雲泥の差
『運命の試合、いよいよプレイボール!ピッチャー加林、いつも通りのピッチングができるか!?』
ここまで10勝2敗、防御率は1点台前半。前回の渡辺との対決にも勝利している加林だが、今日は負けたらつばめがいなくなる一戦だ。
「ボール!フォアボール!」
『4番の菊田にフォアボール!一塁と三塁にランナーを置いてバッターは怖いギアニー!』
慎重になりすぎてストライクが入らない。逃げられなくなったところで強打者を迎えた。
「チッ……」
「よし、セカンド!」
甘い球だったが、打ち損じに助けられた。ところが硬くなっているのは加林だけではなかった。
「あっ!!」
『土場が弾いた!すぐに拾って送球、逸れた!』
堅実な守備が持ち味の土場が、焦りでファンブルと悪送球。ファーストの青山がどうにか捕り、走ってきたギアニーに倒れながらタッチした。
「アウト!」
「はぁ……危ねーところだった………」
無失点で凌いだが、先が思いやられる初回の守備だった。ベンチに戻るナインの足も鈍い。
「さすがに普段と同じようにっていうのは……」
「こんな試合で硬くなっていたら優勝争いなんかできないぞ?マジック1までいったとして、そこから何連敗するつもりだ。もっとしっかりしろ」
この緊張の原因を作ったのはつばめなのに、皆を冷たく突き放した。今に始まったことではないので、誰も怒らなかった。
『空振り三振!スリーアウト!渡辺ジュンのほうは完璧な立ち上がりだ!』
「相変わらず弱いなぁ……ペンギンズは」
今日に限っては怒りのパワーのほうが強いようだ。1点取るどころか、ランナーを1人出すのも苦労しそうな球だった。
「うわっとと……」
「アハハ!ヘタクソだな!」
『記録は内野安打ですが、池村のエラーも同然!ツーアウトから連続出塁でバッターは渡辺!』
7番飯橋は四球、8番誉を池村のまずい守備で塁に出してしまった。打順はピッチャーの渡辺だが、得点圏にランナーがいると強打者と化す。並の打者より手強くなることはバッテリーもわかっていた。
『打った!センター前!』
「げっ!」
『飯橋は三塁を蹴った!ノーカットでバックホーム!』
木南は代走からの出場がほとんどで、そのままラムセスか秦野の代わりに守備につくことがある。つまりレフトかライトで、センターに入ることはない。
『ツーバウンド!しかし飯橋が遅い!タッチアウト、スリーアウト!』
送球の質は悪かったが、相手も暴走だった。この回も形だけは無失点だ。
「アハハァ……命拾いしたな。でもさっさと死んじゃったほうが楽だったかもよ〜〜〜?」
「………」
自分のヒットが無駄に終わっても、渡辺は愉快そうに笑っている。今日のペンギンズならいつでも得点は奪えると思っているからだ。
「弱い!弱すぎる!雑魚しかいねーのか!」
『二回も渡辺は絶好調!難なく退けた!』
何もできないとはまさにこのことだ。油断のせいで先制を許した前回の失敗を繰り返さないように、渡辺は最初から全力だ。
「あのペースじゃどこかでバテるだろ」
「別に完投する必要はない。やつは六回か七回まで投げて、そこまでにリードしていれば残りはリリーフに任せたらいい。勝ち投手になりさえすれば、私を辞めさせることができるのだからな」
投球内容に細かい指定はない。つばめは負けたら無条件で辞めると宣言したが、完全勝利を狙う渡辺は勝利投手になることにこだわるだろう。
「もし決着がつかなければまた別の機会に持ち越しでもいいと考えているだろう。だからやつは温存なんかしない。いけるところまで投げるスタイルだ」
意地を張って無理をする、もしくは調子に乗って遊びすぎる。その負け方は渡辺にとって最悪だ。負けたら引退なのだから、仕切り直しの機会もない。
「ボール!」
「うっ………」
『勝負球は外角に外れた、ツーアウト満塁!』
三回も加林は冴えない。際どいコースに投げるとうまく決まらず、ボール球を簡単に見極められていた。
『バッターは6番の新橋!前回の加林との対戦後に、つばめ監督から名指しで罵倒された屈辱をこのチャンスで晴らしたい!』
「………」
一生加林には勝てないと言い放ったつばめの間違いを証明するチャンスに、新橋は燃えていた。いつもの笑顔の裏に確かな闘志がある。
しかしつばめの予言の一部はすでに成就していた。ビギナーズラックで活躍しているだけ、その言葉通り新橋の打率は低下し、すでに2割5分を切っている。長打率や出塁率も悪化し、期待の新星はどこにでもいる選手になりつつあった。
「ぐっ!」
『空振り三振!加林が踏ん張りました!』
三球三振で三者残塁。こちらもつばめの予言が事実になりそうだ。この先も苦しいピッチングが続くとしても、新橋に打たれることはないだろう。どうでもいい場面でまぐれのヒットはあるかもしれないが、それ以上のことは起きない。
「すいません、ジュンさん。先制点をプレゼントしたかったのですが……」
「………お前についてはあいつの意見に同意するよ。悪いことは言わない。早く引退したほうがいい」
新橋だけでなく、周りにいた選手たちも凍りついた。足を引っ張るなら味方でも平然と非難し、切り捨てる。渡辺の凶暴さはチームの平和を乱している。
「ジュンさんの言う通り……雑魚はいらない」
専属捕手の誉は常に渡辺の側につく。実力はすでにトップレベルになりつつあるが、渡辺のような男が2人もいたら内部崩壊の危機は高まる。もし3人、4人と増えていけば完全に終わる。渡辺ジュンの派閥は諸刃の剣そのものだ。
『三回裏もペンギンズは1人のランナーも出せず!序盤は両チーム無得点でしたが、内容は雲泥の差!』
均衡が破れるのは時間の問題で、ルチャリブレはいつでも先制できると皆が思っている。しかしペンギンズは運も味方し、うまく凌いでいた。
『ライト前!誉のヒット……』
誉が今日2本目のヒットかと思われた。ところが、
「えっ!?」
「アウト!」
『一塁はアウト!ライトゴロでした!長打はないと前進していたライトの岩木が見事な送球で誉を刺しました!』
守備位置と送球が完璧だったことに加え、打球が速すぎたのもライトゴロになる原因だ。ペンギンズには幸運、ルチャリブレには不運なプレーだった。
『渡辺は打つ気なく三振、四回表終了!ピッチングに専念です!』
守備では流れを掴みつつあるが、攻撃では何一つ見せ場がないのが今日のペンギンズだ。この回も木南、武雄が早いカウントから手を出して凡退し、
「バッターアウト、チェンジ!」
ラムセスは2打席連続の三振。相手の配球を読み、自分の苦手な外角に逃げる変化球で攻めてくるとわかっているのに打てない。波に乗った渡辺を打つのはどんな強打者でも難しい。
『五回表のルチャリブレは打順よく1番からですが、ベンチ前で円陣を組んでいます!』
「そろそろいいだろう!あのガキに引導を渡すのはこのイニングだ!」
「おおっ!」 「よし、やるぞっ!」
つばめに対し憤っているのは渡辺だけではない。チーム全体が怒りのパワーで一つになり、加林に襲いかかった。
『打った!レフト前!先頭が出た!』
『打った!センター前!連打になった!』
『打った!ライト前!ノーアウト満塁!』
いよいよここまでか。内野がマウンドに集まると、つばめがベンチを出た。
みんなおかしいよ




