表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
34/38

CHAPTER33『怪物の口の中』

沈黙の牙が攻める。

深海の狂気が迎え撃つ。

最大派閥の報復は、第二階層を血で染め始めていた。

瓦礫の崩落隔離区画に、怒号が響く。

狂気の笑い声が、血の匂いに混じる。

混沌と血が交わる戦場。


その光景を、岩陰から見つめる四つの影があった。

その視線の先で、沈黙の牙と深海の狂気は、すでに真正面からぶつかり合っていた。








数では、沈黙の牙が勝っていた。

だが、ここは深海の狂気のアジトだった。


崩れた足場。


入り組んだ瓦礫。


死角だらけの通路。


地の利を得た狂犬たちは、一歩も引いていなかった。



ゴマモンガラ魚人デューガンの周囲に、複数の影が迫る。


槍を構えたアジ魚人。


鉄塊を担いだスケトウダラ魚人。


背後には、釘打ち棍棒を握るボラ魚人。


そして正面には、ロングソードを構えたハンマーヘッドシャーク魚人が立っていた。



ハンマーヘッドシャーク魚人が、裂けるように笑った。

「……ヘッ。テメェは幹部だな?」


ロングソードの切っ先が、デューガンへ向く。

「幹部の首だァッ!獲ったやつにゃ、褒美が出るぜェ!」



深海の狂気の囚人たちが、一斉に飛びかかった。

「オウッ!」


「死ねぇッ!」


槍が突き出される。


鉄塊が振り下ろされる。


背後から、釘打ち棍棒が迫る。


正面からは、ハンマーヘッドシャーク魚人のロングソードがデューガンの首を狙った。



デューガンは、動かなかった。


分厚い顎が、ぎり、と鳴る。

「ハッ」


その目が、獰猛に見開かれた。

「ガタガタうるせぇぞ。雑魚どもが!」



次の瞬間。



デューガンの巨大斧が、横薙ぎに振り抜かれた。



バギィィンッ!!



