終戦
つばめと渡辺による負けたら引退の一戦は、どちらもユニフォームを脱がない形で決着した。しかしつばめが渡辺を家畜呼ばわりしたことで、当然ではあるが非難の声が広がっていた。
「渡辺選手を容赦したところで終わっておけばよかったのでは?」
「あれで終わるくらいならあのまま引退させたほうがいい。自分はペンギンズには勝てないという意識を強く植えつけたからこそ、これから家畜のように働いてくれるんだ」
他球団から稼いだ貯金をペンギンズ戦で吐き出す、つばめから見れば最高のピッチャーだ。
「心が折れて他のチームにも勝てなくなってしまうこともありえますよ?」
「それでも構わない。龍門ルチャリブレのエースを殺せただけでも大収穫だ」
渡辺が使い物にならなくなれば、低迷しているルチャリブレはますます落ちていく。最下位の常連になるだろう。
「来年以降のことも考えないとな。龍門ルチャリブレが沈み、後楽園ビッグリーダーズも地を這う……名古屋は元々くだらない球団だから、私たちのライバルは大阪と横浜に絞れる」
「来年……来年も続投できそうですか?」
「今のところは話はないが、私としてはやりたい気持ちが強くなってきた。秋のキャンプから始めて春のキャンプ、オープン戦……じっくりチームを作り上げてシーズンを戦いたいと思っている」
長くても今年の終わりまでだと以前までのつばめは繰り返していた。しかしつばめを嫌っていた球団社長は去り、反対勢力が消えた。つばめが続けたいと言えば承認される環境になっている。
「圧倒的最下位から上位争いに割って入ったのですから、シーズン開幕からつばめさんが指揮すれば……」
「それはどうだろうな。今年活躍した選手が全員期待通りの成績を残してくれるか、やってみなければわからないところが多い」
他球団の研究や対策をどれだけ跳ね返すか、慢心せずに成長し続けることができるか。オフシーズンの過ごし方もとても重要だ。
「彼ら自身のやる気や自覚が重要だ。私は何もできない」
(つばめさんが辞めたらやる気をなくしそうな方々もたくさんいますが……)
監督が代わるだけでそうなっては困るのだが、つばめの存在と影響力は特別だ。新監督は期待の若手軍団を引き継いで大喜びだったのに、いきなり頭痛に悩まされるなんてことがあるかもしれない。
「来年はあなたも大学生か。受験勉強をしているところを見たことがないが」
「……問題ありません。順調ですよ」
実はすでに都内の超一流大学に進学が決まっている。しかも無条件で合格することまで確約されていた。薬都飲料のトップの血を受け継いでいるのはもはやこの世でみのりだけなので、裏金を払わなくても大学側からラブコールを送られていた。
「それならいい。私に構っていたせいで人生が狂ったら大変だからな」
(すでにかなり狂わされていますが……私が望んだことです)
つばめが来年も監督なら大学へは行かず、つばめを支えることに専念するとみのりは決めていた。大学はいつでも行けるが、つばめとの時間は限られている。
(つばめさんを1人にするととんでもないことになりそうですからね……)
野球とペンギンズにしか関心を持たないつばめだ。そばでみのりが見張っていないと、今年稼いだ金をたった1日で使い果たしても驚かない。信頼できる誰かに管理してもらう必要があり、自分以上に適任はいないとみのりは自負していた。
「シーズンは残り1ヶ月……激しい戦いになるというのに、夏休みが終わってしまいます。できることが少なくなりますが……」
「十分すぎるほどだ。むしろ私の喜怒哀楽が激しくなって迷惑をかけると思う。勝った負けたで大騒ぎする位置にいるのは嬉しいことだがな」
ここから先は『負けたが収穫があった』、『明日に繋がる敗戦』などと悠長なことは言えない日々が続く。去年までのペンギンズなら9月はすでに消化試合だったが、今年はまだ優勝からBクラスまで可能性がある。
「……もしつらい時や苦しい時はいつでも言ってください。いつでも胸を貸しますよ」
「そうか……ならばありがたく甘えよう」
これまでよりもつばめがみのりを求める機会が増えるのは確実だ。みのりに抱きつくか胸に顔を埋めればつばめはすぐに眠ってしまう。悔しさや怒りのせいで寝不足になる心配はない。
そう、つばめはぐっすり眠っている。みのりがこっそりとキスしていても、つばめの手を使って何かをしていても全く気がつかない。
(もしかしたらこれから毎日……私のほうが先にダウンしてしまうかも………)
つばめが来年の話をしたのは今年を諦めたからというわけではないが、9月に入るとド・リーグの混戦ムードが一変した。
『ライト見送った!頼れる主砲、筒のスリーランで横浜逆転!八回裏、最高の形で逆転です!』
横浜スターヒーローズの勢いが止まらず、首位に立つと独走を始めた。苦手のビッグリーダーズ相手にはいまだに苦戦しているが、それ以外のチームには圧倒的な勝率だった。
『3対1!ペンギンズ、勝ち越し!二塁ベース上で秦野がガッツポーズ!この2点タイムリーツーベースで好投の奥に勝ち投手の権利が生まれました!』
ペンギンズも好調を維持している。しかし横浜との直接対決がなく、互いに勝つので差が詰まらない。日程の偏りがペンギンズにとっては不運だった。
『ド・リーグはスターヒーローズが抜け出し、グリルズ、リーダーズ、ペンギンズが激しい2位争い!』
横浜を追う3チームは最後まで優勝を諦めない姿勢だ。しかし現実的にはかなり厳しく、特にペンギンズは横浜戦があと2試合しかない。3チームの中では真っ先に自力優勝が消滅していた。
「いいぞ―――っ!明日も頼むぞ―――っ!!」
「全員引退しろ!死んじまえ!」
シーズン最終盤、観客たちも最高に熱くなっている。首位から最下位までそれは変わらず、勝てば歓声、負ければ罵声が響く。
「リトルリーグからやり直せ!ゴミカスが!」
『物を投げないでください!』
2位以下を離しているはずの横浜のファンですら負けると暴れる。優勝から四半世紀以上遠ざかっているせいで余裕がないからだ。相変わらずエラーや継投失敗で負けるので、ファンは苛立った。そんなくだらないことで悲願の優勝を逃したら、監督や選手が暴徒に襲われてしまうだろう。
しかし横浜スターヒーローズはすでにセーフティリード、安全圏にいた。当事者たちは胃を痛めながら戦う毎日だが、周りから見ればすでに勝負は決まっていた。
『グリルズは小林、ペンギンズは田富が素晴らしいピッチング!七回まで両者無失点!』
共に三塁を踏ませない投手戦で、とても重い空気が流れる試合だった。八回表に入る前に他球場の速報が場内に映し出された。とうとうこの日が来た。
『横浜スターヒーローズ対名古屋ドラマティックドリームスは7対3で横浜の勝ち!つまり……』
「……終わったか………」
すでに絶望的ではあったが、ついに東京グリーンペンギンズの優勝の可能性が完全に消滅した。ここからは2位争いに専念することになる。
「今日横浜が勝ったとなると、日程的には……」
優勝マジックと今後の試合予定を計算すると、ペンギンズのホームである外苑球場での2試合で優勝が決まるかもしれない。最後に一泡吹かせて意地を見せたいところだ。
ザコ




