猫が選んだ場所
シオンが第四班に配属されて、三ヶ月が経った。
相変わらず遅刻はする。
休憩になれば寝る。
気づけば木の上にいる。
ロイには毎日のように怒鳴られていた。
けれど、第四班にはすっかり馴染んでいた。
「シオン、飯行くぞ」
訓練終わり、班員に声をかけられたシオンが木の上から顔を出す。
「奢り?」
「なんでだよ」
「じゃあいい」
「どうせ腹減ってんだろ」
「減ってる」
「じゃあ行くぞ」
「奢り?」
「戻るな!」
シオンが笑いながら木から飛び降りる。
食堂へ行けば誰かの皿から勝手に肉を取って怒られ。
訓練では猫獣人の身軽さを利用して、班員の背後を取って遊び。
休みの日には誘われて街へ出ることも増えた。
一人でいることを好む猫獣人だからといって、人が嫌いなわけではない。
気が向けば輪の中にいる。
気が向かなければ離れている。
そんなシオンの性格も、第四班の班員たちは理解し始めていた。
ロイは相変わらず、「時間通りに来い!」「木の上で飯を食うな!」「怪我したら治療室へ行け!」と口うるさい。
シオンは「今日は朝寒かった」「猫は落ちない」「これくらい舐めとけば平気」と減らず口を叩く。
その度に、またやってる。と班員から笑い声が上がる。
そんな毎日だった。
**
その日の任務も、大したものではないはずだった。
キンドゥノスの森の浅い区域で魔獣の目撃が増えたため、数を確認し、必要であれば討伐する。
第四班から八名。
斥候はシオン。
森に入って一時間ほど経った頃だった。
「止まって」
先頭を歩いていたシオンが足を止める。
後ろを歩いていた全員が止まり、ロイがシオンに近づく。
「どうした」
「前。七……いや、八」
シオンの耳が動く。
「魔獣か。距離は」
「正面六百メートル」
ロイが槍を構える。
「全員、戦闘準備」
それぞれが武器を抜く。
間もなく、木々の向こうから魔獣が姿を現した。
狼型魔獣、八匹。
「散開!」
ロイの指示と同時に、班員たちが動く。
シオンも地面を蹴った。
一匹目の横を抜けながら腹を切り、振り返った二匹目の鼻先を蹴り飛ばす。
他の班員が動きやすいように魔獣の動きを先行して崩していく。
その先走ったシオンの後ろで、ロイは隙を逃がさないよう必死で槍を振った。
戦況はこちらが優勢だった。
八匹のうち五匹が倒れ、残り三匹。
シオンは目の前にいる一体に向けて剣を振っていた。
その時ー。
「っ!」
後方から短い声がした。
若い班員が転倒している。
その目の前、一匹の魔獣が飛びかかる。
シオンには間に合う距離だった。
だから、考える必要もなかった。
目の前の魔獣に無理やり刃を入れて、地面を蹴る。
「ミル!」
ロイの声が聞こえた。
転倒した班員と魔獣の間へ滑り込み、双剣を交差させて牙を受け止める。
重い。腕が軋む。
「っ、重……」
そのまま無理やり身体を捻って、魔獣の勢いを横へ逃がし腹を蹴り上げる。
魔獣がよろめいたところへロイの槍が横から突き刺さるのが見えた。無事討伐できたようだ。
残り一匹も後方にいるオーバが対処したようだった。
「大丈夫?」
シオンが振り返る。
「は、はい……!」
「ならよかった」
そう言って立ち上がった瞬間。
「ミル!」
腕を掴まれた。
「痛っ」
掴まれた先を見れば青筋立てたロイがいる。
「何す――」
「お前、何を考えてる!」
「何が?」
「今のだ!」
「今の?」
シオンが倒れている魔獣を見る。
それから班員を見る。
「助けた」
「見れば分かる!」
ロイの耳が立っている。
本気で怒っている時の耳だ。
魔獣は倒した。班員も無事。自分も。
なのになぜ怒られているのか。
「無茶して飛び込むから怪我するんだ!」
「してないよ」
「右腕」
言われて自分の見る。
袖が裂けて、その下から血が流れていた。
きっと無理に切り込んだせいで爪が当たったのだろう。
「あ」
「あ、じゃない」
「これくらい――」
「大丈夫とか言うな!」
シオンが口を閉じた。
ロイがシオンの腕を取る。
幸い傷は浅く、これならすぐに血は止まるだろう。
「でも、今危なかったんだよ」
「だからって、お前が無理する理由にはならない」
「…………」
シオンが瞬きをする。
「じゃあどうすればよかったの」
「俺を呼べ!」
「ロイを?」
「俺じゃなくてもいい。近くにいる奴を使え! 一人で全部やろうとするな!」
シオンの耳が少し伏せられた。
怒られていることは分かる。
でも、なぜ怒られているのかが、いまいち分からない。
「……助かったんだからよくない?」
「よくない」
即答だった。
シオンが目を丸くする。
「お前まで死んだらどうする」
「死なないよ」
「どうして言い切れる?」
「今までだって帰ってきてるから」
今度はロイが黙った。
シオンには、それ以外の答えが分からなかった。
今までだってそうだった。
自分が一番早ければ、自分が行った。
自分ができるなら、自分が行った。
誰か一人が危険な場所に残る必要があるなら、自分が残った。
そして、いつだって帰ってきた。
「俺なら大丈夫だよ」
ロイの眉間に、深く皺が寄る。
「……隊列はお互いに補完し合うために組む。成功率を上げるため。そして誰か一人でも欠けないように」
「え?」
「もちろん絶対はない。不可能はある。それでも、」
「…………」
「勝手に一人減るな」
シオンが瞬きをした。
「俺は減ってないけど」
「今回はな!」
また怒鳴られた。
「お前が怪我すれば一人怪我人が増える。お前が死ねば一人死ぬ。当たり前だろ!」
「…………」
「助けた奴が無事なら自分はどうなってもいいみたいな動き方をするな」
「そんなつもりないよ」
「なら自分もちゃんと数に入れろ!」
シオンは黙った。
なぜかその言葉だけが、妙に耳に残った。
自分も、数に入れる。
「……分かったか」
「…………」
「シオン・ミル」
「分かったって」
「本当か?」
「しつこい」
「お前が信用ならんからだ!」
少し離れたところで、班員たちが顔を見合わせた。
「今回は猫の負けだな」なんて、初めてロイの説教がシオンの心に届いたのを感じた。
その日の野営。
最初の見張りはロイが担当だった。
シオンは言われるでもなく、木の下。
ロイの近くで毛布にくるまった。
ロイはチラリとそれを確認する。
そして猫の耳が伏せていくのを見守った。




