だらける
「どうせなら勝って決めたかったな。よその結果で優勝決定じゃ締まらないよ」
「この試合に勝てばいいだけだ。まあ負けたとしてもひどい負け方じゃなければいいだろう」
優勝を決めた横浜の選手たちはプレッシャーから解放され、リラックスしていた。昨日とは違い実力を出し切れる状態だ。
「ビッグリーダーズめ……最下位のルチャリブレなんかに連敗しやがって」
「つばめ監督に罵倒された仕返しのつもりか?」
目の前で胴上げが行われ、悔しがるつばめを見るためにビッグリーダーズは手を抜いたと言い出す者もいた。しかし彼らにはそんな余裕はない。3位、下手をすれば4位に落ちるリスクを無視してまでつばめに復讐するのはあまりにも愚かで、ありえないことだ。
『ペンギンズの先発は阪田、今日も三回か四回までになりそうです』
ピッチャーは9人ベンチ入りしている。その中には残り試合数の関係でローテーションから弾かれた先発ピッチャーもいた。
「クライマックスシリーズに向けて彼らのリリーフ適性を試したいとのことでしたが……」
「ああ。ピッチャーに限らず、今日はいろんなことをやろうと思う」
横浜の優勝が決まった以上、躍起になって勝ちにいく必要はないと皆は考えていた。しかしつばめは外苑球場での胴上げを阻止すると宣言している。どんな展開になるのか誰もわからなかった。
「ボール!フォアボール!」
『筒も選んでツーアウト一、二塁!昨日はボール球を振りまくっていたスターヒーローズのバッターたちですが、今日は冷静です!』
元々制球よりも勢いで勝負する阪田だが、今日は特に荒れている。いきなり2つの四球を与えた。
「コントロールだけじゃない。テンポも悪いな」
「あまり使わない変化球も試しているようだし……これは誰の作戦なんだ?」
鋭い人間たちは、この乱調の裏には本人の調子とは別の原因があるのではと疑った。その読みは正しく、試行錯誤のピッチングを指示していたのはつばめだった。
「うっ……」
『バットが出なかった!見逃し三振、二者残塁!巻が倒れてスリーアウトとなりましたが、阪田は苦しい立ち上がりです!』
球数も時間も要した初回の守備が終わった。どうにか無失点で凌いだ。
「慣れないだろうが、次の回までだ。この調子で頼む」
「わかりました。下位打線だからどうにかなるとは思いますが」
何も知らない者たちから見れば不安な立ち上がりだが、つばめにとっては順調なスタートだった。
「ちっ……しつこいな」
『またファール!!飯館に続き秦野も粘ります!』
ヒットを打つ気がないと言われても反論できないようなバッティングだ。フォアボール狙いの小兵がやるならともかく、長打が打てる秦野がカット打ちに徹しているのだから球場は騒然とした。
『空振り三振!ようやくツーアウト!連続三振ではありますが、すでに23球!』
「な…何がしたいんだ?こいつらは」
ペンギンズは三者凡退に終わったが、やはり長い攻撃になった。
『二回も阪田は復調の気配なし!ツーアウトから8番の境田にヒットを許すと、ピッチャーの吾妻にはフォアボール!』
ランナーを出すとますます投球間隔が長くなり、横浜打線と観客を苛立たせる。丁寧に投げている割には荒れ球で、それならさっさと投げろと皆は怒った。
「よしっ!」
『サードゴロ!一塁送球、アウト!スリーアウトチェンジ!ピンチを凌いだ阪田はガッツポーズ、周りの選手たちも彼を祝福しますが……』
ペンギンズファンですら冷ややかな目で見ていた。下位打線相手に独り相撲で自滅しかけたというのに喜んでいる。呆れるのも無理はなかった。
「……俺はここまでだが、今日のピッチャーは全員大変だな」
「監督の要求に応えた上で抑える必要があるのですから、難しい仕事ですよ」
阪田のガッツポーズの意味がわかっているのはペンギンズの選手とコーチだけだ。本来のピッチングができない理由があるのに無失点で終えたのだから、拍手喝采だった。
『ペンギンズはピッチャーが代わります、三回はサウスポーの口田です!』
セットアッパーの小西や星野が調子を崩した時には八回のマウンドを任されていた口田だが、今日は序盤に登場した。
「口田ならあんなダラダラしたピッチングにはならないだろう」
渡来、砂野、筒と左打者が3人続くので、ピシャリと抑えて試合の流れを落ち着かせるために口田が選ばれたのだろうと観客たちは考えた。
「しかしこいつもいい時は手がつけられないが、ダメな時はまるでストライクが入らないぞ」
「………」
悪い予感が当たらないように願うファンの祈りは届かず、三回表も長い攻撃になった。
『これで満塁!口田もピリッとしません!バッターはチャンスに強い山元!』
ヒットと2つのフォアボールで満塁のピンチだ。ここで投手コーチが水とタオルを持ってやってきた。
「何やってんだ!さっさとしろ!」
「自分のツバでも飲ませろ!汗ぐらいユニフォームの袖で拭け!くそったれのカスが!」
試合の進行が遅すぎる。とうとうスターヒーローズのベンチからもヤジが飛んできた。
「……もういいですか?」
「は…はい、すいません。へへへ……」
主審はいつもより早く守備のタイムを終わらせた。だらだらとしたペンギンズのプレーに苛立っているのは審判も同じだった。
『カウントはツーツー!じっくりとボールを持ち、慎重にサイン交換……口田、5球目投げたっ!』
「しゃあっ!」
低めの落ちる球で空振りを奪った。キレのある変化球をキャッチャーの大矢木は身体で止めて、そのままホームを踏んで振り逃げを阻止。三振が成立した。
「くそ!」
『空振り三振!スリーアウト!山元はヘルメットを叩きつけて悔しがります!三者残塁!』
この回も時間はかかったが無失点。阪田に続き、口田も派手なガッツポーズを何度も繰り返しながらベンチに戻っていった。
『三回裏のペンギンズは無得点、口田には代打が出たのでピッチャーは早くも3人目、市川です!』
「市川か……こいつなら安心だ」
「打たれることはあってもフォアボールを連発するようなピッチャーじゃない。敗戦処理に慣れているから試合を早く進めるコツを知っている男だ」
つばめもこのだらけた試合を変えようと思っているから市川を起用した、その考えが大間違いだと皆が気がつくのに時間はかからなかった。
「………」
『市川もコントロールが定まりません!ワンナウトからピッチャーの吾妻にフォアボールを与え、海老名は打ち取ったものの渡来も歩かせてしまいました!』
3人連続で精彩を欠いている。彼らが投げているのは明らかなボール球なので、審判のストライクゾーンには問題はない。むしろ際どいところは全てストライクにして試合を早く進めたいと主審は願っているのに、それすらできない球ばかりだ。
「ヴェッ……」
『市川、このイニングは常にランナーの動きを注意しています!しかし市川はランナーを出してもそこまでテンポが変わるピッチャーではなかったような……』
しかもそのランナーはピッチャーの吾妻だ。無視してもいいはずだ。
(なんで俺をそんなに気にしている?というより試合開始からずっと感じるこの気持ち悪さは………)
塁上で吾妻は考える。市川がなかなか投げないので、思考を巡らせる時間はたっぷりあった。
(………まさか!こいつら……!)
さすがに中日には勝てるようでひと安心。悪いな、お前との仲良しごっこはここまでだ




