表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/39

CHAPTER3『交錯する牙』

第二階層には、いくつもの暴力が沈殿している。

秩序を装い、静かに牙を研ぐ者たち。

理性を捨て、ただ血を求めて彷徨う狂気。

それらは互いを警戒しながら、同じ“異物”の気配を嗅ぎ取っていた。

蒼海の解放軍。

まだ名は届いていない。だが――その小さな火種が、この監獄の底で、静かに燻りはじめていた。






第二階層通路――




マーケット地帯を抜けた先、広大な通路をジルとバレルは並んで歩いていた。


バレルが言う、心当たりのある男を探しに。

蒼海の解放軍にとって、最初の仲間になり得る存在だった。





ジルは思わず視線を巡らせる。

「……本当に広いな。先が見えない」



バレルは鼻で笑った。

「ああ。この第二階層は、地上の街ひとつ分くらいの広さはあるぜ。迷えば、平気でしばらく戻れねぇ」




人の流れはまばらだ。

代わりに、通路の奥から冷たい空気が流れてくる。




ジルは歩調を落とさず、低く言った。

「……こっちへ行ってみるか?」




前方に、いくつもの通路が交差する分岐点が現れる。



その瞬間、バレルがわずかに足を止めた。

「……いや」


視線だけで、一本の通路を指す。

「そっちはやめとけ。さっきの沈黙の牙の野郎どものアジトが、その先にあるからな」




ジルは一瞬だけ、その方向を見た。

確かに空気が重い。

(……なるほどな)




ジルは、反対側へと伸びる通路に視線を向けた。

薄暗いが、先ほどよりも人の気配が薄い。

「……なら、こっちだな」


そう言って、ジルは静かに歩き出そうとする。



バレルは足を止め、その通路の奥を見据えた。


「ああ、そっちは墓場や旧処刑場の跡があってな。滅多に人は寄り付かねぇが……探してみる価値はありそうだ」




通路の先から吹いてくる風は、どこか冷たく、鉄と湿り気を帯びている。


遠くで、金属が擦れるような音が響き、すぐに消えた。




二人は並んで、人気の消えた通路へと踏み込んでいった。


マーケット地帯の喧騒が背後で遠ざかり、代わりに――張りつめた沈黙が、ゆっくりと濃くなっていく。




ジルは、周囲を警戒するように視線を巡らせた。

通路に漂う空気が、わずかに重い。

「……やけに不気味な雰囲気だな」




バレルは歩調を落とさず、低く応じる。

「ああ。もうすぐ処刑場跡地だからな」




そのとき――

シャリン……と、かすかな金属音が通路の奥から響いた。

鎖が、引きずられるような音。




バレルの足が止まる。

ハサミが、小さく開いた。

「……何だ?」




ジルは反射的に身構え、前方を睨み据える。


暗がりの向こうで、影が揺れた。



「……前から、誰か来るぞ」


通路の奥で、鎖の音が再び鳴った。




やがて、通路の奥から人影が浮かび上がってきた。




五体――まとまった足取りで、こちらへ向かってくる。




先頭に立つのは、鋭い歯を覗かせたピラニア魚人の男だった。



男は歩みを緩めることなく、ジルとバレルを睨みつける。

視線が、頭から足先までをなぞる。

値踏みするように、じろじろと。




バレルが、ジルの横で声を潜めた。

「……こいつら沈黙の牙の兵隊だ。今は揉めねぇ方がいい」





「……何だ、テメェら?」

男は低く吐き捨てるように言うと、すぐに興味を失ったように鼻を鳴らした。


「フン……まぁいい。俺たちは急いでんだ」

そのまま、ジルとバレルを避けるように、五人は通り過ぎようとする。




だが――


ジルは、思わず足を止めた。

「……!?」




五人の中の一人。


バンドウイルカ魚人の男が、両腕と片脚に鎖を巻きつけられ、引きずるように連行されている。


抵抗する様子はない。


その男は少し顔を傾けた。

鎖の音に紛れて、視線だけが滑る。




ジルと目が合った、その瞬間――

男の瞳が細まった。


助けを乞う目ではない。


状況を読んでいる目だ。






バレルが、思わず足を止めた。

「……!? あ? おい、ジル!」




鎖に繋がれた男を見据え、バレルの目が見開かれた。

「こいつだ。俺が言ってた奴だ……早速、見つけちまったな」




ジルは一瞬だけ目を細める。

(何っ……?)




