一球勝負
岩木、大矢木には代打を出したのに、ピッチャーの加林は代えずに打席に立たせる。一死三塁のサヨナラのチャンスで、しかもすでに130球も投げている加林を代えないつばめの采配。観客たちだけでなくベンチ内からも疑問の声が噴出した。
「つばめちゃん!どうして俺を下げた!?俺ならサヨナラホームランであのクソ野郎を地獄へ落とせたのに!」
直前までネクストでバットを振っていた三丸は呼び戻され、当然つばめに抗議する。しかしつばめはすぐそばを指差した。
「そのままそこに立っていろ。いつでもいけるように、気持ちを切らすなよ」
「……えっ?じゃあ俺は次の木南の代打ってこと?」
バットを持ったまま、メットやプロテクターもそのままで三丸を待機させた。
『なぜ加林を代えないのでしょうか?他のピッチャーを使いたくないとしても、1点入ればそこで試合終了の場面ですよ?』
『わかりませんね。直前に渡辺が大きなフライを打ちましたから、加林も打てると思っているのかもしれません。もしくはスクイズバント狙いで、加林以上にバントがうまいバッターがいないのか……』
加林と心中する気なのか、加林を一番頼りになるバッターだと思っているのか。つばめの考えは誰にもわからなかった。
『ランナーを警戒しながら第1球、投げたっ!』
「うおっ!」 「やりやがった!」
加林がバントの構えを見せると、渡辺を含めた内野手は猛チャージだ。加林はバットを引いた。
『ストライク!バントできず……いや、そもそもランナーは走っていません!』
最初からスクイズをする気はなかった。相手を脅かすため、それだけの動作だった。
「……………」
『長い間合いから2球目……投げた!空振り!』
速球のスピードはやや落ちているが、それでもピッチャーの加林が打てる球ではない。簡単にツーストライクとなった。
「やっぱり駄目か。俺がなんとかするぜ……ん?」
「ああ。なんとかしてもらおう」
つばめが立ち上がり、タイムをかけた。打席の加林もベンチの三丸も、主審や渡辺も理解が追いつかなかった。
「代打……三丸」
「えっ」 「うそだろ?」 「このタイミングで?」
ツーストライクからバッター交代。場内にアナウンスされると、球場全体が騒然とした。
『信じられません!三丸には1球しかありません!』
「何考えてんだ!代打を忘れたから慌てて出したんじゃねーだろうな!?」
「アホすぎる!話になんねーよ!」
つばめは寝ていたかトイレにでも行っていて、ちょうどいま戻ってきたと言われても納得できるほど、意味がわからない采配だった。
(くそっ……これじゃホームランを打つどころじゃない!とりあえず当てないと……)
一度空振りしたらもう終わりだ。ストライクゾーンを広くして、バットを短く持つしかなかった。
「何を考えている?負けたら辞任だというのに……」
つばめの考えが何一つ理解できないので、どう攻めるべきかもわからない。バッテリーのサインはなかなか決まらなかった。
「……タイム!」
キャッチャーの誉がマウンドに走る。ここはもう全てを渡辺に決めてもらおうとした。
「ジュンさん……あのガキは不気味ですが、カウントは俺たちの断然有利です。ジュンさんの投げたい球を……」
その渡辺は誉の話を聞いていない。しばらくしてから突然笑顔になると、声を上げて笑い始めた。
「ウフフ……アハハ!アハァ〜〜〜〜〜〜ッ!!」
「!?」
「わかっちゃった!わかっちゃったよ!正一つばめ、お前はやっぱりただの屑、その存在に価値はない。お前のやることに意味がないのは当然だ!」
ペンギンズベンチに向かって叫ぶ。つばめは鋭い目つきで渡辺を睨んでいた。
「お前は監督を辞めても構わないと思っている。だから舐めたオーダーを組んで、ガキ以下の采配で遊んでいるんだ。一切努力も苦労もしないで手に入れた立場だもんな……失ったところで痛くないんだろ?」
「……………」
「真剣じゃないやつは神聖なるプロ野球の世界にいる資格がない。お前はいらない人間なんだよ」
