犬の鈍感は治らない
気づいてて何も言わないキィは曲者
二人が恋人になってしばらく。
気づけばいつも隣。口を開けば小言ばかり。
側から見れば、その関係が大きく変わったようには見えない。
だけど、当人の猫だけは。
「シオン、あんまり遠くにいくな」
犬の言葉が直球になって、その変化に慣れないでいた。
「木の上行くだけ」
「日向ならここもあるだろ」
「…………」
「こっち来い」
訓練終わり、少し休もうと輪の中から外れた途端。
ロイがすぐに反応してシオンを呼び止める。
シオンは少し悩んで、言われた通りロイの隣に寝転んだ。犬の尻尾が揺れる。
槍を手入れするその手元を眺めた。
「ロイ」
「なんだ」
「木の上がいい」
尻尾が止まる。ロイの眉が寄った。
「なんで」
「……なんとなく?」
「ならここにいろ」
シオンは諦めた。
今日のロイは頑固だ。
きっと今日起きた時、「今日の気分は?」と問われて、「別に」と答えたからだろう。
あれは、今日は一人でいたいのか、を問う質問だった。
シオンが本当に嫌がらない限り、今日のロイは譲らない。
それが、シオンからしたら嬉しくもあり、恥ずかしくもあった。
**
久しぶりの合同任務。
春先になって冬眠から覚めた大型魔獣が餌を狩るために森から出てくることがある。
何度か複数体の熊型魔獣が目撃されていた。
見つけたらすぐに討伐。
第四班は一匹の魔獣を対応していた。
「前!」
シオンが言うと、ロイがすぐに前に出た。
それを見たオーバとマルクも前に詰める。
魔獣がシオンを追って腕を振り上げたその瞬間、死角からロイが槍を突きつけた。
その後に続いてオーバ、マルクが剣を振った。
魔獣が倒れる。
討伐は順調に進んでいた。
「さすが双牙は息ぴったりっすね」
「俺らもやってみる?」
「お前、察し悪すぎて死にそう」
「お前が微妙な指示して死ぬ確率の方が高いだろ」
少し遠く、第七班が話している。
視線の先は、倒した魔獣を処理し始めている第四班。
噂の双牙二人は、隣り合って座り、何か話している。
「あれ、なんかハウゼン班長怒ってません?」
「あ、ミルが逃げてった」
「でも捕まってんぞ。また隣座った」
「……普段は仲悪いのか?」
何も知らない第七班は、二人の様子を見て首を傾げた。
「シオン、怪我は」
「ない」
「なら良い」
「心配?」
「そりゃそうだろ」
「信用ないな」
「恋人の心配するのは当たり前だろ」
「!」
突然の犬の攻撃に、耐えられなかった猫が逃げただけだった。
**
シオンもロイも非番の日。
ロイの部屋で昼までゆっくり寝た猫。
目が覚めた時、まだ犬が隣で横になっていたことに驚いた。
ロイはそこで本を読んでいる。
「ロイも寝坊したの?」
「いや、朝、飯は食いに行った」
「戻ってきたの?」
「ああ」
猫の耳がぴくぴくと動いた。
「今日は?」
「……まだ寝る」
「そうか」
そう言うとロイもまた布団に潜る。
そしてシオンを腕に閉じ込めた。
びっくりして少し離れようとするシオン。
ロイが少し腕の力を強めた。
「ロイも寝る?」
「ああ」
珍しいこともある。
活発なロイがこうして昼間に布団に潜るなんて、明日は槍が降ると言われてもおかしくない。
シオンに合わせて選ばれた行動だと感じて、むず痒くなった。
また少し、距離を取ろうと体を動かす。
「どうした」
「……ん、近い」
「いつもこんなんだろ」
「そうでもない」
「嫌か?」
「そういうわけじゃないけど」
そう言いながらも少しずつ下がるシオンに、ロイは眉を寄せる。
「なんだ」
「何が」
「離れてる」
「ロイが近いから」
「嫌なのか?」
「違うって!」
「意味がわからん」
もぞもぞとロイの腕から脱出したシオンは、このままベッドにいるわけにもいかず、昼時なのを理由に食堂へと向かうことにした。
当たり前のようについてくる犬。
いつもの席、二人並んで座った。
それでも、ロイが座った距離がいつもより近い。
「狭くない?」
「そうか?」
知らないふりなのか、無意識なのか。
鈍感な犬は多分、後者だろう。
「ロイはこの後何すんの」
話を変えて、ロイに聞く。
