犬と猫は今日も隣
ふわふわした気持ちで眠りについた。
朝が来て、意識が少し浮上する。
耳がぴくぴくと動いた。
すぐそばには規則正しい寝息が聞こえる。
ぬくぬくと暖かくて、もう少し、と思ってまた意識を手放す――はずが。
シオンは一気に目が覚めた。
いつもは背中合わせで寝ていた二人。
今はロイの腕が腰に回って向かい合わせ。
シオンは状況を理解できず固まった。
「……っ!」
だんだんとその距離に顔が熱くなる。
眠りにつく時は、いつも通り背を向けていたはず。なのにどうして、今、ロイの腕の中にいるのか。
近い。
今までだって、同じベッドで寝ていた。
狭いベッドだ。背中が触れることも、足がぶつかることもあった。
それなのに。
――近い。
少し顔を上げれば、寝ているロイの顔がある。
どうしよう。
そう思った時。
「……起きたか」
頭の上から声がした。
猫の耳が跳ねる。一瞬寝たふりをしようかと目を瞑ったものの、バレバレの嘘の方が恥ずかしくて諦めて目を開けた。
ロイがすぐ近くで、こちらを見ている。
「……おはよ」
「ああ、おはよう」
お互いに起きたことを確認したはずなのに、ロイの腕はまだどかない。
「どうした」
「どうしたって……」
シオンは自分に回った腕を見る。
ロイもその視線を追う。
「…………」
「……嫌だったか?」
ロイの顔を見て目を瞬く。
てっきり、「悪い」とか「寝ぼけてた」とか言われるかと思った。ロイからは少しの動揺も感じない。
「……ううん、あったかい」
素直に言うのは少し恥ずかしい。
猫の耳が伏せられた。
「そうか」
ロイの腕に、少しだけ力が入った。
「まだ早い。もう少し寝ろ」
「うん」
シオンはもう一度目を瞑る。
安心を感じて、ロイの胸に額をつけた。
心も体も暖かくて、またすぐに意識が飛んでいった。
**
次に目を覚ました時には、窓から差し込む光が随分と明るくなっていた。
「……ん」
シオンが身じろぎする。
腰にあった腕はもうない。
隣を見ると、ロイはすでに起きていた。
「起きたか」
「……おはよ」
「おはよう」
シオンは大きく伸びをする。
さっきよりも頭ははっきりしている。
その分、目の前にいる犬が、昨日自分に好きだと言った犬だということもはっきり思い出した。
チラリと向かいで支度をするロイを見る。
「…………」
「なんだ」
「なんでもない」
猫の視線はすぐにバレる。
どことなく恥ずかしくて、今日は布団でごねずに、シオンも支度をしようと起き上がる。
「シオン」
「ん?」
「確認したいことがある」
「なに」
ベッドから降りる前に名前を呼ばれる。
そちらを向くと、ロイはいつも通りの顔をしていた。
「昨日、俺はお前が好きだと言った」
「…………うん」
朝から改めて言われると、妙に恥ずかしい。
シオンの耳が少し横を向く。
「お前も、俺が好きだと言ったな」
「言ったね」
「なら」
ロイが少し考える。
「俺たちは、恋人ということでいいのか」
「…………」
シオンの動きが止まった。
「違うのか?」
「いや」
「なら、恋人だな」
「……うん」
「そうか」
ロイが満足そうに頷く。
隠す気がないのか、尻尾がぶんぶんと振れている。
シオンの尻尾もゆっくりと揺れる。
「そういうの、ちゃんと確認するんだね」
「何がだ」
「恋人とか」
ロイの眉が寄る。
「確認するだろ」
「でも、好きって言った」
「好きだけじゃ分からん。勝手に恋人になったと浮かれてても意味がない」
「…………」
シオンが瞬く。それから、少し笑った。
「ロイっぽい」
「何が」
「鈍感犬」
出てきた言葉は悪口だったが、シオンが楽しそうに笑うから、ロイの尻尾は止まらなかった。
それから二人で支度を済ませ、食堂へ向かおうとした時。
部屋を出る前にロイがシオンを見た。
「なに」
「今日もここで寝るか?」
昨日までは勝手に来て、勝手に寝ていた。
こうして聞かれることなんてなかった。
「……どうしよっかな」
ちょっとしたイタズラ心から、そう言ってみる。
犬はどんな反応なのか。
耳が垂れる?
眉が下がる?
