CHAPTER28『敗者を喰らう狂気』
第二階層を揺るがせた、沈黙の牙と霧の幻影の戦争。
その勝敗は、決した。
沈黙の牙は敗れ、霧の幻影は拠点を守り抜いた。
だが、血の匂いは新たな狂気を呼ぶ。
その頃、霧の幻影の拠点には、まだ火の粉が舞っていた。
焼けた梁の下に、沈黙の牙の兵が転がっている。
その少し離れた場所には、霧の幻影の者たちの亡骸もあった。
ガレオンは、その光景を一瞥してから低く命じた。
「火を落とせ。中央の火だけは残しておけ……」
霧の幻影の者たちが、無言で動き出す。
水樽が転がされ、燃えた梁が刃で切り落とされた。
煙の流れを読んだ者が、壁際の排気口へ走る。
鉄蓋がこじ開けられると、黒煙が細く吸い込まれていった。
ガレオンは、床に転がる沈黙の牙の死体へ目を向ける。
「中央へ放り込め……」
死体が一体ずつ、炎の中へ投げ込まれていく。
一方で、霧の幻影の亡骸には黒布がかけられた。
誰も声を上げない。
ただ、黒布を運ぶ者たちの足取りだけが重かった。
やがて拠点を包んでいた大きな炎は消えた。
中央の火だけが、低く残っていた。
高台から、影虎と梟がその光景を見下ろす。
中央に残された火が、二人の顔を赤く照らしていた。
梟は細い目をさらに細め、楽しげに肩を揺らした。
「いやぁ……楽しい夜でしたねぇ」
その視線は、煙の向こうへ向けられていた。
「ローレンスさんとグリードさんには、まんまと逃げられましたが」
影虎は答えない。
ただ、腕を組んだまま、低く息を吐いた。
「……フン」
炎が、影虎の足元で揺れる。
「ローレンスめ。次はないぞ……」
影虎の指が、双刀の柄に静かに触れる。
「この霧は、同じ獲物を二度は逃がさん」
梟は、喉の奥で小さく笑った。
「フフフ……さて、ドゥームさんがどう動くのか、楽しみですねぇ」
細い目が、炎の向こうを見つめる。
その顔には、次の混乱を待つような笑みが浮かんでいた。
第二階層――蒼海の解放軍の拠点
ジルは、壁際に座り込んでいた。
視線は、自分の掌に落ちている。
(……沈黙の牙と霧の幻影。勝敗は決したのか。
それとも、まだ戦いは続いているのか……)
ジルは、ゆっくりと拳を握った。
部屋の奥では、ヴォルグが横になっていた。
視神経をやられた目元には、布が巻かれている。
呼吸は浅いが、乱れてはいない。
その横で、レクスが膝を抱え、ぼそぼそと何かを書き留めていた。
「沈黙の牙と霧の幻影……表の秩序と、裏の秩序……」
レクスの筆が止まる。
「秩序ってのは、王様が作ってるわけじゃねぇ。王様がいなくなったら困る奴らが、必死に守ってるだけだ」
少し考え、また紙に書きつけた。
「混乱ってのは、玉座が空いたぞって知らせる鐘みてぇなもんか」
レクスは小さく笑った。
「……いいな。これは統治論の続編に使えるぜ」
そこへ、外からバレルが戻ってきた。
両腕には、木箱を抱えている。
「おい、大量だぜ」
バレルは、木箱を床に下ろした。
重い音が、拠点に響く。
箱の中には、乾パンの袋が詰まっていた。
その隙間に、保存肉と干し魚も見える。
バレルは、片方のハサミで箱を軽く叩いた。
「いつもの乾パンだけじゃねえぞ」
ジルは、箱の中を見下ろした。
「……どうして今日は、こんなに配給が多いんだ?」
バレルは、喉の奥で笑った。
「ハハッ。みんな沈黙の牙と霧の幻影の戦争に巻き込まれるのを警戒してやがる」
反対のハサミで、木箱の縁を軽く叩く。
「配給場にゃ、ほとんど誰も来てねぇ」
バレルは、箱の中の保存肉をつまみ上げた。
「ついでに、沈黙の牙の野郎どもの箱も、そのまま持って帰ってやったぜ」
その声には、隠しきれない得意げな響きがあった。
レクスは、箱の中を覗き込んだ。
