狐は観察者
オーバ視点のお話です。
獣人には感情を隠す文化がない。
嬉しければ尻尾を振る。
悲しければ耳が垂れる。
気になるものがあれば、目で追う。
分かりやすいからこそ、そこにある特別に気がつかない。
特にロイ・ハウゼンという男は鈍感だ。
相手の特別も、そして自分の特別も――。
**
「左、二!」
キンドゥノスの森の西側。魔獣討伐の任務。
いつもと同じ、たった一言で成り立つ連携。
見慣れた犬と猫の動きに、第四班は二人を中心に隊列を組む。
今日も難なく任務は完了した。
討伐した魔獣の血の臭いに、新たな魔獣が集まってこないよう処理を進める。
ロイはその中心に立って、指示を飛ばしていた。
その側へ、シオンがふらっと近寄っていく。
「お前も手伝え」
「疲れたから無理」
「皆も疲れてる」
そうして指示された作業を、文句を言いながらも手伝いはじめた。
この猫は手伝う気がなければ、きっと一言も発さず、木の上へ逃げていただろう。
それなのに今は、なんだかんだ言いながら結局犬の横に収まっている。
「ロイ、俺、今回はちゃんと魔獣そっちに飛ばす前に全部言った」
「......ああ」
「動きやすかった?」
「そうだな」
猫の耳が動く。
「お前はよくやってる」
その一言に猫は満足そうに笑う。
尻尾が大げさなくらい揺れて、犬の肩にぶつかった。
まるで、気づいてほしいとでも言うように。
ロイは肩に触れた尻尾を、一瞬見たが特に何も言わない。
それでもオーバは見た。
犬の尻尾も揺れている。
**
ある日の執務室。
ロイが書類仕事をする傍ら、よく日の当たる窓辺に寝転ぶシオンの姿。
「シオン、あなた今日は備品確認の担当では?」
書類を届けに来たオーバは、シオンに言った。
シオンの耳がぴんと張る。
「忘れてた」
「タオが探していましたよ」
「うん、すぐ行く」
そうして執務室を出ていくシオン。
その後ろ姿を、ロイの目が追っていた。
「気になりますか?」
「何がだ」
「いえ、何でもありません」
オーバはいつもと変わらない笑みを向ける。
ロイは怪しげにオーバを見るが、それ以上何も言わなかった。
窓の外では、シオンが倉庫へ向かって走っていく。
ロイの正面には、まだオーバが立っている。
それでもロイの視線は窓の外へと向いていた。
**
夕食の時間。食堂に集まる面々。
ロイの正面は埋まっているのに、隣が不自然に空いていた。
そこへ、当たり前のように座るシオン。
また、ロイの皿から勝手に肉を奪って、怒られているようだ。
「肉ばっかり食ってないで野菜も食え」
「猫は肉食だよ」
「お前は猫獣人。屁理屈言ってないで食え」
そしてロイはシオンの皿にサラダをよそってやる。
言われたままサラダを食べ始めるシオンに、ロイの口角が上がった。
猫の尻尾が揺れる。
食べ終わって席を立つロイを、シオンが呼び止めた。
「ロイ、布団もう一枚ほしい」
「寒いのか」
「うん」
「......お前がもってこい」
「俺の部屋のがなくなっちゃう」
「知らん」
どうして自分の部屋の話だと思わなかったのか。
オーバはやれやれと首を振った。
「副班長、どうしたんです?」
タオが聞く。
「......あの二人」
「二人?」
「いえ、何でもないですよ」
「?」
あの会話を聞いても、不思議に思わない第四班の面々も、きっとどこか毒されている。
そしてその夜。
一枚の布団を運び込む犬を見てしまった狐は、暗い廊下で一人、眉間を押さえることしかできなかった。
**
「今日はここまで!」
訓練終わり、オーバの掛け声。
今日はロイが班長会議で朝からいない。
シオンは木の上で休んでいた。
その近くで、いつもの三人がなにやら話し込んでいる。
「お前、まだ花屋の姉ちゃん諦めてなかったの!?」
キィが驚きながら、マルクに言った。
「まだってなんだよ!俺は全然諦める気はねえの!」
ムッとしながらマルクが言う。
「いや~すごいよな。俺、マルクが告白するの三回は見送った気がする」
呆れたようにタオが言う。
「狼獣人は一途なの!」
「その一途さが相手には重いんじゃねーの」
「それか、ぐいぐい行き過ぎとかじゃん?」