少し期待してロイを見た。
「ここで寝ろ」
返ってきた言葉は、またも予想外。
「どっちでもいい、って時はこっちに来い」
ロイの手がシオンの頬に触れる。
真剣な顔で言うロイに、また自分の顔が熱くなっていくのを感じた。
「……ほんと、急すぎる」
「何がだ」
「展開が急すぎる!!」
シオンは思わず、ロイから逃げるように部屋を飛び出した。
「あ、おい!シオン!」
どうせ食堂で隣に座るのに。
少しだけでもいいから冷静になる時間をつくろうと、シオンはそのままロイを置いて走り出す。
「廊下を走るな!」
最後の一言はいつものロイだった。
**
食堂へ着く頃には、シオンの顔の熱も随分と引いていた。
先に席についていたオーバが、入ってきたシオンを見る。
「おはようございます」
「おはよ」
「今日は早いですね」
「そう?」
オーバの斜め向かい、いつもの席に座った。
「シオン!」
その後すぐ、ロイが少し遅れて食堂に来た。
シオンの耳が反応する。どことなく、少し警戒した反応。
オーバは「おや」とその反応を見た。
「なに」
「何じゃない。装備置いてったぞ」
いつも通りのロイ。シオンの警戒が解けた。
「……あとで取りに行くつもりだった」
「嘘つけ。いつもそんなことしないだろ」
「嘘じゃない」
「飛び出していくから忘れるんだ」
「ロイ、うるさい」
「誰のせいだ!」
いつものやり取り。
オーバは食事を続けた。
呆れながらもシオンの隣に座るロイ。
猫の尻尾が、椅子の後ろでゆっくりと揺れている。
「それで?」
「なに」
「今日は来るのか」
オーバの手が一瞬止まる。
シオンも少し固まった。
「おい、シオン」
「…………行く」
「そうか」
その返事に、犬の尻尾が揺れている。
機嫌良さそうにロイは食事を始めた。
シオンはその黒い尻尾を見る。
灰色の耳がぴくぴくと震える。照れているようだ。それから、誤魔化すように自分の朝食へ視線を戻した。
オーバはそんな二人を見て。
――やっとですか。
何も言わず、食事を続けた。
**
その日の午後。執務室。
落ち着いて仕事をしているロイ。
でも、今日はずっと黒い尻尾が上を向いている。
「今日は機嫌が良いようですね?」
書類を確認する手を止めずに、オーバはロイに声をかけた。
「……まあな」
その一言に思わず顔を上げる。
いつもなら「何がだ」なんて返事が返ってきただろう。
ロイはオーバの視線を受け、少しばつが悪そうに目を逸らす。
「……お前の説教が効いた」
「そうですか」
「……シオンが好きだった」
「ええ」
「…………」
ロイがオーバを見る。
オーバの視線はもう、書類に戻っていた。
「驚かないのか」
「何に?」
「俺がシオンを好きだったことに」
「今さら?」
ロイの眉がさらに寄った。
「お前……」
「失礼」
オーバは口元に手を当てる。
まったく悪びれていない。
「いつから知ってた」
「知っていたわけではありませんよ」
「嘘をつけ」
「本当です」
オーバはいつものように目を細める。
「私はただ、見ていただけです」
「見ていただけだと?」
「例えば」
そう言ってオーバはロイの尻尾を指差す。
ロイは自分の尻尾を見た。
普段は大人しく垂れている尻尾が、今日は持ち上がって揺れている。
「…………」
ぴたりと動きを止める。
「今更隠しても遅いですよ」
「……うるさい」
「それで、気づいただけですか?」
「……いや、シオンに伝えた」
狐の耳がぴくりと震える。
オーバはロイの方を向いて、言葉の続きを待った。
「シオンも俺が好きだと言った」
オーバの目が少し開く。
「なんだ」
「……いえ、そこは早いんですね」
「気づいたなら伝えるだろ」
当然のように言った。
「そうでしたね……」
ロイはそういう男だった。
分からないものにはとことん鈍い。
けれど、一度答えが出てしまえば、迷う理由などないのだ。
「何笑ってる」
「何でもありませんよ」
「気持ち悪いぞ」
「失礼ですねえ」
その後はお互いに書類に目を戻し、黙々と仕事をこなしていった。
**
夜。
ロイが部屋へ戻ると、シオンがすでに布団で丸まっていた。
「シオン」
「なに」
「来たな」
「ロイが来いって言った」
「ああ、そうだな」
認める返事がすぐに返ってくる。
そのむず痒さに、シオンはまだ慣れない。
ロイが布団に入ってくる。
そして、そのままシオンを腕の中に閉じ込めた。
「……ロイ」
「なんだ」
「……おやすみ」
「ああ、おやすみ」
シオンが目を閉じる。
すぐそばから、規則正しい犬の呼吸が聞こえた。
それは、朝と同じ音だった。
猫の耳が一度だけ動いて。
今度はそのまま、眠りについた。