「……つまり、火事場泥棒してきたってわけか」
バレルの眉間に、しわが寄る。
「なにおっ! 置いてあったから持って帰っただけだ!」
レクスは、保存肉を一つ手に取った。
「それを火事場泥棒っつうんだ」
バレルのハサミが、ギチリと鳴った。
「てめぇ……食わねぇってんだな?」
レクスは、即座に保存肉を口に放り込む。
「いや、食う」
むしゃむしゃと噛みながら、次の瞬間には、もう一切れを手に取っていた。
バレルの眉間に、さらにしわが寄る。
「食うんなら文句言ってんじゃねぇ!」
レクスは、保存肉を噛みながら肩をすくめた。
「盗品かどうかと、腹が減ってるかどうかは別だ」
さらに、もう一切れに手を伸ばす。
「空腹の民に、道徳を説いても腹は膨れねぇ」
バレルは、呆れたように両のハサミを広げた。
「わけわかんねぇ理屈こねやがって……ったく、都合のいい野郎だぜ」
そのやり取りを見て、ジルが小さく息を漏らした。
「……フッ」
ジルの口元に、小さな笑みが浮かんだ。
その時、扉が鳴った。
ドン、ドン。
部屋の空気が止まる。
ジルは立ち上がった。
バレルも、木箱の前から身を起こす。
「……誰だ?」
ジルの声に、扉の向こうから低い声が返った。
「……霧の幻影の者だ」
扉が、ゆっくりと開いた。
入ってきたのは、アオリイカ魚人の男だった。
霧の幻影の拠点で、霧深い通路を影虎の居室まで案内した男だ。
ジルは、その顔を見据える。
「……あんた、確か……」
男は短く頷いた。
「俺は、霧の幻影のディナイだ」
ジルが一歩前に出る。
「……戦争はどうなった! 沈黙の牙は?」
ディナイは、表情を変えなかった。
「我らの勝利だ」
短い言葉が、拠点に落ちる。
「幹部二人は逃がしたが、攻め込んできた兵はほぼ沈めた」
ジルの拳に、力が入る。
「……なら、影虎との約束は?」
ジルはディナイに詰め寄った。
「ゼオンに会わせるという話だ」
ディナイは、腕を組んだまま少しだけ目を細める。
「……影虎様が呼んでいる」
そして、扉の外へ視線を向けた。
「我らの拠点まで来い」
ジルは、すぐにバレルを見た。
「バレル」
「おう!」
バレルは木箱から干し肉を二つ掴んだ。
一つを、自分の口へ。
もう一つを、ジルに放る。
ジルはそれを片手で受け取った。
バレルは、レクスへ向かってハサミを突きつける。
「レクス。全部食うんじゃねえぞ」
レクスは干し魚を頬張ったまま、眉を上げた。
「全部も食えるかっ」
だが、その手は木箱の中に伸びている。
ジルはヴォルグの方を見た。
目元に布を巻いたヴォルグは、壁際で静かに息をしている。
「レクス。ヴォルグを頼む」
レクスは、干し魚をくわえたまま片手を上げた。
「へいへい。任せとけ」
ディナイが、背を向ける。
「……付いて来い」
ジルとバレルは、拠点を出た。
向かう先は、再び霧の幻影の拠点。
そこには、影虎が待っている。
第二階層旧処刑場跡――
崩れた処刑台の脇を、沈黙の牙の残党が足早に進んでいた。
霧の幻影の拠点から逃げ延びたのは、ローレンスとグリード、そして数名の兵だけ。
彼らが目指すのは、沈黙の牙のアジトだった。
誰も足を止めない。
だが、背後への警戒だけは解かない。
霧の幻影が、いつ追ってくるか分からないからだ。
グリードが、奥歯を噛み鳴らした。
「クソッ……影虎の野郎ッ……!」
ローレンスは、背に残る鈍い痛みを抱えたまま歩いていた。
「……奴らを甘く見ていた」
その声は低い。
「霧の幻影には……我らの全戦力をぶつけなければ勝てない……」
グリードは舌打ちした。
「……まぁな。さっさと戻って立て直そうぜ」
その瞬間だった。
背後で、肉を裂く音がした。
ザシュッ!