槍が折れる。


鉄塊が弾け飛ぶ。


釘打ち棍棒が、ボラ魚人ごと後方へ吹き飛ばされる。



全方位からの攻撃が、まとめて叩き返された。


「ぐあッ!」


「がはッ!」


深海の狂気の囚人たちが、瓦礫の上へ転がる。



その中で、ハンマーヘッドシャーク魚人だけが、かろうじてロングソードで斧を受け止めていた。


ハンマーヘッドシャーク魚人の額に、汗が滲む。

「ぐ……ッ」



次の瞬間。



弾き飛ばされた深海の狂気の兵たちへ、デューガンの部隊が雪崩れ込んだ。


倒れた敵兵の喉元へ刃が落ちる。


「グフッ……!」


起き上がろうとした囚人の頭を、棍棒が叩き潰す。


「ガ……ァ……」



沈黙の牙の兵たちは、隙を逃さない。



デューガンは、巨大斧を肩に担いだ。

「……で?」


低い声が、戦場の中に落ちる。

「バシリスクはどこだ?」


デューガンの目が、ハンマーヘッドシャーク魚人を射抜く。

「まさか、逃げやがったのか?」



ハンマーヘッドシャーク魚人は、答えなかった。


ロングソードを握る手が、わずかに震える。


額から流れた汗が、頬を伝った。




一方、戦場の奥でロークスは沈黙の牙の兵に食らいついていた。


腕に牙を立て、肉ごと抉る。



「ぐわああああッ!」

兵の悲鳴が上がる。



ロークスは、口の端から血を垂らしたまま、ゆっくりと顔を上げた。


その視線が、戦場の奥へ向く。



鉄輪のついた指揮台。

その上に座る、ミツクリザメ魚人。



ロークスの裂けた口が、にたりと歪んだ。

「ん……?」


血に濡れた舌が、牙の間を舐める。

「ウルスの野郎……」


ロークスの目が、ぎょろりと開く。

「あの野郎が指揮ってんのか」



次の瞬間、ロークスの体が低く沈んだ。


「ケヒヒ……」

笑い声が、戦場の喧騒に混じる。


「あっちの方が、遊びがいがありそうじゃねぇか……!」



ロークスが、瓦礫を蹴った。


一直線に、ウルスの指揮台へ向かって飛び出す。



「どけぇッ!」


進路上にいた沈黙の牙の兵が、肩から弾き飛ばされた。


深海の狂気の囚人も、巻き込まれて瓦礫へ叩きつけられる。


「ぐあッ!」


「お、俺は、味方――」


言い終える前に、ロークスの爪がその胸を裂いた。



沈黙の牙も。


深海の狂気も。


ロークスには関係ない。



血飛沫を撒き散らしながら、ロークスはただ一直線にウルスへ迫っていく。



沈黙の牙の兵たちが、反射的に道を空けた。



だが、指揮台の上のウルスは動かない。


胡座をかいたまま目を細め、迫るロークスを見下ろしていた。



その横に控えるカジキ魚人バロンも、武器に手をかけない。


ただ、鋭い目だけがロークスの軌道を追っている。



ロークスが、瓦礫を蹴った。


その体が跳ね上がる。

「ケヒヒヒヒッ!」


裂けた口が、吊り上がった。

「ぶちまけろ、ウルス!」


ロークスの鉤爪が、ウルスの喉元を正確に狙う。



だが――



ガシッ!



鉤爪が届く寸前。



巨大な手が、ロークスの腕を掴んでいた。



「……あ?」

ロークスの目が、横へ動く。



そこに立っていたのは、嵐喰らいカイゼルだった。



ジリジリジリジリ……



掴まれた腕に、青白い火花が走る。



バチバチバチィッ!!



「……グ、ガッ……!?」

電流が、ロークスの全身へ流れ込んだ。


ロークスの背が、びくりと跳ねる。


牙の隙間から、濁った息が漏れた。

「テ、テメェ……何モン――」



言い終える前に、カイゼルがロークスの腕を引き寄せた。



次の瞬間。



ドゴォッ!!



カイゼルの拳が、ロークスの胴に叩き込まれた。


ロークスの体が、くの字に折れる。


肋骨の軋む音が、鈍く混じった。



そのまま、弾丸のように吹き飛び、瓦礫を砕きながら、ロークスは戦場の後方へ叩きつけられた。



轟音が、崩落地帯に響く。



ウルスは、指揮台の上で薄く笑った。

「フッ。助かったぜ、カイゼル」



カイゼルは、ロークスを殴った拳を下ろす。

「フン……」


その目に、感情はない。

「目障りな虫を叩き払っただけだ」






その少し前――



ジルたちは、岩陰から戦場を見ていた。


崩落隔離区画の中央では、沈黙の牙と深海の狂気がぶつかり合っている。


怒号。


悲鳴。


鉄が弾ける音。


その中を、ロークスが一直線に駆け抜けていた。



バレルが、瓦礫の隙間から目を凝らす。

「おい……突っ込んだロークスの野郎を、カイゼルが止めたぜ」



ジルの視線が、戦場の中央へ向いた。


指揮台の前。


ロークスの腕を掴む、巨大な影。


嵐喰らいカイゼル。



ジルの拳に、力が入る。

「カイゼル……」



その時だった。



ドゴォッ!!



鈍い音が、戦場の奥から響いた。



バレルの表情が変わる。

「……おい」



レクスが、目を見開いた。

「こっちに飛んでくるぜ!」



ジルが叫ぶ。

「避けろ!」



次の瞬間。



ドガァッ!!



