鈍感
渡辺ジュンは負けず嫌い……というより敗北を認めない。都合の悪いことはすぐに記憶から削除するので、物理的にKOされた前回のつばめとの対戦も彼のなかでは『不透明決着』扱いだ。途中で勝負が打ち切られたからどちらの勝利でもないと本気で主張する。
「アクシデントのせいで勝敗が有耶無耶になってしまった……あれでは互いに満足できない。だから今回、改めて決着の場を設けたというわけだ」
「はあ……なるほど」
「もちろんあの女が勝負を受けるか、逃げるかを選んでいい。クズチームの力を過信している馬鹿のことだから乗ってくるだろうが、怖いんだったら逃げるべきだ。この僕、渡辺ジュンには勝てないと思うのならなりふり構わず背を向けるんだ……さあ、どうする?」
あの時お前はしっかり負けただろ、そんな周りの心の声などお構いなしに渡辺はつばめを煽った。彼が勝つまで続ける気なのかと皆は呆れそうになったが、自らも負けたら引退するというリスクを背負った。今回ばかりは敗北をなかったことにはできない。
「……ジュン君は小学生の時から変わっていません。誰が相手でも最後は必ず勝ちました」
「そうですか……」
渡辺の幼馴染の女性は思い出話を語り、みのりに聞かせる。かなり長い話だったが、みのりの感想は「そうですか」の一言だけだった。ただし話を適当に聞いていたわけでも、内容がくだらなかったわけでもない。答えに困っていたからだ。
(私が指摘していいのでしょうか……?この方々の15年以上を私が1日で埋めてしまうのは逆に……)
この女性が言うには、渡辺は愛情表現として『気に入った人にちょっかいをかけにいく』そうだが、じっくり聞いてみると全く違う。
(渡辺選手はこの人にいいところを見せたくて、自分が一番だとアピールしているだけではありませんか。なぜ気がつかないのでしょう?)
『私には一度もそんなことをしてくれない』と嘆いていたが、当たり前だ。彼女に強さを見せるために渡辺は戦っているのだから。
「……日本で一番のプロ野球選手になる、それがジュン君の昔からの夢です。今日はその物語が大きく動く1日になるから絶対に来いと誘われました」
(なるほど……渡辺選手がつばめさんを執拗に狙う理由がわかりましたよ)
渡辺の言う一番とは、日本で最強のピッチャーになるだけではない。最も有名になることも含まれている。注目されるためにあえて過激な言動を繰り返し、悪役を演じた。
しかし渡辺がグラウンドの内外で地道に努力を続けても、野球ファンの間で話題になるのが精一杯だった。世間はアメリカで活躍する大仁田たちばかりを見ていた。
(そんな時に突如現れて全てを持っていったのがつばめさん……恨みたくなるのも仕方ありませんね)
選手でもないつばめが苦労することなく野球界の中心となり、人々の関心を一身に集めた。渡辺がつばめを除き去ろうとする十分な理由があった。
「ジュン君はプロ野球を盛り上げるつばめ監督のことを好きなはずです。この試合で勝って監督を辞めさせたら、きっと恋人にするんじゃないかな……」
「いいえ、それは絶対にありえません。もし渡辺選手が勝てば、あなたにプロポーズすることでしょう。そのためにあなたは外苑球場に呼ばれたのですから」
あまりに鈍感すぎるので、とうとうみのりは我慢できなくなった。はっきりと女性の間違いを正した。
「えっ……そんなまさか!」
(どうしてここまで鈍いのか……つばめさんも似たようなものですが、さすがにこれほど長い年月を重ねたらわかってくれるはずです)
つばめとみのりは親しくなってからまだ3ヶ月程度だが、渡辺たちは小学校に通っていた時からの仲だ。この女性の鈍さも相当なものだが、渡辺のアピールもかなり回りくどいのだろう。
「ですがジュン君とつばめ監督は似ています。お似合いのカップルに……」