沈黙の牙の兵の胸から、黒ずんだ棘が突き出ていた。
兵は声も出せず、床に崩れ落ちる。
ローレンスとグリードが、即座に振り返った。
グリードが目を見開く。
「霧の幻影か!?」
闇の奥から、笑い声が響いた。
「ケヒヒヒヒ……」
「よォ。撤退戦ってのは、忙しいもんだなァ?」
暗がりから、二つの影が現れる。
一人は、膨れた腹を揺らすトラフグ魚人。
もう一人は、長い体をくねらせるウツボ魚人。
深海の狂気。
ドロマとロークスだった。
ローレンスの身体から、冷たい殺気が滲む。
「……貴様ら、何のつもりだ」
ドロマは、腹を揺らして笑った。
「ヒャハハハ! 何のつもりもねぇよォ?」
肩をすくめる。
「ただなァ、テメェら沈黙の牙が、最近ちょいとデカいツラしすぎてるからァ……」
ドロマの口元から、薄い毒気が漏れた。
「……少し間引いてやろうと思ってなァ?」
グリードが牙を剥く。
「……チッ。こんな時に……面倒な連中が来やがった」
ロークスは、長い首をぐにゃりと傾けた。
「ケヒヒヒ……テメェらの血の味、覚えてやるぜ」
闇の中で、ロークスの鋭い牙がぬらりと光った。
グリードの牙が、深く剥き出しになる。
「……だが、ちょうどいい」
大錐を握る手に、力がこもる。
「こっちは今、不完全燃焼でむしゃくしゃしてんだ……!」
グリードは、床を蹴った。
「……返り討ちにしてやるよ!」
ドロマの腹が、ぶくりと膨らんだ。
薄紫の霧が、皮膚の隙間から漏れ出す。
湿った空気に、甘く腐ったような臭いが混じった。
「ヒャハハハ……」
ドロマは、毒霧をまとったまま間合いを詰める。
「動けば動くほど、毒が回るぜェ?」
「その前に――」
グリードが大錐を振り上げた。
「叩き潰すだけだ!」
ブォンッ!!
大錐が、ドロマの頭上へ振り下ろされる。
ドロマは、笑いながら一歩下がった。
バギィッ!
岩盤が砕け、床の破片が跳ね上がる。
その瞬間、グリードの脇腹に痛みが走った。
ガレオンに斬られた傷が、開く。
「グッ……!」
グリードの動きが、一瞬だけ止まった。
ドロマの目が、愉悦に歪む。
「ヒャハハ。そんなんじゃ、俺には当たんねぇよォ!」
ドロマは床を蹴り、軽く跳んだ。
空中で体をひねる。
膨れた皮膚から、複数の毒針が弾け飛んだ。
ビュッ!ビュッ!ビュッ……!!
「……ッ!」
グリードは大錐を盾のように構える。
数本の毒針が、大錐の表面に弾かれた。
だが、一本だけが防御を抜けた。
ザグッ!
毒針が、グリードの肩に突き刺さる。
「……クソが!」
グリードは、すぐに針を引き抜いた。
だが、刺さった跡から黒い筋が広がっていく。
同時に、グリードの背後にいた沈黙の牙兵たちにも毒針が降り注いでいた。
「ぐっ……!」
「が、あ……!」
三人の兵が、身体を押さえてよろめく。
肩、首筋、脇腹。
それぞれに、黒ずんだ毒針が深く食い込んでいた。
呻き声が、旧処刑場跡に低く響く。
ドロマは着地すると、グリードの肩に広がる黒い筋を見てニタニタと笑った。
「ヒャハッ……もう遅ぇよォ?」
薄紫の霧が、さらに濃くなる。
一方、ローレンスは初手から背棘を伸ばしていた。
黒い棘が、背中から六本。
床を削りながら、ロークスへ走る。
「ケケケ……!」
ロークスの長い体が、ぐにゃりと曲がった。
一本目の背棘が、空を裂く。
二本目が、その逃げ道を塞ぐように迫る。
だが、ロークスは首を折るように体をねじり、紙一重でかわした。
「当たらねぇぜ……!」
ローレンスが左腕を掲げる。
「……ならば、当たるまで刺し続けるだけだ」
左腕が、黒く脈打った。
そして、左腕の輪郭が裂ける。
黒い触手が分裂し、空中へ浮かび上がった。
……三本、四本、五本。
触手はロークスの周囲へ散り、逃げ道を塞ぐように向きを変える。
「行け」
ローレンスの低い声と同時に、触手が一斉に襲いかかった。
足元。
頭上。
左右の壁際。
逃げ道を潰すように、手裏剣状に形成された回転する触手が迫る。
だが、ロークスの笑みは消えない。
「甘ぇんだよッ!」
ロークスの上半身が、ありえない角度に折れ曲がった。
そのまま、長い体が鞭のように跳ねる。
爪が、闇の中に弧を描いた。
ザシュ、ザシュ、ザシュッ!
