Case:8 お家の事情と婚約破棄(仮)の理由
主要人物
・二レイア・フレアラール=ルクセン ・・・ 侯爵令嬢。次期当主。
・ルーク・キルシュ=アナトリア ・・・ 伯爵家四男。二レイアの婚約者。
それは本当になんでもない日常の中で起きた。
2歳になった頃、乳母との散歩中にふと思い出した。
思い出したと言うより、世界に色がついたとか霧が晴れたようなそんな感覚で前世の記憶が蘇った。決して、転んで頭を打ったとか、高熱で死の淵を彷徨ったとかではない。
ああ、これ二回目の人生だわ。と、理解した。
2歳児にしては大人しく聞き分けが良い。理解が早い。そう言われていたのは、前世の存在が影響を与えていたのだろう。
「疲れですか? 二レイア様」
二レイアとは私の今の名前。二レイア・フレアラール=ルクセン。
侯爵家の一人娘。淡紫色の髪に深い青い眼。顔は自分で言うのもなんだが、美少女の部類にはいると思う。
「だいじょうぶ。まだあるけるもの」
抱き抱えられそうになったけど拒否した。だってまだ歩ける。
「あらあら、ではもう少し歩きましょうか」
「うん」
侯爵家は屋敷も広ければ庭も広い。
地位に見合った家構えだと思う。でも、2歳児から見たら途方もなく大きく見える。家の中では(階段など)危ないからと抱っこされていて、庭に出ると手を握ってだけど歩かせて貰えた。
「ねぇ、スージィー」
「あら、何でしょう? 二レイアお嬢様」
「おとうしゃま、今日もかえってこない?」
「・・・・・・お忙しい方ですから。でもこのスージィーも息子のネイサンも居ますから大丈夫ですよ」
「そっか。うん、そうだね」
最後に父に会ったのはいつだったか。母の葬儀の日かもしれない。母は半年前に病気で亡くなった。まだ若かったのに、領地経営や社交にと精を出し過ぎたのが原因の過労で弱っていた所を流行病に罹って、という流れだったらしい。父が役に立たないからと言うのもあったのかもしれない。
それはそれとして、母は亡くなって半年経った今、この家には代理当主になる筈の父が居ない。なので叔父が代理当主として仕事をしてくれている。私の後見人にもなってくれている。
叔父は現在侯爵家が保有していたルナール子爵家を受け継ぎ、そちらも立派に回していた。叔父も過労死しないか心配だ。
「子供は子供らしくよく食べ、よく遊び、よく眠る事が仕事だよ」
とは叔父の言。
叔父は善良な(野心のない)人なのと侯爵とか重くて面倒くさいという理由から乗っ取りの心配はない。
なので、叔父の言葉の通りにのびのびと淑女教育も受けながら子供時代を過ごしている。
━━━━数年後。
私は7歳になっていた。
家庭教師のアルテマー伯爵夫人とお茶を飲んでいた時の事。父親を名乗る不審者が来訪してきた。
私が父親と最後に会ったのは母の葬式の日。それから数年一度も帰ってきていなかったので、正直なところ顔も知らないから本当に父親か分からない。
「本当に父なのか身元をきちんと調べて頂戴。調査が終わるまで敷地内に入れないように」
「承知いたしました。そのように手配いたします」
この家に長年務めてくれている家令のセバスティアンは背筋を伸ばし踵を返して行った。彼ならどうとでもしてくれるだろう。
数日後に実の父親だと(親子鑑定で)確定したので、改めて庭に席を儲けて話し合いをする事になった。同席者には叔父夫婦と一応公証人と書記官にも来てもらった。今まで音信不通だったのに今更現れたのは何か裏がありそうとの判断からだ。
父親の方も女性と私と同年齢くらいの女の子と5歳くらいの男の子が同席する様だ。
「二レイア、久しぶりだな」
「あら、初めまして、お父様。お元気そうでなによりですわ」
実際に1歳と半年程度の幼児が覚えてる筈無いだろう。現実的に考えて。
「そちらの方々は一体どちら様でしょう? 今まで我が姪を放っておいて、どの面下げてここに来たのかね?」
「侯爵家の当主代理に対して何様なんだ! 他家が口を挟むな!」
父が叔父に怒鳴ると、5歳くらいの男の子はビクッと肩が跳ねる。女性が男の子を宥めている。親子の様だが、我が愚父とどんな関係なのだろうか。
「ルクセン侯爵家の当主代理は私だよ。これは陛下が認めた事。君がなんと言おうと覆らない」
「何だと!?」
「当たり前だろう? 2歳の娘を放って家を出ていった無責任な人間に家門を任す訳にはいかない。当然の事さ」
「オレは二レイアの父親だぞ!」
「血縁上の話だ。婿養子に過ぎない分際で何を偉そうに言っているのかな?」