「ないですね。あの2人は似すぎです。同族嫌悪という言葉がふさわしく、何一つうまくいかないでしょう」
このことに関しても正しいのはみのりの意見だった。つばめと渡辺を2人きりにしたら、大喧嘩になる未来しかない。『喧嘩するほど仲がいい』ではなく、憎しみや怒りをぶつけ合うだけの最悪の空間になる。
(まあ……最後はペンギンズが勝ちますから、渡辺選手は誰とも結ばれないわけですが)
みのりはつばめの勝利を信じている。こんなところで終わるはずがない、そう疑わなかった。
『ついに九回の攻防に入ります!六回から八回は両チーム3人で攻撃を終えていて、打順は7番からというところも同じです!』
ペンギンズは七回の先頭打者、木南がチーム初安打を放ち完全試合を阻止した。しかし直後に盗塁失敗でアウトになり、流れを掴めなかった。
八回は池村が相手のエラーで出塁したが、続く土場のバントが小フライになった。これを渡辺がワンバウンドでうまく処理し、ダブルプレーでランナーがいなくなった。結果的にペンギンズは八回を打者24人、残塁0個という最低の攻めになっている。
「ふ―――っ………」
『六回以降は本来の力以上の投げっぷりを見せる加林ですが、前半に苦労した影響で球数は次が130球目!バッター渡辺に対しカウントツーツー、第5球!』
九回もツーアウトとしたが、さすがに勢いが落ちた。つばめからもらったパワーも尽き、限界が迫っていた。
「……!!」 「やべっ」
『これは大きい!まさか渡辺が……』
大飛球がレフトを襲い、歓声と悲鳴が同時に響いた。しかしラムセスの足はフェンスの前で止まった。
『アウト!ラムセス追いつきました!スリーアウト!それにしてもヒヤリとする一打でした!』
滞空時間が長かったのでラムセスでも捕れるフライになったが、ピッチャーの打球ではない。外苑球場はしばらくどよめいていた。
「……くそっ!」
『打席に立ったということは、当然渡辺ジュンは続投!こちらはまだ81球、余力たっぷりのはず!』
球数と内容だけ見れば最低でもあと2イニングはいける。ただし渡辺は初回から全力で投げ続けていることを皆は忘れていた。
『ペンギンズは岩木から始まりますが……代打です!つばめ監督、切り札の池端を早くも投入!』
(……こいつは………)
渡辺に強烈なピッチャー返しを食らわせ、戦線離脱させた池端の登場だ。因縁の相手が出てきたことで、バッテリーはいろいろと考え始めた。
(まさか……また狙ってやがるのか?)
(あんなこと、二度も決まるはずはないが……)
本人たちは否定するだろうが、心の隅に恐怖が残っていた。強気でいけば押し切れたのに、強襲ヒットを警戒した外角オンリーの配球になった。
『サードの頭上、フェアだ!池端の見事な流し打ち、打球はレフト線を転がっている!この試合初の長打になるぞ!』
「……しまった!」
足腰の状態が悪い池端でも余裕を残したツーベースだ。4球も外角が続けば、5球目には仕留められる。池端の打撃センスが光った。
『ノーアウト二塁、ランナーは飯館に代わり、バッターも代打の海田鉄人!』
つばめが動き続ける。キャッチャーの大矢木に代打を出すのだから、この回で終わらせるという意思表示だ。
(素直にバントをすればいいものを……後悔させてやる!)
一塁は空いているが、敬遠はない。今度は強い気持ちで海田に向かっていった渡辺だったが、
「うっ!」
「よし、サード……ちっ!」
『ボテボテのピッチャーゴロ!サードは間に合わない、ファーストに投げてアウト!結果的に送りバントと同じ、ワンナウト三塁の形になりました!』
今日の渡辺の球はバントをするのも難しい。打たせたほうがランナーを進められると判断したつばめの作戦勝ちだった。
『ペンギンズは代打攻勢!ピッチャーの加林には………えっ?加林はそのまま?』
「なんだと………!?」
そろそろ本気を出す時が来たようだ




