犬の懐はあたたかい
「シオン、街に行こうぜ」
「なんで?」
その日の訓練を終えて、いつものように日向で丸まるシオンに声をかけたのは班員の鹿獣人、タオだった。
そこへ狼獣人のマルクも近づいてくる。
「飲みに行こうぜ」
「行く」
「即答だな」
「酒は好き」
「じゃあ、班長も――」
タオが振り返って、槍を手入れするロイに向かって声をかけるが、言い切る前に「行かない」と、即座に返事が返ってきた。
「ロイ行かないの?」
「行かない」
「なんで」
「お前らと飲んだら誰が止める」
「ロイ」
「「班長」」
「だから行かないと言っている!」
思わずタオとマルクは笑い声を上げた。
堅物でとっつきにくかった班長は、実はただの世話焼きで苦労性。
最近は気ままな猫に振り回されている。
「じゃあ行ってくるね」
「あまり飲みすぎるな」
「善処する」
「遅刻したら外周だからな」
「努力する」
「飲みすぎるな!!」
「うるさい」
犬の態度は相変わらず。
だけど、猫は少し変わったようだった。
**
別の日の訓練終わり。
ロイが座って槍を手入れする傍。
日向が広がるそこにシオンは近づいた。
ロイは顔を上げる。
「なんだ」
「別に」
そのまま隣でごろり、と転がる猫。
「なんでわざわざここで転がる」
「日向」
ロイは空を見上げた。快晴である。
野外に設置された訓練場はほとんどが日向だ。
「なんか後ろめたいことでもあるのか」
「ないよ」
「どっか怪我でもしたのか」
「してない」
「….........」
やがて猫の耳から力が抜けていくのを見て、ロイは意味がわからず眉を顰めた。
けれど、気持ちよさそうに目を瞑る猫を見たら、追い払う気にはなれなかった。
**
それからも、気づいたら猫がそばにいる
ということが増えた。
食事の時、隣が空いていたら座る。
「俺のパンを勝手に食うな!」
「じゃあ代わりににんじんあげる」
森への遠征中、肩にくる衝撃。
「俺を経由して木の上へ飛び移るな!」
「大きいロイが悪い」
書類仕事中の執務室の窓際。
「寝るなら自分の部屋で寝ろ!」
「ここがあったかい」
その小さな変化を、班員たちはあたたかい目で見ていた。なんとなく居心地が悪いその視線に、ロイは思わず副班長のオーバに声をかける。
「なぜこっちを見る」
「いえ」
「なんだ」
「…...懐かれたな、と思いまして」
その一言にロイは片眉を上げる。
「誰に」
「シオン・ミルに」
「意味がわからん」
「ふふ、そうですか」
狐獣人である彼は糸目で常に表情は笑っているようで柔らかい。ただ、今だけはその笑みに何か深みを感じて、ロイはぐっと眉を顰める。
猫を思い返しても、言うことは聞かないし口も減らない。
他の班員と楽しそうにしている時もあれば、気ままに一人、木の上から降りてこない時もある。
しかし、野営では自分が見張りの時にだけ猫の耳から力が抜ける。
それを思い出してロイは「ふむ」と一言。
**
それから、ある日の野営のこと。
ロイが見張り。シオンは近くで毛布にくるまっている。
「班長、変わります」
次の見張りであるオーバが声をかけた。
ロイは毛布から覗く、灰色の耳を見た。
「…...いや、このままあと一時間やる」
「え?」
オーバの狐耳がぴくりと動いた。
「交代はまだ先でしたか?」
「いや、時間通りだ」
「では、なぜ?」
ロイが顎でシオンを示す。
「まだ寝てる」
「......起こさなければいいのでは?」
「見張りが変われば起きる」
「….........」
当然のように答えた。
「今起こす必要もないだろ」
オーバは寝ているシオンを見た。
それからもう一度、ロイを見る。
「過保護では?」
「どこがだ」
「…...いえ、なんでもありません」
「変なやつだな」
ロイは本当に分かっていないらしい。
犬は、猫をよく見ている。
オーバは糸目をちらりと開いて、そんな犬を見た。
きっと、懐いたのは猫だけではない。
それに気づいているのは、今のところオーバだけだった。
**
キンドゥノスの南側。
川を挟んで向かいには小さな村がある。
そこでたびたび魔獣の目撃情報が入るようになった。
同種を複数回見ていることから巣穴が近くに作られた可能性が高い。
まだ人は襲われていないようだが、直近、家畜数体が被害にあった。
第四班十五名。
シオンと鷹獣人のキィが斥候として巣穴探しに先行した。他班員は村で待機である。
帰還時刻である十二時近く。
犬の尻尾は、ゆっくり大きく床を叩いている。
「先行、戻りました」
かけられた声に尻尾が持ち上がる。
しかし、姿を見せたのはキィだけだった。
尻尾が下がった。
「報告を」
キィからの報告を終えてもシオンはまだ帰ってこない。尻尾がまた床を叩いた。
「心配ですか?」
「何がだ」
「シオン」
「あいつが時間を守るかどうかがな」
そして十二時を一分過ぎて。
「先行戻りました」
シオンの声が聞こえて、尻尾が持ち上がる。
それが何度か左右に振れた気がした。
戻ってきた二人の情報をもとに、作戦を組んでいく。幸い群れは出来たてで、数はそこまで多くないようだった。
先頭はいつもと同じくシオン。
その後ろにロイ。
「近い」
「全員、戦闘準備!」
班員全員が武器を構える。
その中で、
「左からくる!」
「伏せろ!」
シオンが魔獣の体勢を崩し、ロイの槍がとどめを刺す。
「そっち飛ばす!」
「飛ばしながらいうな!」
そんなやり取りを繰り返すうちに、二人の連携は目に見えて研ぎ澄まされていった。
多少怪我を負った者が出たものの、無事討伐は完了した。
「ミル、怪我は」
「ない」
「本当だな?」
「心配性犬」
「心配じゃない!確認だ!」
犬の態度は変わらない。
それでも今は猫の隣から動かない。
第四班メンバーに肉付けしました。
副班長オーバ→狐獣人
タオ→鹿獣人
マルク→狼獣人
キィ→鷹獣人




