魔力
『つばめ監督が出た!ピッチャー交代か!?』
『いや、ブルペンでは誰も投げていませんよ』
つばめはゆっくりとマウンドに歩いてきた。選手が集まる輪の中に入ると、加林の目をじっと見つめた。
「……どうした。体調が悪いのか?夏風邪か?」
「え?いや……元気です、身体は」
どこまで本気で言っているのか、つばめは加林の体調不良を疑う。負けたらつばめが辞任する試合だから緊張しているというのに、そのことには一切触れなかった。
「それなら安心だ。あんな連中、本来のあなたなら敵ではない。捻ってこい」
右手で加林の胸に軽く触れると、つばめはベンチに帰っていった。具体的な指示はなく、励ましにしてもあっさりすぎる。何をしに来たのかと皆は首を傾げていた。ところが、大きな効果があった。
「………熱い!監督が触れた胸が……」
「……え?」 「どうした急に?」
加林の肩が震え始めた。しかし彼の目つきはこれまでに見たことがないほど力強く、あの渡辺以上に自信に満ちたオーラを放っていた。
「胸だけじゃない。胸から全身熱が……うおおおっ!今の俺ならどんなバッターでも抑えられるぞっ!お前ら、早く戻れ!」
「………やっぱりどこか悪いんじゃないか?」
つばめの力を受け取ったせいなのか、人格まで変わってしまった。ほんとうにつばめにそんな能力があるのか、加林の思い込みなのかは謎のままだ。
『監督の激励はありましたが、ノーアウト満塁の大ピンチ!バッターは4番の菊田、1点は仕方ないか?』
(燃えているのはいいが……押し出しは勘弁しろよ)
元々今日はコントロールが定まっていないのに、興奮してますます乱れたら試合にならない。キャッチャーの大矢木は不安が先行した。
『加林、第1球……投げたっ!』
「……っ!?」
ど真ん中のストレート。菊田は手が出なかった。
『ストライク!絶好球すぎて思わず見送ったか!?』
(このスピード………)
菊田は甘い球なら打つつもりだったが、それでも振れなかった。想像以上の球速だったからだ。
「……!」
『振り遅れた!またど真ん中だ!』
戸惑いを隠せない菊田、堂々としている加林。周りの選手たちは加林の覚醒を確信した。
(……合わせるだけならいけるか?いや、中途半端に当てるとホームゲッツーになる。変化球だって……)
すでにカウントはノーボールツーストライクだ。今から悩んでも事態は悪くなるだけだった。
『三振!釣り球にバットが止まりませんでした!』
菊田を三球三振で仕留めても次はギアニーだ。今の加林の球でも当たれば力負けせずに外野まで運べるパワーの持ち主だ。
「ウッ!」
『豪快に空振り!カーブでした!』
速さだけでなくキレも増している。当たらなければせっかくのパワーも意味がない。
『空振り三振!ギアニーも三振だっ!』
それでも最後はストレートの力勝負でギアニーを真っ向から倒した。二者連続三球三振だ。
「同じ相手に何度もやられては信頼に関わります。ここは絶対に……」
新橋が打席に入る。それでも菊田とギアニーを抑えた加林にとって、新橋など敵ではなかった。
「ぐっ!」
『か…空振り三振!ノーアウト満塁から三者連続三球三振だ!加林洋、恐るべしっ!』
まさかの無失点で窮地を脱した。この9球はペンギンズファンの間で伝説として語り継がれることになるが、それほどの衝撃を残したピッチングだった。
「監督!俺にもパワーをくれ!」
「僕にもください!」 「それなら自分も!」
「……………」
つばめの神通力が欲しいのか、ただつばめに触れてほしいだけなのか、五回裏に打席に立つ池村、土場、青山がつばめに近づいてきた。つばめは彼らを拒まず、それぞれの胸にしっかりと触れた。
「ありがとうございます!うおお、漲ってきた!」
「渡辺のバカをこの手で葬ってやるぜ!」
3人とも加林のようになり、炎に包まれているかのような気迫だった。
「監督!この特別な力はいったい!?」
「何をしたのですか!?超人的な奇跡ですよ!」
人間の業ではない。つばめはただの人間ではないと本気で考え始める者たちもいたが、
「……さあ?何もしていない。なぜ彼らがあんなに燃えているのか、私にもよくわからない」
「は……?」 「いやいや………」
つばめに特別な力などなく、選手たちの思い込みでしかなかった。それが明らかになるのが五回裏の攻撃だった。
「つばめ!お前のために……」
『バットが折れた!ピッチャーゴロ!』
「今なら僕でも150メートル弾が……」
『キャッチャーフライ!誉が捕ってツーアウト!』
「いける!いける!いけるっ!」
『打ち上げた!セカンドフライだ!』
全員非力な打球で凡退した。それだけならまだよかったのだが、もっとひどいことがある。
『この回のペンギンズの攻撃は……なんと3球で終了!3人とも初球打ち、しかも内容が悪すぎる!』
加林が三者連続三球三振を披露した直後に、三者連続初球で凡退。これ以上最悪の攻撃はない。
「……何を考えているんだ、あいつら?」
「速攻にしても雑です。わかりませんね」
相手のバッテリーを戸惑わせるほどの拙攻だ。前のめりになった精神に身体がついていけなかった。
『六回は共に7番から始まる攻撃でしたが、ランナーを出せずに攻撃終了となりました。加林、渡辺の両投手が尻上がりに調子を上げています!』
打順は全く同じだが、ルチャリブレは3巡目、ペンギンズは2巡目だ。それでもペンギンズは0対0で耐えている。
『ペンギンズはいまだに1人もランナーが出ていません!負けたら引退ばかりが騒がれているこの試合ですが、完全試合の偉業が達成される歴史的な日になるかもしれません!』
完全試合となれば、つばめに最高の屈辱を与えることができる。渡辺も意識し始めた。
「ペンギンズがパーフェクトを食らいそうになったのは何回かある。打てない時はとことん打てないからな、このチームは」
「しかしつばめ監督になってから、パーフェクトの阻止どころか毎回試合に勝っている。まるで魔法だ」
九州フォークライブキングスの武田には八回一死まで完璧に抑えられたが、四球とエラーで得点した。そのままノーヒットで勝利し、人々を驚かせた。
後楽園ビッグリーダーズの高橋夢道には九回二死まで出塁ゼロ、最後の打者も三振して万事休すかと思われた。ところが振り逃げで完全試合を終わらせると、最後は逆転ホームランで白星まで奪ってみせた。
「武田も高橋も自滅みたいなものだが……つばめ監督の呪いだとしたら……」
「渡辺も落とし穴に用心したほうがいいな」
つばめに魔力などないのは五回裏の攻撃で証明されているが、喧嘩を売った人間を全員不幸にしているのは皆が認める事実だ。他球団の選手に加え、元球団社長やプロレスラーまで破滅させている。
「渡辺は足を怪我して痛い目に遭ったのに、敗北を認めず再び戦いを仕掛けてきた。もしかすると……」
「これまでの誰よりも悲惨な結末が……?」
やればできる子だと信じていたぞ、DeNA!




