CHAPTER23『静寂の策謀、死角に宿る一撃』
雷鳴が支配する戦場の中心で――
電撃を自在に操るナマズ魚人ヴィクターは、完全に場を掌握していた。
その圧倒的な支配の中へ――囮を覚悟したバレルが、正面から踏み込む。
バレルが地を蹴る。
「うりゃあぁぁッ!!」
巨体が一気に加速し、一直線にヴィクターへと突っ込む。
ジルの目が見開かれる。
「バレル!!」
背後の壁に手をつき、レクスがふらつきながらも立ち上がる。
痺れの残る身体を無理やり引き起こし、舌打ちした。
「チッ……アホロブスターが……勝手しやがって」
その視線の先――
バレルの巨大な鋏が唸りを上げて、雷光を纏ったヴィクターの頭部めがけて振り下ろされる。
ブォンッ……!!
だが、その瞬間――
バチィッ!
ヴィクターの放った雷撃が鋏に絡みつき、軌道を強引に逸らした。
鋏が、空を切る。
「チッ、クソが!」
舌打ちした刹那――
ヴィクターの拳が、電流を纏ったまま至近距離から突き出される。
バチバチィッ!!
「ぐあっ!」
衝撃とともに、雷撃がバレルの胸骨を撃ち抜いた。
巨体が大きくのけ反る。
そのまま――
ドガァンッ!!
背後の石壁へと叩きつけられた。
バレルは、崩れた瓦礫を弾き飛ばし、ゆっくりと立ち上がる。
「……まだだぁッ!!」
だが、全身に残る痺れは消えない。
肩で荒く息をつく。
「ハァ……ハァ……」
筋肉がわずかに痙攣し、鋏が小刻みに震えている。
それでも――前を向く。
ヴィクターは鼻で嗤う。
「フン……」
右手をゆっくりと持ち上げる。
掌を上に向けた瞬間――
ピシ……ピシピシッ……!!
青白い雷光が、その掌へと収束していく。
「大人しくしてりゃ、一瞬で楽にしてやるぜ……」
雷光が荒れ狂う中――ヴォルグの目が、鋭く細まる。
ヴォルグが低く呼びかける。
「……ジル!」
振り向かずに続ける。
「俺とバレルで隙を作る。お前の一撃にかかってる……いけるか?」
ジルは拳を握りしめる。
痺れは、まだ少し残っている――だが。
「……ああ」
顔を上げた。
その目に、迷いはない。
「今やらなきゃ、アイツには勝てない……!」
その瞬間――
ヴィクターの掌に収束していた雷光が、一気に膨れ上がる。
「まずはロブスター、テメェからだ……消えろ」
ピシ……ピシピシッ……!!
放たれる――その刹那。
ヴォルグが動いた。
地を蹴る。
鉄棒を両手で握り締め、そのまま天へ突き上げる。
雷の逃げ道を、強引に作る。
「――来いッ!!」
バリバリィィッ!!
青白い雷撃が、ヴォルグへと直撃した。
電流が鉄棒に噛みつき、そのまま全身へと奔る。
「ぐぅッ……!!」
身体が大きく軋む。
筋肉が痙攣し、膝が崩れる。
ヴォルグは倒れながら、歯を食いしばり、叫んだ。
「グッ……! バレル!! ……今だ!押さえ込め!」
バレルの目が見開かれる。
「おうッ!!」
巨体が一気に踏み込む。
雷撃に意識を向けたヴィクターの死角へ――そのまま、背後へ回り込む。
ガシィッ!!
巨大な鋏と腕が、ヴィクターの胴を強引に締め上げた。
「……掴まえたぞッ!!」
ヴィクターの身体が、わずかに軋む。
その瞬間――
ジルが飛び出した。
水を蹴るかのような感覚で、トビウオ魚人のバネが弾ける。
一直線に、ヴィクターの顔面へ。
右腕が――鈍く、重く変色していく。
鉛の腕。
「……届くッ!!」
だが――
ヴィクターの口角が、わずかに吊り上がった。
次の瞬間――
バチバチバチィィィィッ!!