笑顔で対応する叔父。怒りに震える名ばかりの父親。
「お父様に置かれましては、本日はどう言ったご用事でこちらにいらしゃったのでしょうか? それに先程も叔父様が尋ねていましたが、其方の方々は一体どちら様でしょうか?」
「ああ、そうだった。今日はお前に新しい家族の紹介をしに来たんだ」
「新しい家族・・・ですか? つまり、お父様はそちらの女性と再婚なさったと?」
力強く肯定する父。
「だから、今日からこの家に住まわせることにする」
「これから宜しくね? アタシの方が上になるからアンタが妹よ。ちゃんと弁えなさい!」
同年齢くらいの女の子が言う。
「叔父様」
「ああ、セバスティアン」
「すぐに確認してまいります」
セバスティアンが風の速さで去っていく。戸籍を管理している法務局を訪ねに行ったのだ。
「お父様、いつ再婚されたのでしょう?」
「いつって2年ほど前になるかな。娘も息子も居るのだし、責任を取らないといけないだろう? でも、あの女が死んですぐに再婚すれば妻が悪く言われてしまう。だから数年待つことになったんだ」
呆れてしまう。そして怒りが込み上げてくる。この男は母をあの女呼びわりした。そしてこの家を乗っ取ろうとしている。許せる筈がない。
「お父様。否、クロウド様。ご自分の言っている意味を本当に理解しておいでですか?」
「クロウド殿、貴方がそちらの女性と結婚したと言うのなら、法的に既にルクセン侯爵家とは縁が切れたと言うことを理解しておいでか? 既に父親としての資格すら失われているというのに」
「どういう意味だ? 私は二レイアの父親で侯爵家の当主だぞ」
「当主ではありません。当主代理でもありませんと先ほどお伝えしたばかりですが、お忘れてましょうか? あまりにも鳥頭が過ぎるのでは?」
そうこうしている間にセバスティアンが帰ってきた。早い。余程急いだのだろう、息も上がっている。
「確認して参りました。確かに2年程前にクロウド様とカレンという平民の女性との婚姻届が提出され、受理されておりました。また、アマンダとハルトと言う子供もクロウド・フィルガー氏の血縁者として認められておりました」
フィルガーとは父の旧姓だ。元々はダズル男爵家出身だった。けれど、ダズル男爵は爵位を返上し、今や平民になっている。
「公証人。確か婿が再婚した場合、婚家から抜け新たに家を起こすか元の姓に戻るのでしたね」
「はい、その通りにございます。ルクセン侯爵令嬢。彼の場合、実家が爵位は既に返上されておりますので、ダズル男爵を名乗ることは無く平民の立場に在ります」
絶句しているクロウド。
「既に別の家になった身では、いくら血縁者であろうとも干渉することは法律違反になります。また、先程の言動からお家の乗っ取りの疑いが有りますので、こちらで手配いたしましょう」
「ありがとうございます。よろしくお願い致します」
そうして、彼ら(父達)は騎士団に連行されて行かれた。
セバスティアンが騎士団にもしかしてと話をつけていたらしい。本当に仕事の出来る人だ。
「何するのよ! アタシは侯爵令嬢よ! 触んないでよ!」
アマンダはそう叫んでいたが、自分で令嬢とか言うのどうなんだろう?と、ふと考えてしまった。言葉遣い的に間違ってると思うし、そもそもアマンダは我が家とは関係の無い人物である。赤の他人が、それも平民が侯爵令嬢を詐称するのは更に罪が重くなる。理解しているのか・・・否、ないな。理解していないからこその発言だろう。この場には公証人も書記官も同席している。公的な場での発言として記録されている。
叩けば何かしら出てきそうですね。と、公証人の眼鏡が光った。
ずっと黙ったままの女性とハルトは丁重に連れていかれた。恐らく2人は直ぐに釈放されるだろう。ハルトは状況を理解できる年齢ではないし、カレンは始終おろおろしていたので、何も知らされてなかった可能性がある。
「入り婿風情が、調子に乗り過ぎましたね」
「あの人は本当に自分が侯爵のつもりだったんでしょうね。我が国では女性も爵位を継げる事、忘れていたのか知らなかったのかは知りませんけど」
「本当にねぇ。学園を出ているのだから知っていて当たり前なんだけど・・・。そもそも自国の常識知らないってどうなんだろう?」
「7歳児が理解している事を知らないのは恥でしかないでしょうね」
最後の言葉は叔母様だ。おっとり系の見た目に反してなかなかハッキリと物を言う。そこに叔父様は惹かれたらしい。ギャップ萌えかな?