ロイは少し考えて。
「お前といる」
それだけ言った。
シオンの耳が立つ。言葉がすぐ出ない。
シオンの顔が真っ赤に染まった。
「どうした」
「……ロイが変」
「変なのはお前だ」
「ロイの馬鹿犬!」
「なんだ急に!」
残りのご飯をかき込んで、席を立つシオン。
そのまま食堂から出て行く。
残された犬は、猫の気分が変わったのかと、後を追わずに食事を続けた。
シオンはそれから、宿舎から訓練場までの間にある、日のあたりの良い芝生の上で寝転がった。
青い空を見ながら考える。
いつもの距離を言葉にされるだけで、どうしてこんなに落ち着かないのか。
それは、鈍感で無自覚だった犬が、今は自覚を持って言うからだ。
それにしても、何故、ああも普段通りにしていられる。自分だけ焦っている状況も気に入らない。
こちらは、犬が自覚するまでゆっくり関係を築こうと考えていたところだったというのに。
ごろごろと転がりながら考えているうちに、シオンはいつの間にか夢の中へと落ちて行った。
次に目を覚ました時、日が傾いているのを見て、結構な時間寝ていたことに気づく。
一緒にいると言っていた犬を思い出して、飛び起きた。
だけど、ふと自分の尻尾が何かに巻きついているのを感じる。
そちらを見ると、灰色の尻尾がロイの膝に乗せられ、そのまま腰に回っていた。
「……ロイ?」
「ああ、起きたか」
「ずっといた?」
「いや、色々やって三十分くらい前に来た」
「……ふぅん」
シオンはまた自分の尻尾を見る。
「……これ、俺がやった?」
「途中からな」
「途中?」
「最初は俺が乗せた」
「…………」
シオンが固まった。
色々考えるも、答えは出ない。
「……なんで?」
「触りたかったから」
猫の耳がゆっくりと横を向いた。
「それで、しばらくしたら巻きついてきた」
ロイの口元が少し緩む。
「嬉しかった」
「…………」
シオンの顔が一気に赤くなる。
尻尾を思いっきり引っ込めた。
腰に巻きついていた感触がなくなって、ロイの眉が少しだけ下がった。
「……なぜ離れる」
「違う!」
「なんだ」
「ロイのせい!」
「俺は嬉しいと言ったが」
「それ!」
ロイの眉が寄る。
本当に訳がわかっていないようだ。
鈍感なのは恋を自覚してもなお、健在だった。
シオンは言葉を探す。二人の正解をちゃんと考えるように。
「……ロイはどういう意味で、側にいるとか嬉しいとか言うの」
「好きだからだが?」
「それ、ちゃんと全部伝わって、なんか、その」
「なんだ」
その先の言葉が出ないシオン。
顔がだんだん下を向いていく。
ロイは怪しんで、シオンに近づく。
「シオン?」
「だから……!」
「…………」
「恥ずかしいんだよ!」
シオンの顔は真っ赤だった。
ロイは目を瞬かせる。
少しの沈黙。
そしてそれから、本当に嬉しそうに笑った。
「なんだ、照れてたのか」
「うるさい!」
「ははは!」
「〜〜〜ロイの馬鹿!ずっと気づかなかったくせに!」
「ああ、悪い」
いつも文句を言い合ってる。
それでも今は、どちらも幸せそうだった。
**
少し前。
訓練場の整備を終えて、宿舎に帰るオーバ。
一緒に作業していたキィ、タオ、マルクと共に歩いていた。
ふと人影に目を向けると、眠る猫に近づく犬がいた。そして隣に座ったと思ったら、灰色の尻尾を丁寧に自分の膝へと乗せた。
オーバの足が止まりかける。
「…………」
ふと横を見ると、タオとマルクは二人で話していて気がついていない。
反対側、キィのいる方を見た。
キィもあの二人を見ていた。
それからキィもオーバを見る。
「…………」
「…………」
お互い何も言わない。
先に視線を逸らしたのはキィだった。
それはまたロイ達の方へ向く。
オーバもまた、そちらを向いた。
眠ったままのシオンの尻尾が、ロイの腰に巻き付いた。
それを見て、ロイがほんの少し目を細める。
それから、
ふ、と小さく笑ったのが分かった。
「…………」
「…………」
また、キィと目が合う。
オーバが肩をすくめると、キィは小さなため息をついて、今度はまっすぐ前に視線を向けた。




