CHAPTER30『死者の証言』
第二階層の奥の奥。
看守さえ知らぬ、霧の幻影の隠れた療養所。
ジルとバレルはそこで、死んだはずの男――ゼオンと再会した。
ジルがかつて所属していた反政府組織、ブルータイド。
その元隊長であるゼオンは、政府によって“死者”にされていた。
だが、再会を懐かしむ時間はない。
ゼオンが語ろうとしているのは、ブルータイド壊滅の真相。
そして、第三階層に残された証拠の存在だった。
ゼオンは、浅く息を吐いた。
「政府は、俺を公には殺せなかった」
ジルは、ゼオンの顔を見る。
「……なぜだ」
「俺を処刑したと知れれば、生き延びたブルータイドの残党が動く。各地の反政府組織も動くかもしれない……俺の死を旗印にしてな」
「だから表向きは、消息不明。生死不明。都合よく消した」
バレルが、歯を鳴らした。
「けど、ジルは死んだって聞かされてたんだろ」
「ああ」
ゼオンは、ジルを見る。
「それは、たぶん……血に濡れた俺の隊服や、地面に溜まった血の跡、壊れた武器……生きて戻れるはずがないと思わせるものだけを残したんだろう」
ゼオンは瞼を閉じる。
「公には殺さず、仲間には死んだと思わせる。そうすれば、俺は反乱の旗印にもならず、救出の対象にもならない」
ジルは、言葉を探すように口を開いた。
「……なら、本当は」
ゼオンは瞼を開き、かすかに頷いた。
「ブルータイド壊滅作戦の日、俺は捕らえられた。そして、死者という名目で……この監獄の第三階層へ送られた」
ジルの表情が、さらに険しくなる。
「……あの日から、ずっと……第三階層に捕らえられていたのか……?」
ゼオンは、かすかに頷いた。
「……ああ」
包帯の巻かれた胸が、浅く上下する。
「時折、政府側の者が来た。ブルータイドが掴んだ証拠をどこに隠したのか、吐けとな」
ジルの表情が変わる。
「証拠……」
ゼオンは、低く息を吐いた。
「だが、俺は吐かなかった」
ゼオンの目に鋭さが増した。
「それで痺れを切らしたのだろう。奴らは刺客を送り込んできた」
バレルのハサミが床を擦る。
「刺客……?」
ゼオンの声が、さらに低くなる。
「……沈黙の牙の幹部、バルガ」
「片目の潰れた、アロワナ魚人の男だ」
ジルの目が見開かれた。
「……影虎が暗殺したという男か」
「……ああ」
ゼオンは、ゆっくりと目を伏せた。
「俺はそのバルガに、証拠の在り処を吐けと迫られた」
ゼオンの指が、寝台の縁を掴んだ。
「逃げられぬよう、足の腱を切られた。抵抗できぬよう、何度も打ち据えられた」
ジルは、寝台の上のゼオンから目を逸らせなかった。
「第三階層は、破られぬ牢だ。看守たちも、第二階層の囚人が入り込むなど考えもしない」
ゼオンは、かすかに息を吐いた。
「だから、幽閉区画の奥までまともに様子を見に来る者もいなかった」
ジルは息を呑む。
ゼオンは続ける。
「そしてバルガは、何も吐かぬ俺にトドメを刺そうと……喉に刃を向けた、その時だ。背後の影が動いた」
薄い霧が、床を流れる。
「影虎が現れ、バルガの心臓を背後から貫いた」
ゼオンは、かすかに目を伏せる。
「……そして俺は、影虎に背負われてここへ運ばれ、こうして匿われている、というわけだ」
ジルは、しばらく言葉を失っていた。
「……そうだったのか」
ジルは、ゼオンを見つめた。
「ゼオン……その証拠というのは、何の証拠なんだ?」
ゼオンは、すぐには答えなかった。
やがて、かすれた声が落ちる。
「政府は、この深海監獄アビスロックで……囚人の死体を使った兵器実験をしている」
ジルの目が見開かれる。
「囚人の死体……!?」
ゼオンは、かすかに頷いた。
「俺たちは、それが記された文書を手に入れた」
声が、さらに低くなる。
「死亡記録と、搬送記録。そして、兵器転用に向く個体かどうかを記した選別記録だ」
バレルも、一歩前に出た。
「何だ、そりゃ!? 初耳だ……ぜ……?」
その声が、途中で止まった。
バレルの脳裏に、一人の囚人の顔がよぎる。
かつて助けようとした、デメニギス魚人。
その男は、怯えた目で言っていた。
――囚人が死ぬ順番が、出来すぎてる。
――まるで、何かを試してるみてぇだ。
――次は、俺の順番だと。
バレルのハサミが、ギチッと鳴った。
「……まさか」
バレルの声が、低く沈む。
「アイツが言ってたのは……そのことだったってのか……?」
ゼオンは、かすれた声で続けた。
「……そして、その実験を主導していたのは、ある政府高官の一派だった」
ジルの眉間に皺が寄る。