空中の触手が、次々と切り裂かれる。
「……!」
裂かれた触手が、黒い液と化しながら床へ落ちた。
ロークスは着地し、牙をぬらりと光らせる。
「ケヒヒヒヒ! オモチャみてぇだな!?」
一方、グリードの身体には、すでに毒が回り始めていた。
「クソ……体が……!」
グリードの足が、ふらついた。
大錐を握る手から、力が抜けていく。
ドロマは、その様子を眺めながら一歩ずつ近づいた。
「ヒャハハ……毒が回ってきたかァ?」
腹を揺らし、にたにたと笑う。
「そりゃそうだよなァ。今回は、特別に濃いやつを搾り出してやったんだからよォ」
グリードは歯を食いしばる。
「……クソが……!」
次の瞬間、グリードは大錐を投げ捨てた。
最後の力で床を蹴る。
「食いちぎってやる!!」
ガリッ!
グリードの牙が、ドロマの頭部に深く食い込んだ。
「ヒャハ……」
ドロマの皮膚が裂け、黒ずんだ体液がにじむ。
さらにグリードは、自分の背に生えた毒針を握った。
根元から、へし折る。
「……ヘッ」
グリードは、折った毒針をドロマの額に突き立てた。
グサッ!
「テメェも……道連れだ……ハァ……ハァ……死ね……フグ野郎……!」
グリードの体が、ぐらりと揺れる。
意識が、半分落ちかけていた。
だが、ドロマは笑っていた。
「ヒャハッ……」
額に刺さった毒針を見上げるように目を動かす。
その表情には、苦痛ではなく、恍惚が浮かんでいた。
「いい毒だ……!」
ドロマの体が、ぶくりと膨れ上がる。
皮膚の隙間から、濃い毒霧が漏れ出した。
「けどなァ……」
ドロマの笑みが、裂ける。
「俺を毒で殺せると思ったか?」
グリードの目が見開かれる。
「さぁ、そろそろ死ねやァ!!」
ズバァァァァン!!
爆発するように、毒霧が弾けた。
グリードの体が、紫黒い霧に包まれる。
「ぐぁぁぁっ!!!」
皮膚が黒く染まり、全身の筋肉が硬直していく。
膝が落ちる。
腕が動かない。
それでも、グリードはドロマを睨んでいた。
「ヒャハハハ! いい叫び声だぜェ!!」
その時、ドロマの膨れた皮膚から、一本の毒針が射出された。
鋭い針が、グリードの喉元へ飛ぶ。
ブシュッ!
毒針が、喉を貫いた。
「……こんなところで……」
グリードの口から、血が溢れる。
「終わる……とは……」
その巨体が、ゆっくりと前のめりに倒れた。
床に、重い音が響く。
「……ッ!」
ローレンスは、グリードが倒れる瞬間を見た。
喉を貫かれた巨体が、床に崩れ落ちる。
グリードは、もう動かない。
ロークスが、ぬらりと舌を出した。
「ケヒヒ……次はオメェの番だぜ、ローレンス」
ドロマも、毒霧の向こうで腹を揺らして笑う。
「ヒャハハッ! 今度は逃がさねぇぜェ!」
ローレンスは、二人を見た。
ロークス。
ドロマ。
この二人を同時に相手取れば、自分も沈む。
その判断は、一瞬だった。
「……やむを得ん」
ローレンスの背棘が、床すれすれを薙いだ。
黒い棘が、ロークスの足元を裂く。
ロークスは跳び退く。
「ケヒヒヒ……ここから削ってやるぜ!」
次の瞬間、ローレンスの左腕が黒く脈打つ。
黒い触手が再び分裂し、空中へ浮かび上がった。
一本、二本、三本。
手裏剣状に形成された触手は盾のように広がり、ドロマとの間を塞いだ。
ローレンスは、毒霧の向こうを睨んだ。
「……グリードの死は、貴様らだけでは済まさん」
触手が、高速で回転する。
「深海の狂気……その名ごと、この監獄から消してやろう」
ドロマが、腹を揺らして笑った。
「やってみなァ!」
ドロマの皮膚から、毒針が弾け飛ぶ。
ビュッ!ビュッ!ビュッ!