その横で、バレルが低く唸るように続けた。

「どうするよ? あのまま奴らのアジトに連れて行かれりゃ……あの野郎、殺されちまうかもしれねぇぞ」




そう言いながら、バレルは重心を前へ移す。

いつでも踏み出せる――そんな気配。





ジルは、視線を沈黙の牙の兵たちの背中へ戻し、頭の中で状況を組み立てる。


――囲まれている。


――拘束は厳重。

(さて……どうやって解放するか――いや、まずは接触だ)




ジルは一歩、前に出た。

「おい」

通路に、はっきりとした声が響く。




五人の足が止まり、先頭の男が振り返った。

「アンタら、その男を――どこへ連れて行くんだ?」




ピラニア魚人は、鋭い歯を覗かせ、じっと睨みつけた。

「……あぁ?」


鎖に繋がれた男を一瞥し、ジルとバレルへ視線を戻す。

「こいつをどこへ連れて行こうが――テメェらには、関係ねぇだろうが?」





ジルは、肩をすくめるように言った。

「……関係ないかどうかは、聞いてから決める」


ジルは目を逸らさず、続けた。

「その男を、どこへ連れて行く?」




ピラニア魚人は、眉をひそめた。

「……はぁ?」


腰の剣の柄に、指がかかる。



その背後で、沈黙の牙の兵が一歩近づき、低く耳打ちした。

「……そいつ、さっき話にあがってた新入りです。

ロークス相手に、ひと騒ぎ起こしたっていう噂の……」




ピラニア魚人は目を剥いた。

「……何だと!?」


だが次の瞬間、鼻で笑う。

「フン……どうやら、この監獄のことをまだよく分かってねぇようだな」



鞘走りの音が、低く響いた。

剣が抜かれ、鈍い光を帯びる。



ピラニア魚人は刃を肩に担ぎ上げ、言い放つ。

「俺たちは――沈黙の牙だ」


視線を鎖の男へ向ける。

「こいつは、これから俺たちのアジトへ連れて行く。

拷問を受けて――最後は、死ぬ」




わざと間を置き、にやりと笑った。

「……何か、文句あるか?」




ジルの拳が、静かに握られた。

噛み抉られた腕の奥で、血が熱く脈打つ。


「……何っ? そいつが、何をした?」




ピラニア魚人は即座に吐き捨てる。

「関係ねぇ……」




刃先が、わずかに持ち上がる。

「ここ第二階層じゃあ、

沈黙の牙が“ルール”だ」


「俺たちが決めたことに――

理由なんざ、いらねぇんだよ!」




周囲の沈黙の牙の兵たちが、

無言のまま、じわりと距離を詰めた。





その前に、バレルが一歩出る。

「……そいつは、ちょっとやりすぎじゃねぇか?」





兵たちが、一斉に視線を向ける。



バレルの巨大なハサミが、兵たちへ向けられる。

「拷問して殺すだぁ?