「カレン様でしたっけ? 彼女、あの男のどこが良かったのでしょうね」
本当にどこが良かったのか不思議でならない。
母はたまたま条件に合致する人物がクロウドだっただけの事。政略結婚だ。どこの派閥にも所属してない、家を継ぐ事もない健康な男性。正直な所、子供(後継)さえ作れれば問題なかったそう。
婚約を結んだ時にはまだ、カレンとは会っておらず婚約者も恋人も居なかったので結ばれた。しかし学園に在籍中カレンに出会い、恋に落ちたそうな。これは後から調査報告で知った。
クロウドは貴族だと言って詐欺行為を働いた上、我がルクセン侯爵家を乗っ取ろうとした事により、鉱山での労働刑に処された。軽く見えるかもしれないが、命の危険がある場所での労働である。今までろくに働いたことも無い人間には丁度いいだろう。
アマンダもクロウドの詐欺行為に手を貸していた。と言うよりも、言われるがままに過ごしていただけで利用されていたと言ってもいいだろう。クロウドの言い分をそのまま受け取ってしまっていただけのまだ幼い子供という事で、保護観察付きで母親のカレンがしっかりと育て直す事となった。カレンはこちらに始終申し訳なさそうにし、後日謝罪の手紙も届いた。今後、カレン達がルクセン侯爵家に関わることが無いように遠くへ引っ越すそうだ。彼女は真っ当な人間なのだろう。男を見る目がないだけで。
ちなみに私にも婚約者がいる。母が存命中に結ばれた婚約だった。ほぼ生まれた時に結ばれたと言ってもいい。相性とかあるでしょうになぜ早々に結ばれたのか謎すぎる。
元父達のあれやこれやが落ち着いた頃、婚約者のルークとお茶を飲みながら、この騒動の顛末を語った。
「それは大変だったね。しかし、そのアマンダと言う娘も可哀想だね。実際、洗脳に近かったんじゃないかな」
「そうかもしれませんね。幼い時より、「自分は侯爵だ!だから自分の娘であるアマンダは侯爵令嬢何だ!」って言っていたみたいですし・・・アレの血が混じっているかと思うとゾッとします」
「調査報告を見る限り、昔はそんなんじゃ無かったみたいだけど・・・。やっぱり下手に地位が上がると勘違いを起こすのかな? 自分も気をつけないとだね」
「あら、ルーク様は大丈夫かと思いますけども?」
「信頼してくれて嬉しいな」
そんな風に和やかな時間を過ごしていた。
━━━━更に数年後。
私は15歳になった。現在は学園へ通っている。
ルークとは学年が違うけれど、昼食を共に取ったり、行き帰りも共にしている。仲良しと言っていい。
なので、突然の事に頭が追いつかなかった。
その日は定例のお茶会の日だった。
「今、なんて仰いました? 私、何やら急に耳がおかしくなってしまったようですの」
「婚約を破棄しようと言ったんだよ」
沈黙。
沈黙してしまった。納得がいかない。今までそんな素振り見せなかったし、理由が分からない。
「突然どうされました? 私がなにかしてしまったのでしょうか?」
「いや、君が悪い訳じゃない。ただ、家の都合で結ばれた婚約を破棄したいんだ」
「他に好きな方が出来ましたか?」
「違うよ!」
「では、他により条件の良い縁談が舞い込んだ・・・とか?」
「いや、それも無いよ! なんでこういう時そんなに鈍いのかな? 君は・・・」
はて? 意味が分からない。
彼は伯爵家の四男で、家を継ぐことも与えらられる爵位もない。侯爵家に婿入りするのはそう悪い事ではないと思うのだけれど・・・。
「だから、僕は!家同士の契約とか関係なく!君の傍に居る権利が欲しいんだって!」
「? それでは婚約を破棄する必要は無いのでは? どっちにしろ同じ事でしょう?」
「全然違うよ! 今は親同士の意向で結ばれてる。でも、僕は君と僕の意思で婚約して結婚したいんだ! だから今の婚約を破棄したいって言ってるんだって」
今の婚約は親同士の意向。確かに間違いない。
そして私とルークの意思での婚約・・・つまり。
「つまり、貴方は私のことが好きなの? だから婚約し直す為に一度破棄したい。そういう認識で良いのかしら?」
「そうだよ! ようやく通じた・・・」
疲れたように項垂れているルーク。ちょっと可愛いと思ってしまった。
「えっと、一応確認なんだけれど、ルーク様は私の事を恋愛対象として見ているのかしら?」
「そう言ってるし、今までも行動で示してきたつもりだったんだけどなぁ。全然伝わってなかったって事だよね?」
「婚約者としての義務かと思っておりました。だって、私可愛げもないでしょう?」
「ニアは可愛いし綺麗だよ! 本当は外に出したくないくらい君を想ってる」