何かが、ジルたちのすぐ近くの岩壁に激突した。


砕けた石片が、四方へ飛び散る。


砂煙が巻き上がる。



ジルたちは、とっさに瓦礫の陰へ身を伏せた。


岩壁に叩きつけられた影が、ずるりと崩れ落ちる。


ジルの目が、その影を捉えた。

「……ロークス……!」



一瞬、周囲の音が遠のいた。



だが――



グ……。


ググ……。



崩れた瓦礫の中で、ロークスの指が動いた。


折れた石を掴む。


爪が、岩を削る。


ロークスが、ゆっくりと起き上がった。



バレルが、即座にハサミを構える。


ヴォルグは鉄棒を握り、半身に構えた。


ジルも腰を沈め、拳を前に出す。


レクスは、一歩後ろへ下がった。



ロークスの裂けた口が、ゆっくりと吊り上がる。

「ケヒ……ヒヒヒ……」


血の混じった息が、牙の隙間から漏れた。

「何者だ、あのデカブツ……楽しませてくれ――」


そこで、ロークスの目が止まった。


ぎょろり、と瞳孔が開く。



その視線が、ジルへ向く。


次に、バレルへ。



ロークスの舌が、ぬるりと牙の間から覗いた。

「……あ?」


裂けた口が、不気味に歪む。

「新入りィ……ロブスター……」


舌が、上下に揺れる。

「何してやがる……こんなところで……?」



バレルが、ハサミを大きく開いた。

「うるせぇ! こっちはテメェなんかに構ってる暇はねぇんだ!」



ロークスの裂けた口が、ゆっくりと吊り上がる。

「ケヒヒヒ……」


その舌が、牙の間でぬるりと揺れた。

「構う暇がねぇなら、作ってやるよ……!」


ロークスの背が、獣のように丸まる。



ジルの拳に、さらに力が入った。



ヴォルグが鉄棒を構え、バレルの横へ並ぶ。



ロークスの瞳孔が、ぎょろりと開く。

「逃げられると思うなよ、新入りィ……!テメェの血の味は、まだ憶えてるぜ……!」



ヴォルグの声が飛んだ。

「来るぞ!」



ロークスの爪が、瓦礫の床を掻いた。



次の瞬間、鉤爪を振り上げ、ジルへ飛びかかった。

「ケヒヒヒヒッ!」



ジルの目が見開かれる。

「……ッ!」



ガギィンッ!



割って入ったバレルのハサミが、ロークスの鉤爪を受け止めた。



ギギギギギ……!



爪とハサミが噛み合う。


金属を削るような音が、岩陰に響いた。



バレルの足が、瓦礫を踏み砕く。

「ぐ……ッ、相変わらず話の通じねぇ馬鹿だな、テメェは……!」



ロークスの舌が、牙の間で揺れる。

「ケヒヒヒ……なら、テメェから潰してやるぜ、ロブスター!」




一方――



ロークスがカイゼルに吹き飛ばされた直後、戦場の中央ではウルスが動いていた。


鉄輪のついた指揮台の上。


ウルスは、戦場を見下ろしたまま右手を上げる。


深海の狂気の兵たちは、ロークスが消えたことで一瞬だけ動きを乱していた。


その隙を、ウルスは見逃さなかった。


「……行け」

低い声が、沈黙の牙の本隊へ落ちる。


「一匹たりとも逃がすな」



その一言で、待機していたウルス本隊の兵たちが一斉に動いた。


武器を構え、瓦礫を踏み越え、深海の狂気の兵たちへ雪崩れ込む。


「押し潰せェ!」


「逃がすな!」


「狂犬どもを狩れェ!」


数で勝る沈黙の牙の軍勢が、崩れかけた包囲を一気に押し潰していく。



マダラは、二本のショートソードを下げたまま、戦場の奥へ目を走らせていた。

「チッ……」


裂けた口が、不満そうに歪む。

「ドロマの野郎は、見当たらねぇな」


その目が、背後へ向く。


ぬるりとした殺気が、マダラ部隊全体に広がった。



マダラは、片方のショートソードを肩に担ぐ。

「……潰すぞ」


マダラ部隊が動いた。


深海の狂気の兵たちの横腹へ、影のように滑り込んでいく。



中央からはウルスの本隊。


前方からはデューガンの部隊。


そして側面から、マダラの部隊。



ロークスが戦場から消えたことで、深海の狂気の包囲は崩れ始めていた。






その頃、岩陰ではロークスの鉤爪が、バレルのハサミを押し込んでいた。



ギギギギギ……!



爪とハサミが軋む。


バレルの足元の瓦礫が、さらに砕けた。

「ぐ……ッ!」



ロークスの裂けた口が、近づく。

「ケヒヒヒ……バラしてやるぜ、ロブスター!」


さらに一歩。



バレルの巨体が、後ろへ押し込まれる。

「くそ……ッ!」



ロークスの鉤爪が、ハサミの隙間からバレルの顔へ迫る。


その時だった。



ズギンッ……!



ロークスの体が、わずかに強張った。


カイゼルに殴り飛ばされた時に折れた肋骨に、遅れて痛みが走った。


「……ッ」

ロークスの瞳孔が、一瞬だけ揺れる。



その隙を、ヴォルグは逃さなかった。


横へ回り込み、鉄棒を低く振り抜く。


「ジル!」


鉄棒が、ロークスの脇腹を打った。



ガッ!



ロークスの体勢が崩れる。

「テメ……ッ!」


ロークスがヴォルグへ牙を剥く。



だが、その時にはジルが踏み込んでいた。


右腕が、鉛色に染まっていく。


「ロークス……」


ジルの拳が、固く握られる。

「こんなところで止まっている暇はない……」



ロークスが、裂けた口を吊り上げた。

「ケヒヒ……だったら止めてやるよ。テメェの息の根を――」



言い終える前に、ジルの鉛の拳がロークスの顔面を捉えた。



ドゴォッ!!



