夢の夜
「お疲れ様です、つばめさん。今日は見応えのあるいい試合でしたね」
「外から見ているぶんにはそうだな。やっている私たちとしたら終始緊張する厳しい展開だった」
優勝の可能性が消滅したが、現実的に考えれば数日前に終わっている。互いにそのことを口には出さなかった。
「……今日は世話になろうかな」
「は……はい!喜んで!」
いつもならみのりが誘い、つばめはそれに応じる。しかしこの日はつばめのほうから抱きあって寝ることを望んだ。普段とは違う展開になるのではないかとみのりはベッドで緊張していた。
(………結局いつも通りですか)
つばめは一瞬で眠ってしまった。それだけ自分に心を許しているとも言えるが、2人の関係は何も進んでいないように思えてみのりは少しがっかりした。
(これから行うこともいつもと同じように……)
つばめが寝ている間の行為もすでに数回目だ。ただし今日は気分が沈んだ状態なのでそこまで興奮していない。すっかり涼しくなったので、汗だくの姿や濡れたベッドをどう誤魔化そうかと冷静に考えていた。
(……今日は私もこのまま眠ってしまいましょうか)
気分が乗らないのにやる必要もない。つばめの安眠に貢献できたことに満足し、それ以上を求めるべきではないとみのりが自らを納得させていたその時だった。
「どうした。何もしないのならこちらからいくぞ」
「えっ………」
聞き返す間も与えられず、みのりは唇を奪われていた。他に誰もいないので当然ではあるが、これは確かにつばめの声だった。
(これまでの行いの数々、実はバレていて………)
考えることすら許されなかった。以前にみのりが教えた舌を入れる深いキスで、思考が奪われた。
「んっ………!」
「……………」
部屋は真っ暗なので、つばめの表情はわからない。それでもつばめから仕掛けたのは確かで、みのりは沸騰した。つばめの左手が胸を、右手が腰の下を優しく撫でると、
「―――――――――っ!!」
みのりは大きく跳ねて、火花が散った。
(あ……あ……たったこれだけで、わたし………)
「……………」
つばめの手の動きは止まらない。全てが溶け出てしまいそうな感覚にみのりは抵抗しなかった。
(わたし……やっぱりこのひとをとてもあいしてる)
深く目を閉じ、つばめに身体と心を預けた。
「……え?こ、これは……」
翌朝、みのりは目覚めと同時に愕然とした。下半身の感触やシーツの惨状はこれまでの最高記録を更新していて、小さな子どもが夜中に漏らしてしまったかのようだった。
「あんな夢を見たからといって……ま…まずは着替えないと。つばめさんに気がつかれないように……」
つばめの愛を全身で味わった夢のような時間だったが、みのりはほんとうにただの夢だと勘違いしていた。まさかあんなことが現実に起こるはずがないと決めつけてしまった。
「……ん?どうした?」
「な、なんでもありません!まだ時間はありますから眠っていてください!」
一方のつばめも、自分が何をしたのか全く覚えていない様子だ。夢の中の行動だったのか、つばめの内奥に別のつばめがいるのか……本人がこの調子なのだから、真相にたどり着けるはずがない。
「思い出せないが……とてもいい気分だったな。もう一度寝れば夢の続きが見れるかな?」
「き…きっと見れます!ですからお休みください!」
優勝の望みが絶たれた一夜は終わった。互いに現実の出来事とは思っていないので、関係が発展することはなかった。
(つばめさんのいい夢は、きっとペンギンズに関わることでしょう。欲望まみれの淫らな私とは違い……あっ、思い出したらまた………)
『今日の外苑球場はいつもとは違います!主役は正一つばめ監督でも東京グリーンペンギンズでもありません!』
この熱気は三塁側、横浜スターヒーローズからのものだ。その理由は皆がわかっている。
『昼間の試合で2位の後楽園ビッグリーダーズが敗れ、とうとうマジック1!約30年ぶりのリーグ優勝まで、横浜はあと1勝!』
横浜の優勝はほぼ確実で、できれば本拠地で胴上げといきたかったが、日程を考えると厳しい。それならだらだらせずに一気に決めたいというのが選手とファンの願いだった。
『スターヒーローズの先発はベテラン大抜、ペンギンズはエース加林で胴上げを阻止を狙います!』
ペンギンズはまだ2位を目指せるが、4位に落ちる危険もある。残り数試合の戦いが運命を大きく分ける。
「優勝がかかった試合で経験豊富な大抜ですか……プレッシャーで自滅することはなさそうですね」
「それは違うな。いくら年齢を重ねていてもやつは横浜一筋、つまり優勝の経験がない。そうなるとルーキーもベテランも同じだ」
横浜の選手たちにとって、勝てば優勝という試合は今日が初めてだ。日本一を味わったことのある移籍組もいるが、彼らは以前のチームで主力だったわけではなく、今日も控えだ。特に役に立たなかった。
「だから今日は勝つ。勝負に絶対はないと言うが、絶対に勝つ。こんなに楽な試合はない」
横浜は攻守にミスを連発すると予言した。そしてつばめの言う通りに試合は進んでいった。
『砂野、捕れない!この試合2つ目のエラーだ!ランナーが1人、2人ホームイン!』
今シーズンは大きく負け越した横浜を相手に、ペンギンズが序盤から得点を重ねる。ただし打線爆発とは言えず、四球やエラーで勝手に点数が増えていた。
「これなら加林はもったいなかったかもしれませんね。ローテーションをずらして今日に阪田、明日に加林のほうがよかったのでは?」
「この2連戦を連勝するだけならそれが正解だ。しかし来週のことを考えれば、やはり加林は今日だ。最終戦に中5日で登板できる可能性を残したい」
今年のペンギンズは首位への嫌がらせを楽しむだけのチームではない。一つでも上の順位を目指し、プレーオフ進出後のことまで考えて動かないといけない。
『宮木も苦しいピッチングになりました!おそらく優勝は明日以降でしょう!』
点差に余裕があったので加林は六回まで投げて降板、次回へ向けて余力を残した。横浜のほうも主力を早々に下げて今日は降参、明日に全力を注ぐ構えだ。2日目となればさすがにもう緊張は解れているだろう。
『試合終了!11対2、ペンギンズ圧勝!スターヒーローズの優勝はひとまずお預け!』
「頼んだぞつばめ!明日も勝て―――っ!」
「あんなやつらの胴上げ、誰も見たくねーんだ!」
今日は胴上げを阻止した。しかし明日のペンギンズは阪田を先発させ、ブルペンデーの予定だ。分が悪い勝負になる。
「意外とこういう時に勝っちゃうもんなんだよな。なんとかなりそうな気がしてきたぞ」
「……………」
ペンギンズが意地を見せて『胴上げ爆弾』を大阪にパスする……その期待は試合前に打ち砕かれた。
『ビッグリーダーズ、敗れました!この瞬間、ナイターを控える横浜スターヒーローズの優勝が決定!』
ビッグリーダーズが連敗し、マジック0。2位を目指すペンギンズとしてはありがたいが、同時に外苑球場での胴上げが決定してしまった。
「勝敗に関係なくやつらの歓喜の輪を見せられてしまうわけか……」
「……ふふふ、まだ手はある」
つばめは不敵に笑った。皆は首を傾げたが、胴上げ阻止のシナリオはつばめのなかではっきりとした形で描かれていた。