全身から、電流が爆発的に弾けた。
縦横無尽に走る雷。
空間そのものを裂くように――三人をまとめて呑み込む。
「ぐぁッ!!」
「ッ……!」
「がぁぁッ!!」
衝撃が、全員を引き裂いた。
バレルの拘束が弾け飛び、ヴォルグの身体が吹き飛ぶ。
ジルの軌道も、強引に叩き潰された。
雷光が、収まる。
その場に残ったのは――力なく崩れ落ちる三人の姿だった。
ヴィクターは、ゆっくりと首を鳴らす。
「惜しかったな……だが、甘ぇんだよ」
全身を迸っていた電流が、次第に収まっていく。
ピシ……ピシッ……
ヴィクターは、右手を軽く振った。
「……チッ、一度に流しすぎたか」
だが、その口元にはまだ余裕の笑みが浮かんでいる。
ジルは、意識が朦朧とする中で、かろうじて顔を上げた。
(クッ……奴に、死角は……ないのか……)
視界が歪む。
視神経が焼けたのか――ヴィクターの姿は、まるでくもりガラス越しのように滲んで見えた。
レクスは石陰からひょいと顔を出し、状況を見渡す。
「……こりゃあ、このまま全滅コースかもしれねぇな」
肩をすくめつつも、目だけは鋭い。
(ジルは辛うじて意識はありそうだが……ヴォルグとバレルの野郎は完全に沈んでやがる……)
「チッ……笑えねぇ」
レクスは壁に手をついたまま、浅く息を吐いた。
そして、石陰から身を乗り出し、ヴィクターを見据えた。
「おい、ナマズ野郎!」
口元に歪んだ笑みを浮かべる。
「さっきから好き放題やってくれてるが……それで終わりか?」
ヴィクターの視線が、レクスを捉える。
「ああ? ……まだ生き残りがいやがったか」
肩をすくめる。
「どうせ誰かの指示で動いてんだろ? ドゥームか? それとも――もっと上か?」
レクスは一歩踏み出した。
「へっ……下っ端は辛れぇよなぁ?」
視線を外さず続ける。
「上は指示だけ。現場で血を流すのは、いつも俺たちだ」
わずかに首を傾ける。
「それでいいのか? お前は」
ヴィクターの眉が、わずかに動く。
「……はぁ?」
鼻で嗤う。
「俺は“選ばれてる側”だ。テメェらみてぇなゴミとは違う」
――ジルの意識が、わずかに揺らぐ。
(……レクス……何を言ってる……?……時間稼ぎか?)
レクスは小さく笑った。
「へぇ……“選ばれてる側”ねぇ」
一歩、踏み込む。
「気づいてねぇのか? お前は選ばれてるんじゃねぇ。“使われてる”だけだ」
一瞬の間。
「壊れりゃ、次と差し替えられる。
それでも“選ばれてる”つもりでいられるなら――救えねぇ野郎だな」
さらに一歩。
「だがよ――問題は、そういう構造を作ってる側だ」
静かに言い放つ。
「だから俺たちは、この監獄も、この世界の歪んだ秩序も――丸ごとぶっ壊すつもりだ」
レクスの目が、ヴィクターを射抜く。
「どうだ? その“選ばれてる側”から降りて――こっちへ来ないか?」
沈黙が落ちる。
その一瞬――ヴィクターの視線は、レクスに向いている。
ジルは、音を殺して動いた。
影へと滑り込み、静かに回り込む。
そのまま、倒れた二人のもとへ。
「……起きろ……バレル! ヴォルグ!」
反応はない。
それでも、肩を掴んで揺さぶる。
――静寂だけが、重く残る。
レクスの口元だけが、愉しむように歪んでいた。
ヴィクターは鼻で嗤う。
「フン……大人しく聞いてりゃ、ゴミが戯言を抜かしやがって」
一歩、踏み出す。
「俺はドゥームを王にする――この監獄の、じゃねぇ」
その目に、確信が宿る。
「世界の王だ。あの男には、その器がある」
右腕に、青白い雷光がじわりと灯る。
ピシ……ピシピシッ……!!