「政府高官……?」
ゼオンは、ジルの目を見る。
「ああ。その高官は、政府内でも大きな権力を握っている」
ジルの目が、鋭くなる。
「政府の中枢にいる男、ということか」
「そうだ」
ゼオンの声が、冷たく研ぎ澄まされる。
「その男は政府の正式な軍とは別に動く“影の兵団”を組織していた」
ジルは、ゼオンの言葉の意味を飲み込むのに数秒かかった。
「そして今も、その兵団を使って……この国を裏から支配している」
バレルの目が見開かれる。
「政府高官が独断で軍隊を作って動かしてんのか……!?」
ジルの握った拳に、じっとりと汗がにじんだ。
ゼオンは、ジルを見た。
「ブルータイドは、そこまで掴んでいた」
その声が、さらに低くなる。
「だから潰された」
ジルの拳が、さらに固く握られる。
「……政府海軍に、か」
ゼオンは、ゆっくりと首を横に振った。
「違う」
その一言に、ジルとバレルの表情が変わる。
「港を封鎖し、ブルータイドを反乱分子として処理したのは政府海軍だ。ジル、お前を捕らえたのもその表の部隊だったのだろう」
ジルは、黙って聞いていた。
ゼオンの目に、鋭い光が戻った。
「だが、ブルータイドの中枢を潰し、証拠を奪い、幹部を消したのは……政府海軍ではない」
ゼオンは、名を告げた。
「政府高官の私兵組織――シャドウレギオンだ」
「……何だって……?」
ジルの握っていた両拳が下がる。
ジルは、ゼオンを見つめたまま動けなかった。
ゼオンは、浅く息を吐いた。
「……それが、ブルータイド壊滅の真相だ」
ジルは、下がった両拳を見つめていた。
やがて、ゼオンへ視線を戻す。
「……ちょっと待ってくれ、ゼオン。ブルータイドが政府に抗っていたのは分かってる。だが、いつからそんな政府の闇の奥にまで踏み込む組織になっていたんだ……?」
声には、戸惑いが混じっていた。
「……俺が知っているブルータイドは、港町を守るために、政府の圧政に抗う組織だったはずだ」
ゼオンは、静かに目を伏せた。
「……元々は、そうだった」
「重い税。強引な徴兵。政府軍の横暴。港町の労働者たちは、それに耐えきれず、互いに手を取り合った」
ゼオンは、ゆっくりとジルを見る。
「それが、ブルータイドの始まりだ」
ゼオンの声が、少しだけ低くなる。
「だが、組織は次第に大きくなった。港から街へ、仲間が増えた。労働者だけでなく、政府に不満を持つ者たちが各地で合流していった」
バレルが、低く呟く。
「……本格的な反政府組織になっていった、ってわけか」
「ああ」
ゼオンは頷いた。
「だが、ジル。お前たちのように、元から港町にいた者たちには、今まで通り町を守る役目を任せていた」
ジルの眉が、わずかに動く。
「……俺たちには、そんな動きは知らせなかったというわけか」
「巻き込みたくなかった」
ゼオンの声は、静かだった。
「政府の中枢に近づけば近づくほど、危険は増す。だから、港町で住民を守る者と、権力の中枢に踏み込む者を分けて動いていた」
ジルは、言葉を失う。
だが、すぐに小さく息を吐いた。
「……そうか」
ジルは、ゆっくりと自分の手を見た。
「だからこそ、俺はこの監獄に送られたのか……」
ゼオンは、ジルから目を逸らした。
ジルは続ける。
「町を守る側にいた俺でも、政府から見れば、ブルータイドの構成員の一人だ。消しておく理由にはなる」
部屋に、短い沈黙が落ちた。
ゼオンは、かすれた声で呟く。
「……すまないな、ジル」
ジルが、ゼオンを見る。
ゼオンは、静かに目を伏せた。
「結局……お前たちまで巻き込んでしまった」
ジルは、少しだけ目を伏せた。
握った拳に、力が入る。
だが、その拳は振り上げられなかった。
「……腹が立たないと言えば、嘘になる」
短い沈黙。
「俺たちは何も知らされず、仲間は死んだ。俺も、この監獄に落とされた」
ゼオンは、何も言わなかった。
ジルは、ゆっくりと息を吐く。
「だが、ゼオン。今ここで、アンタを責めても何も戻らない」
ゼオンの瞼が、かすかに動く。
ジルは、顔を上げた。
「俺も今は、仲間を連れて進む側だ」
ゼオンの目が、ジルへ向く。
「全部を話せば、仲間を危険に晒す。黙っていれば、何も知らないまま血を流させる……」
ジルは、ゼオンを見据えた。
「アンタの苦しみが分かったとは言わない。だが、少しなら……今の俺にも想像できる」
ゼオンは、静かに目を閉じた。
ジルは、背筋を伸ばす。
「俺はこの監獄の中で、ブルータイドの意志を継ぐ。そう決めた」
ゼオンへ視線を戻す。