派閥の名前を出せば、何でも通ると思ってんのか?」






ピラニア魚人の頬が引きつった。

「……ロブスター、余計な口出しだ。俺たちは“ルール”を執行してるだけだ」






その瞬間――




鎖に繋がれたバンドウイルカ魚人は、わざとらしくジルたちの方へ視線を向けた。




「……この連中は下っ端だ」

低く、淡々と言う。




「肩書きがなけりゃ、何もできねえ」

ピラニア魚人の方へ向き直り、その口角が、ほんのわずかに吊り上がった。






バレルが、喉の奥で短く笑った。

「ハハッ……違えねぇ!」





ピラニア魚人のこめかみが、ぴくりと跳ねる。

「……もう一度言ってみろ。俺たちをその辺の雑魚と一緒にするんじゃねえぞ……!」




肩に担いでいた剣を、ゆっくりと下ろす。

切っ先は、鎖に繋がれた男へと向けられた。


刃が空気を裂く。




周囲の兵たちは、それぞれ無言で武器に手を伸ばす。




ピラニア魚人は、感情のない目で鎖の男を見据えた。

「……イルカ野郎、テメェはこの場で死刑だ……!」


剣を、ためらいなく振り上げる。




「フン……軽率だな」

鎖の男は、剣を振り上げたピラニア魚人を静かに見据えた。





「死ねぇ!」

ピラニア魚人が、躊躇いもなく剣を振り下ろす。




「……っ!」

ジルは、反射的に踏み込んだ。


跳躍で、一気に間合いを潰す。




「!?なにっ……!」




拳が、ピラニア魚人の顔面を捉えた。



バギィッ!



鈍い音とともに、身体が宙を舞い、壁に叩きつけられたピラニア魚人は、そのまま崩れ落ちた。






「……やっちまったな」

ジルは背後のバレルに振り向くことなく言った。




バレルが一歩、前に出る。

「ああ。お前がやらなきゃ、俺がやってた」





「……テメェら。俺たちに手ぇ出して……どうなるか、わかってんのか!?」

沈黙の牙の兵たちは、互いに間合いを取りながら武器を構え、左右へ広がろうとする。





「どうなるも、こうなるもねえ!」

叫ぶように踏み込み、バレルが突撃した。


両手のハサミが唸りを上げて振るわれる。




ゴッ! バギバギッ!




重い衝撃音とともに、三人の身体がまとめて吹き飛んだ。






両手を横に広げ、バレルはひと息ついた。

「……ふぅ。たいしたことねぇ奴らだぜ」





倒れた兵たちのうめき声と、どこかで鳴る水の音だけが響く。






「……フッ。随分と派手だな。助かったよ」

バンドウイルカ魚人は、わずかに口角を上げた。




「……何で、俺を助けた?」






ジルは、相手の目を静かに見据えた。

「……俺たちは、この監獄を抜け出す」


少しだけ間を置き、続けた。

「そのために、俺たちと同じ考えを持った奴を探してるんだ。コイツらのように、派閥の名前を盾にして威張るだけのような奴らはいらない」





バレルが続ける。

「お前は、ずっと一歩引いた場所から、この監獄全体を見渡していたな」




「だから声をかけた……そういう目をしてる奴は、そう多くねえ」





「……なるほどな。話はわかった。そういうことか……だが、無計画に乗る気はない。

何か、考えはあるのか?」

バンドウイルカ魚人の口元の笑みは消え、代わりに冷えた光がその瞳に宿る。





「それがねぇんだよ。俺たちの同盟も、さっき組んだばっかでな、“蒼海の解放軍”って名前もさっき決まったところだ」

バレルはそう言って、ジルのほうを見た。





「……どうやってここを抜け出すかは、これから考えていくつもりだ」

短くジルが答える。





「ただな。二人だけで動いてりゃ、派閥にあっという間に潰されちまう。

だから、同志を探してるってわけだ」

バレルは低く息を吐いた。






その瞬間――背筋を、冷たい悪寒が駆け抜ける。



三人の視線が、一斉に背後へ走った。






「フン……お前たちか。

探す手間が、省けたな」




通路の奥から、一つの影が現れた。





全身を覆うのは、鎧とも皮膚ともつかぬクロヒトデ魚人特有の黒い外殻。

顔は滑らかな面に覆われ、表情は読み取れない。





バレルの声が沈む。

「……クッ。沈黙の牙ナンバー2――ローレンスだ」





その名が落ちた瞬間、

通路の空気が、別のものに塗り替えられた。


ここから先は、

ただの衝突では済まない――

第二階層そのものが、揺れ始める。




《蒼海の解放軍》より、深海監獄から感謝を込めて。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。


もし物語を面白いと感じていただけたら、

あなたの一票(=★評価・ブックマーク)が、

監獄で抗い続ける仲間たちの力になります。


▼作者Xはこちら

https://x.com/00aomiray00?s=21


これからも『半魚囚人ジル』をよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