低く、言い切る。
「俺たちの道に邪魔な奴は――消す。 それだけだ」
その笑みが、わずかに深くなる。
「今はな、政府の上の連中も都合よく使わせてもらってるが――いずれ、まとめて消える側に回るだろう」
――その会話の最中。
瓦礫の陰で、バレルの指先がぴくりと動いた。
「……グ……ッ!?」
重く息を吐き、ゆっくりと目を開ける。
「……おう……?寝ちまってたのか……」
「バレル!」
息を詰めるように、ジルが小さく叫ぶ。
バレルは顔をしかめた。
「……熱ちぃ……体ん中が沸騰してやがる」
「動けるか?」
「……ああ……痺れはひでぇが――突っ込むくらいは出来そうだ」
ジルは小さく頷く。
(……あとはヴォルグだ)
霞んでいた視界が、わずかに戻る。
倒れたヴォルグの肩を掴み、揺さぶる。
「ヴォルグ、起きろ!」
ぴくり――と、右手がわずかに動く。
「……う……」
「大丈夫か!?」
「……ジル……か……?」
焦点の合わない目で、虚空を見る。
「……どこだ……ここは……」
ジルは一瞬だけ目を伏せた。
(……ダメだ……まだ動けない)
「……ちょっと休んでろ」
そう言い残し、立ち上がる。
バレルと視線を交わす。
無言の頷き。
――そして、ヴィクターを睨み据えた。
その時。
ヴィクターの右手に、青白い雷光が収束していく。
ピシ……ピシピシッ……!!
口角が、ゆっくりと吊り上がる。
「……フン、そのペラペラ回る舌ごと――焼き切ってやる」
レクスが、肩をすくめて笑う。
「ハハッ……俺ができるのはここまでみてぇだな」
一瞬、ジルへと視線を流す。
「――あとは頼んだぜ! ジル!!」
次の瞬間――
ビカーッ!!
提灯の光が、限界まで炸裂した。
視界が、白に塗り潰される。
「チッ……!」
ヴィクターは左腕で光を遮る。
「……またコレか、二度も同じ手が通用すると思うなよ」
右手の雷光が、さらに膨れ上がる。
「テメェの位置は――もう把握してる」
そのまま、レクスへと狙いを定め――
放とうとした、その瞬間。
「うおぉぉぉッ……!!」
白の中を突き破り――バレルが、一直線に突っ込んできた。
「!?」
ヴィクターの瞳が、鋭く収縮する。
ドガッ!!
バレルの巨体が、一直線に突っ込んだ。
鈍い衝撃が、ヴィクターの脇腹を捉える。
「グッ……!」
だが――倒れない。
その場に踏みとどまる。
バレルの脚が、ぐらりと揺れる。
「……チッ……!」
歯を食いしばる。
「足腰に……力が入らねぇ……!」
ヴィクターの口元が、歪む。
「ヘッ……ロブスターの丸焼きだ」
青白い雷光を纏った拳が、そのまま振り下ろされる。
――その瞬間
影が、弾けた。
死角から――弓矢のような速度で、ジルが飛び出す。
右腕は、すでに鉛へと変じていた。
「うおぉぉぉッ!!」
全身のバネを解放する。
「――当たれぇッ!!」
周囲から音が消えた。
――その一撃が、すべてを決める。
《蒼海の解放軍》より、深海監獄から感謝を込めて。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
もし物語を面白いと感じていただけたら、
あなたの一票(=★評価・ブックマーク)が、
監獄で抗い続ける仲間たちの力になります。
▼作者Xはこちら
https://x.com/00aomiray00?s=21
これからも『半魚囚人ジル』をよろしくお願いします。