「そのために、仲間と蒼海の解放軍という同盟を作った。この監獄を、仲間と共に抜け出す」
バレルが、黙ってジルを見る。
ゼオンは、ゆっくりと目を開いた。
ジルは続ける。
「だから教えてくれ、ゼオン」
その声は、まっすぐだった。
「ブルータイドは、結局……どこへ向かっていたんだ?」
ゼオンは、しばらく天井を見つめていた。
やがて、かすれた声が落ちた。
「……この国を変えようとしていた」
ジルは、黙って聞いていた。
「港町の者たちが、怯えずに暮らせる国に。権力に踏み潰される者が、声を上げられる国に」
ゼオンは、わずかに目を伏せる。
「言葉にすれば……革命だ」
短い沈黙。
「だが、俺たちは届かなかった。いや……俺の力が及ばなかった」
ジルの拳が、静かに握られる。
「なら、俺がその意志を継ぐ」
ゼオンの目が、ジルへ向いた。
「……ジル」
ジルは、ゼオンを見据えた。
「革命なんて、大きなことを言えるほど、俺はまだ何も知らない」
その声は低かった。
「だが、政府の闇を知ったまま、ただ逃げるだけで終わるつもりもない」
ジルの目に、静かな熱が宿る。
「まずは、この監獄を仲間と共に抜け出す。その先で……もう一度波を起こす」
ゼオンは、何も言わなかった。
ただ、ジルを見ていた。
バレルが、低く息を吐いた。
「……波を起こす、か」
大きなハサミを持ち上げる。
「いいじゃねぇか。俺も、もちろん乗るぜ」
ジルが、バレルを見る。
バレルの目は、笑っていなかった。
「助けられなかった奴がいる。その兵器の実験ってやつが、あいつを追い詰めてたってんなら……」
大きなハサミが、ギチリと鳴る。
「俺にも、ぶっ潰す理由がある」
ジルは、バレルを見た。
静かに頷く。
そして、ゼオンへ視線を戻した。
「……ゼオン。さっき、俺たちに第三階層へ行けと言っていたな」
ゼオンは、静かにジルを見る。
ジルの声が、低くなる。
「そこに、何がある……?」
ゼオンは、ジルを見た。
「……ブルータイドが掴んだ証拠だ」
ジルの目が細くなる。
「証拠……」
「ああ」
ゼオンは、かすれた声で続けた。
「政府が最も隠したがっているもの。その写しを、金属筒に入れて第三階層に残してきた」
バレルが身を乗り出した。
「それが外に出りゃ、どうなる」
ゼオンは、ジルの目を見る。
「世に知れ渡れば、ただでは済まない」
その声が、さらに低くなる。
「その一派の足元を揺るがすことができる」
ジルの拳が、静かに握られた。
「……だからそいつらは、そこまでしてお前を消そうとしたのか」
ゼオンは、かすかに頷いた。
「そうだ」
バレルが、眉をひそめた。
「……そんで、その金属筒とやらは、第三階層のどこにあるんだ?」
ゼオンは、記憶を辿るように目を伏せた。
「……ある男が持っている」
ジルの目が、ゼオンへ向く。
「男……?」
ゼオンは、かすれた声で続けた。
「第三階層の幽閉区画へ連れて来られた時だった。看守の隙を見て、同じ区画に囚われていた男へ、鉄格子の隙間から投げ渡した」
ゼオンの声が、かすかに低くなる。
「一度、地上で作戦を共にしたことがある。俺が信頼できる、数少ない男だ」
ジルは、ゼオンを見据えた。
「……誰だ?」
ゼオンは、ゆっくりと口を開いた。
「シロナガスクジラ魚人――タイタン」
ジルが、その名を噛みしめるように呟く。
「……タイタン」
そして、ゼオンを見据えた。
「その男は……何者なんだ?」
ゼオンは、かすれた声で答えた。
「西海で政府軍に噛みつき続けた、反逆者の中の反逆者だ」
ゼオンは、続ける。
「かつて西の港町で、政府陸軍が反乱者たちを見せしめに処刑しようとした日、処刑場もろとも包囲部隊を叩き潰した男だ」
ジルとバレルの表情が変わる。
ゼオンの声が、低く沈む。
「海割りのタイタン」
「その男が、俺たちブルータイドの掴んだ証拠を持っている」
海割りのタイタン。
その男は、第三階層の闇の奥で、ジルたちを待ち受けていた。
《蒼海の解放軍》より、深海監獄から感謝を込めて。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
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監獄で抗い続ける仲間たちの力になります。
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これからも『半魚囚人ジル』をよろしくお願いします。