ロークスの体が、瓦礫を巻き上げながら吹き飛ぶ。

「ぐがッ……!?」



弾丸のように戦場の中央へ弾き戻され、カイゼルの足元へ転がった。



ズザザザァーッ!



指揮台の上で、ウルスが薄く目を細める。

「……まだ生きていたのか、このクズは」



ロークスは、血を吐きながら顔を上げる。

「テ、テメェ……」


その視界に、巨大な影が落ちた。



カイゼルが、無言でロークスを見下ろしていた。



ロークスの口元が、引きつる。

「……あ?」



次の瞬間。



カイゼルの巨足が、ロークスの胸を踏み潰した。



グシャッ。



骨が砕ける音が、戦場の喧騒の中に沈む。


ロークスの体が、びくりと跳ねた。


裂けた口から、血が溢れる。

「ケ……ヒ……」


笑い声は、そこで途切れた。



沈黙の牙の兵たちが、その光景を見つめ、戦意を増す。



ウルスは、薄く笑う。

「フン、ロークスは消えた」


両腕を、ゆっくりと左右へ開く。

「押し込め」



沈黙の牙の軍勢が、さらに前へ出る。



ロークスを失った深海の狂気の兵たちは、散り散りになり逃げ始める者も現れた。




一方、岩陰では――


ジルたちが、ロークスの最期を見届けていた。


カイゼルの足元で、ロークスの体が動かなくなる。


ジルは、拳を握ったまま、カイゼルから目を離せなかった。



だが、今は立ち止まっている場合ではない。

「……行くぞ」


ジルは身を低くし、瓦礫の陰を抜けようとする。



その時だった。



レクスが、低く言った。

「……待て」



バレルが振り返る。

「あぁ? 早くしろよ!」



レクスは、戦場の奥を見ていた。

その顔から、軽薄な笑みが消えている。

「……出やがった」



ジルの表情が変わる。

「何っ……!?」






崩落隔離区画では、沈黙の牙の蹂躙が始まっていた。


「ガ……ッ」


「ぐああッ……!」


深海の狂気の兵たちが、次々と倒れていく。


数で押し潰す沈黙の牙の軍勢が、狂犬たちを瓦礫の奥へ追い込んでいく。


逃げようと背を向けた者も、容赦なく背中から斬り伏せられた。


沈黙の牙は、一匹たりとも逃がすつもりはなかった。



ウルスは、指揮台の上で戦場を見下ろしていた。

「……深海の狂気も、これで終わりだな」



だが、その時だった。


空気が変わった。


それまで響いていた怒号が、一瞬だけ鈍る。


血の匂いが、さらに濃くなった。



ズシン……。



瓦礫の奥から、重い足音が響く。



ズシン……。



沈黙の牙の兵たちが、思わず足を止めた。



ズシン……。



暗がりの向こうで、巨大な影が揺れた。


炎に照らされた瓦礫の壁に、異様に大きな影が伸びる。

「……ずいぶんと派手にやってくれてるなァ?」



その声が落ちた瞬間、沈黙の牙の兵がびくりと体を硬直させた。



ウルスの眉が、わずかに動く。

「……ついに現れたか」



瓦礫の奥。


火と血の匂いが混じる闇の中から、巨体が現れる。


分厚い鱗。


裂けるような口。


獲物を噛み砕くためだけに生まれたような顎。



深海の狂気の首領。

ナイルワニ獣人――バシリスク。

挿絵(By みてみん)


バシリスクは、沈黙の牙の軍勢をゆっくりと見渡した。


その口元が、残虐に歪む。

「俺の庭で……ずいぶん楽しんでるみてぇじゃねぇか」



第二階層の空気が、凍りついた。



沈黙の牙の兵たちは、まだ気づいていない。

自分たちが踏み込んだのは、敵のアジトではない。

怪物の口の中だった。




《蒼海の解放軍》より、深海監獄から感謝を込めて。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。


もし物語を面白いと感じていただけたら、

あなたの一票(=★評価・ブックマーク)が、

監獄で抗い続ける仲間たちの力になります。


▼作者Xはこちら

https://x.com/00aomiray00?s=21


これからも『半魚囚人ジル』をよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