「それの何がいけないって言うんだ!」
「ほら、よく言うじゃん。押してダメなら引いてみろって」
「引いたら何がいいって言うんだ」
「あんなにアプローチしてくれてたのに、いきなりどうして!?ってなって逆に気になっちゃう的な?」
そう言ったキィの言葉に、猫の耳が反応した。
オーバは少し離れたところで、「ふむ」と一言。
犬の機嫌が悪くなるのは面倒だ。
とはいえ、二人の間に何か起こるなら、それはそれで面白い。
オーバは何も気づかなかったふりをして、執務室へと向かった。
**
その日の食堂。
ロイの隣、いつもの席が空いている。
シオンはそちらをちらりと見たが、そのまま遠くの席へと座った。
ロイの動きが一瞬止まる。
シオンの耳はこちらに向いていた。
次の日の訓練後。
ロイは槍の手入れをする。
そこから少し離れた木の上に、シオンが跳び乗った。
ロイがそちらへ視線を向ける。
猫の尻尾が一度揺れた。
シオンがタオ達と飲みに行った日。
ロイとオーバは執務室で仕事をしていた。
いつもはもう、とっくに部屋に帰っている時間。
オーバはなんとなく残っていた。
ロイが時計を見る。尻尾が床を叩く。
その五分後、また時計を見る。
眉間に皺が寄る。
さらに五分後。
また時計を見る。
今度は舌打ちが聞こえた。
それからしばらく経って、外から足音が聞こえた。
犬の耳が立つ。
シオン達が帰ってきたらしいが、そのまま真っすぐ宿舎の方へ向かった。
執務室の窓からはその様子がよく見える。
しかし、明かりがついたのは、ロイの部屋ではなかった。
犬の耳が分かりやすく垂れた。
「どうしましたか?」
「何がだ」
「いえ、何かあったのかと思っただけです」
「仕事してただけだろ」
眉を寄せて言うロイに、オーバはため息をついた。
(......単純な駆け引きも、鈍感には意味がないようです)
少し猫に同情しながら、オーバは「そうでしたか」とだけ言って仕事に戻った。
**
「シオン」
翌日、朝の食堂で、また遠くへ座ろうとしたシオンを呼び止めた。
「オーバ、おはよ」
「おはようございます」
「どうしたの?」
「そろそろ、限界のようだったので」
そう言って、オーバはちらりとロイを見た。
オーバの視線を追って、シオンもそちらを見る。
「............」
「鈍感には効かないみたいですよ」
いつもの笑顔を浮かべながら、オーバは言った。
シオンの耳が横にぴんと張って、視線が勢いよくオーバに向く。
「......なんで」
「何がでしょう」
「............」
しばらく睨むように見ていたが、態度の変わらないオーバに、シオンも諦めたようだ。
はあ、と一度大きくため息をついた。
「俺ってわかりやすい?」
「何のことでしょう」
「............じゃあ、犬ってバカ?」
「犬にもいろいろいますからねえ」
「......ずるい狐」
「ふふ、まあ、あえて言うのなら」
オーバは優しく笑う。
「正解は、本人達が一番よくわかっているということです」
「............」
「一般的な駆け引き、ではなくてもね」
シオンが数回瞬いた。でも、また少し不満そうな顔。
「やっぱり全部分かってる」
「それはどうでしょう」
「でも、うん。分かった。もうちょっと考えてみる」
それからシオンは、迷わずロイの隣へ座った。
犬の尻尾が揺れている。
オーバは一歩遅れて、そのテーブルの向かいへと座る。
「シオン、お前、何かあったのか?」
「ん?」
「......いや、何もないならいいんだが」
「ん~あったんだけど、もういいや」
「あっただと?」
「もうない」
「そういう問題じゃない!」
いつもの風景。さわがしい犬と猫。
さっきから、お互いの尻尾がぶつかり合っている。
オーバの隣に座ったタオ。
その様子を見ていて、何かに気づく。
「副班長、もしかして――」
オーバはタオの方を見て、人差し指を口元に当てる。
「先に本人に気づかせてあげましょう」
含みのある笑顔に、タオは思わず黙った。
狐もなんでも知っているわけじゃない。
ただ、人より少し、よく見ているだけだ。
次回こそ犬気づく!!