毒針は、ローレンスの触手に突き刺さった。
黒い触手が毒に焼かれ、どろりと崩れる。
だが、ローレンス本体には届かない。
その隙を見て、ローレンスは数歩下がる。
ロークスが、瞳孔を開いた。
「逃がすかよッ!」
凄まじい速さで距離を詰める。
爪が、ローレンスの喉元へ迫った。
ガギィィンッ!
ローレンスの大鎌が、その爪を受け止める。
火花が散る。
ロークスが、裂けるように笑った。
「ケヒヒ……血を見せろよ? ローレンス!」
ローレンスは低く息を吐いた。
「……フン」
背棘の一本が、斜め下から跳ね上がる。
ブシュッ!
ロークスの脇腹の肉が削れた。
「ケヒッ……!」
ロークスの身体がわずかに傾く。
その隙を、ローレンスは逃さなかった。
大鎌を横薙ぎに振るう。
ドガァッ!
ロークスの身体が吹き飛び、壁に叩きつけられた。
ドロマの笑い声が、背後から響く。
「ヒャハハハ! ローレンスゥ!」
さらに毒針が放たれる。
だが、ローレンスはすでに毒針の射程圏外近くまで下がっていた。
残った触手が、毒針を受け止める。
次々と溶けていく黒い触手。
その陰に紛れ、ローレンスの姿が闇へ消える。
ロークスが壁から身を起こした時には、もう遅かった。
「……チッ。逃げ足の速ぇ野郎だ」
ドロマは、濃い毒霧の中で笑っていた。
「ヒャハハ……いいじゃねぇか。また逃げられちまったが、沈黙の牙はもう終わりだァ!」
旧処刑場跡に残されたのは、毒に倒れた沈黙の牙の兵たち。
そして、動かなくなったグリードの巨体だけだった。
沈黙の牙のアジト――
ローレンスは、血と煤にまみれた姿で戻ってきた。
入口にいた沈黙の牙兵たちが、一斉に息を呑む。
「ローレンスさん……!?」
「……何があったんですか!?」
ローレンスは答えず、奥へ進んだ。
背棘の根元は裂け、左腕から分かれた触手は全て溶け落ちている。
それでも、足取りだけは崩さない。
やがて、広間の中央で立ち止まった。
「……霧の幻影殲滅作戦は失敗した」
その一言で、周囲の空気が凍った。
ローレンスは、続ける。
「さらに撤退中、深海の狂気に襲撃された」
ざわめきが広がる。
「ドロマとロークスだ」
兵の一人が、顔色を変えた。
「グリードさんは……?」
ローレンスは、しばらく黙っていた。
そして、静かに目を閉じる。
「……ドロマに……殺された」
その言葉に、誰も声を出せなかった。
沈黙の牙は、霧の幻影に敗れた。
そのうえ、ヴィクターは討たれ、グリードも戻らない。
沈黙の牙は、一夜で二人の幹部を失った。
広間に落ちた沈黙は、重かった。
最大派閥の牙が、確かに欠けた瞬間だった。
だが、広間の奥で――数体の巨影が蠢いていた。
その牙はまだ折れてはいない。
《蒼海の解放軍》より、深海監獄から感謝を込めて。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
もし物語を面白いと感じていただけたら、
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監獄で抗い続ける仲間たちの力になります。
▼作者Xはこちら
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これからも『半魚囚人ジル』をよろしくお願いします。




