪いのか?」
少し離れたところで二人を見ていた第七班の班長は、そう言って首を傾げた。
**
それから数日。
訓練を終えて、休んでいた第四班のメンバー達が嬉しそうにロイに言った。
「班長、今遊撃隊の中で有名な二人がいるんですけど知ってますか?」
ロイはそれを聞いて首を傾げる。
「いや、知らんな」
「なんでも、見事な連携で『双牙』と呼ばれているみたいですよ」
「へぇ、オーバは知ってたか?」
そこへ話を振られたオーバ。
意味深に笑みを深めると、同意するように大きく頷いた。
「ええ、普段は喧嘩ばかりの黒い犬と灰色の猫らしいですよ」
ロイは思わず顔を顰めた。
シオンは木の上でその話を聞いて、尻尾を一振り。
「なんだそれは」
「二人で一組の牙のようだと」
ロイがシオンを見る。
シオンもロイを見た。
「双牙だって」
「知らん」
「ロイ、どっちの牙?」
「はあ?」
「右と左、どっちの牙?」
「どうでもいい」
「じゃあ俺が右の牙ね」
「なぜ決める必要がある!」
訓練場が笑いに包まれる。
その日から、少しずつ。
その名は広がった。
《双牙》
王国遊撃隊第四班。
犬獣人ロイ・ハウゼンと、猫獣人シオン・ミル。
本人達の知らないところで、その呼び名は少しずつ遊撃隊に馴染んでいった。