渡辺は唾を吐くと、今度はライトスタンドに向かって叫んだ。彼の声はよく通るので、マイクがなくてもはっきりと聞こえた。
「お前らも同罪だぞ!こんなカスを持ち上げて騒いでいたんだ!お前らが野球を駄目にしたという自覚はあるのか?頭の弱いやつらはプロ野球を観るな!」
「ハァ!?」 「何だこの野郎!」
「本来ならお前らはさっさと帰るべきだ!けれどもチャンスを与えてやる!誰が最も強く、清く、正しい存在なのか、誰が野球界の中心に立ち、頂点に君臨するべきなのか……今から教育してやるよ。それでもわからないなら、もう諦めて消え失せろ」
誉を戻して試合を再開させると、渡辺はサインを出した。高めのストレートで空振りを奪おうとした。
「こいつは1球で終わらせる。後ろも雑魚しかいない。ここを凌げば延長十回、必ず先制できる!」
加林が凄すぎたので、誰が出てきても加林よりも打ちやすく感じることだろう。上位打線が必ず点を取ると渡辺は確信していた。
『バッターは三丸に代わりましたが3球目!ワンナウト三塁、ランナーは代走の飯館!』
内野、外野共に前進守備。渡辺は三振しか狙っていなかった。
「俺が日本で一番のプロ野球選手になるのを……」
『ピッチャー渡辺、足が上がった!』
「見てくれ!歩美――――――っ!!」
渾身のストレートを高めに投じた。歩美というのは彼が今日球場に招待した女性の名前だった。
「ラァッ!!」
『ボール球、強引に打った!打ち上げた打球はレフトに……』
追いこまれていなければ、いつもの三丸なら見送っていた。ホームランしか狙っていない熱くなった三丸なら空振りしていた。この状況だからこそ手を出し、そして当たった。
「浅いかな……犠牲フライにはならないか?」
「いや、後退しているぞ!」
三丸のパワー、前進守備、この時だけ吹いていた風。様々な要素がペンギンズに、つばめに味方していた。
「馬鹿な……打ち取ったはずだぞ!」
『レフト捕った、しかし捕球体勢が悪い!飯館走る、バックホームするが……』
代走の切り札である木南にも劣らない、飯館の俊足。余裕はあったが、最後は頭からホームに滑った。
「セーフ!」
ペンギンズファンの大歓声が響く。1対0、世紀の一戦はペンギンズのサヨナラ勝ちで決着した。
「やった!勝ったぞ!つばめ監督が生き残った!」
「1球しかないのによく打ったな、ミルミル!」
決勝の犠飛を放った三丸はもみくちゃにされ、水や氷が次々と降りかけられる。その本人は歓喜の輪の中心にいるが、笑顔はなかった。
(つばめちゃん……俺が思っていた以上にスゲー監督だ!もし俺が最初から出ていたら、間違いなく敬遠されていた。ツーストライクだから勝負してきたんだ)
渡辺は逃げるつもりはなくても、ルチャリブレの首脳陣が申告敬遠を選んだだろう。一死三塁の場面で外野フライを簡単に打てるパワーの持ち主と勝負するわけがない。
(万が一勝負だったとしても、3球あれば俺は完璧な勝利……ホームランを狙った。つばめちゃんを悪く言う渡辺に完全敗北を与えるために……)
ホームラン狙いでは逆に犠牲フライも打てず三振していただろう。ルチャリブレバッテリーも慎重になり、低めの変化球が中心になったはずだ。
「な、あのタイミングでよかっただろう?三丸」
「ああ……つばめちゃんのこと、もっと好きになったぜ……うおっ!ちょっと待て!」
力強いハグでつばめを抱きしめた。そこに残った水が全てぶちまけられたので、つばめもびしょぬれになった。
「なんてやつらだ、邪魔しやがって。しかし濡れたつばめちゃんもまた素敵だな………ん?」
「……………」
つばめの視線の先には、マウンドに蹲ったままの渡辺ジュンがいた。
ヤクルト、調子いいじゃないですか。春の珍事だとは思いますが、楽しんでください。
DeNA、調子悪いじゃないですか。入江は相変わらず同じやられ方、リリーフも貧打の巨人にやられ放題で今季初の連勝ならず。もういい加減によォ、ファンに実力見せてくれよォォッ