「幼馴染の延長線上でそう想ってるだけなんじゃ・・・」
「無いから! ニアが他の男と結婚とかしよう物なら相手が誰であれ潰す覚悟があるよ」
そこまでとは思わなかった。
「それは・・・・・・少々重いですわね」
「すまない、でもそれくらい好きなんだ。ずっと前から」
「重いですが、そこまで想われるのは悪くないですね。ええ、私はまだ貴方と同じだけの重さを返せないけれど・・・それでも良くて? わたしも私の隣は貴方が良い。それくらいには慕っております」
「!? 嬉しいよ! 僕が良いなんて最高さ! 君の隣は僕のものだよ。今までもこれからも、ずっと」
この気持ちは所詮、刷り込みの様なもの。そう思っていた。でも、確かに他の誰かが隣に立つのは想像できない。したくない。そう思ってしまった。
まだ測り兼ねるこの気持ちは、いつの日か明確な言葉が出るのだろう。
「では、ルーク様のご両親と叔父様の予定を擦り合わせて話し良いをお願いしましょうか。まずは婚約の破棄。その後に新たな婚約を私達の意思で結び直しましょう」
「ありがとう! 僕は君を絶対に幸せにするとは約束出来ない。幸せは人それぞれだからね。でも、絶対に後悔させないから」
ルークが微笑む。満面の笑みだ。
(あぁ、私はこの笑顔が好きだな)
そう思った。
前世の記憶のせいで、少々?子供らしくなかった自分をずっと好きだったと言ってくれた。それはとても幸せな事ではないか?
誰にも前世の事は話していない。でも、ルークなら受け入れてもらえるかもしれない。いつか話そう。
前世の記憶で役に立ったのは、商業高校に通っていたお陰で簿記が出来る事とソロバンが作れた事かな。ソロバン地味に嬉しい。計算が楽になる。暗算苦手なのよね。
電卓は構造が分からなかったので作れなかった。
「私も幸せにするとは断言できないけれど、選んでくれた事を後悔させない為に努力し続けるって約束するわ。二人で支え合って生きましょう」
今言える事はそれしか無かった。
「ニア! 大好きだよ! 今はそれで十分さ」
そう返してくれる。私達は笑い合った。
後日、両家で話し合い。一度婚約破棄し、その場で求婚を受けた。ルークは緊張で手が震えていたし、顔にも不安が滲んでいた。私は求婚を受け入れ、彼の用意した婚約指輪を嵌めてもらう。ルークの眼と同じ新緑の石が埋め込まれた指輪。それに対して、わたしの眼と似た青色の石が埋め込まれた指輪を渡す。
私だってちゃんと準備していたのだ。きょとんとした顔で固まっていたけれど、私が「受け取ってくれないの?」と言うと、我に返って直ぐさま受け取ってくれた。もちろん、嵌めて差し上げたとも!
「改めまして、これから末永くお願い致します。婚約者様」
ちょっとおちゃらけて言うと、
「こちらこそ、婚約者として恥じない言動を心がけるよ。君に失望されたくないしね!」
明るく返される。
そんな光景を叔父達に微笑まし気に見守られている。ちょっと恥ずかしい。
婚約の破棄と言っても、実際に届け出たわけでないので内輪の話。実際に婚約破棄の届けを出すともう同じ人とは婚約も結婚も出来ないからね。
「婚約破棄の話をされた時はドキッとしました」
「ごめんね。でも、親同士仲が良いからと結ばれた婚約なんて嫌だったんだ。届出は出さないつもりだったし、君にはちゃんと異性として見て欲しかったからね」
「それなら普通に告白すれば良かったのでは?と今でも思いますが。まぁ、ルーク様のお気持ちの重さを知れて良かったと言うべきなのか・・・」
「重くてごめんね? でも安心していいよ。幾らなんでも監禁したりしないから。社交も大切だものね。次期侯爵様?」
「監禁とか恐い事を仰る」
「これでも我慢できる子だからね、僕は!」
「それ胸張って言うことですの?」
「困惑顔のニアも可愛いなぁ」
今の所、恋愛対象として見てるかは分からないけれど、愛されてるのは悪くない。というか、嬉しいと感じている。
結婚までまだ数年ある。ルークと今有る気持ちと向き合っていこう。それが愛へと育つ日まで。
「必ず、恋愛対象として見てもらうんだ!」
「あらあら、もしかしたら、そう遠くないかもしれませんね」
そんな会話をしつつ、今日もこの時間このお茶会を楽しもう。
「ニア!? それって!」
ルークが席を立つ。それくらい驚いた様だ。
その光景が面白いし、愛おしい。
ゆっくりと、けれど確実に愛は育っている。
二レイアがルークに自分の前世の話と愛を伝える日まで後少し。
━ 終 ━
読んでいただき、ありがとうございました。
少しでも暇つぶしになっていれば幸いです。




