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回跨ぎ

『六回裏、ペンギンズは無得点!9対9の乱打戦ではありますが、ここからは両チームの優秀なリリーフが登場します!これまでのようには得点できなくなるでしょう!』


 ペンギンズは星野がマウンドに上がる。春先に比べたら調子は落ちているが、試合を壊すようなピッチングはしない。まだ大事な場面で使える。



(ランナーを出さなきゃ小澤には回らない……)


 貧乏くじは前のイニングに口田が引いてくれた。そう思うと気が楽になり、キレのある球を投げることができた。


『サードゴロ!送球が少し逸れたがアウト、スリーアウト!星野、3人で抑えました!』


 問題は次の回のピッチャーだ。2番から始まるので2人目の相手が大爆発中の小澤になる。もはや歩かせるしか打たれない方法はなさそうだが、4番以降も強力なバッターだ。


「残るピッチャーは……小西と阪田、安岡ですか。一応市川もいますが……」


「この接戦で市川は無理だろ。阪田だって厳しいが、小西を八回、安岡を九回に使うしかない。残った2人で延長3イニングだ。つばめ、それでいいな?」


「……………」



 九回までに決着をつけなければ、3イニングも耐えられないだろう。その前に八回の小西が力尽きそうな感じがするが、ここで立ち上がった男がいた。


「ブルペンからですが、安岡が2イニングいくと言っているそうです」


「……九回の球数が少なければ十回も投げるということか?それなら打順を調整しておくか」


「いえ……八回から投げたいと。小澤を止めるのは自分だと燃えています」


 優勝がかかったシーズン最終盤ならクローザーの回跨ぎもあるが、Bクラスのチームが8月の途中にやることではない。しかし絶対に勝ちたい試合なら……。

 


「安岡のやつ……2イニング投げて勝てばお立ち台に上がれると思っているな?」


「投打のヒーローを1人ずつ呼ぶとなれば、男気を見せたあいつは選ばれる。男気というよりは助平心だけどな」


 コーチたちが裏でこそこそと話していたが、つばめには聞こえていなかった。


「なるほど。延長戦でもないのに4時間以上は戦うことが確実なこの試合……勝たなければ意味がないな。よし、八回から安岡だ!」


 長時間の乱打戦を制することができれば、チームに勢いがつく。安岡の回跨ぎを決めた。



「くそっ!」


『空振り三振、スリーアウト!グリルズの5番手稲村がどうにか無失点で凌ぎました!』


 チャンスで池村が三振、勝ち越しとはならなかった。池村にとってこれは痛恨の凡退だった。


「……え?交代?」


「八回から安岡を2イニング投げさせる。一番遠い打順に入れると監督は決めていた」


 5番に安岡、9番に代わりのサード土場が入った。池村はひと足早くつばめ争奪戦から脱落だ。


「………!!」


 メットを地面に叩きつけて悔しがった。こうなったら誰もヒーローに選ばれない展開を願うしかない。


(引き分けだ!引き分けなら……!)




『これは驚きの采配!抑えの安岡が八回から登板です!小西や阪田では頼りないのはわかりますが……』


(絶対に小澤を抑える!いや、誰にも打たれない!)


 マウンドを削る足の動きにも力が入る。安岡がお立ち台に立つ条件は、最低でも2イニングを投げ切って、しかも無失点で勝利投手になることだ。


「こんな荒れた試合だ。ランナーは出していい、とにかく得点を許さないことだ」


(馬鹿野郎。それじゃ俺がヒーローになれないだろ)


 内容が悪ければ無失点でも厳しい。6連続アウト、これが理想だった。そして安岡は時計を見る。


「もう10時近いな……あまり時間が遅いと、早く終わらせるためにヒーローインタビューは1人だけだろうな」


「……ああ。ピッチャーのお前が選ばれることはまずない。だから気楽に投げろ」


 ペンギンズが勝てば、ヒーローはほぼ確実に決勝打の選手だ。安岡の回跨ぎ志願は無駄に思えた。



(あるんだな……俺が選ばれる可能性は。まあ運任せなところはあるが……)


 決勝点がフィルダースチョイスやエラー、暴投で入ることもある。安岡にもチャンスはあった。



『セカンドへのゴロ!海田がゆっくりと一塁送球、アウト!清宮が倒れてワンナウト、しかしここでバッターは今日の主役、小澤!』


「へへへ……かかってこいよ」


 この試合、そしてつばめとのキスを争う戦いの山場が来た。小澤はすでにホームラン2本に5打点で、別のバッターが試合を決めたとしてもヒーローに選ばれるのはおそらく彼だ。ただしグリルズが勝てなければ全ては水の泡になる。


(逃げたらイメージが悪くなる。勝負だ!)


 安岡は強気だ。争奪戦の最大のライバルを自分で潰すことができれば、流れが向いてくると睨んでいた。



『ストライク!初球はスライダーか?』


 早いカウントから振ってくる相手に対し、初球からストライクゾーンで攻めた。これまで打たれたピッチャーたちは逃げ腰の球、もしくはコントロールミスの失投を見逃してもらえなかったが、強気の球で真ん中を攻めたら小澤のほうがバットを振れなかった。


「なかなかやるじゃん。でも2球続けては……」


 小澤の狙いは依然として外角や低めだ。バッテリーの心理は『ホームランだけは避けたい』しかないと読んでいたからだ。実は小澤はいま、ホームランに固執していない。試合に勝ちさえすればヒーローは自分なので、出塁に専念して後続が試合を決めてくれてもよかった。



「……えっ?」


『ストライク!チェンジアップで追いこんだ!しかし一歩間違えたら危ない球でした!』


 緩い球でツーストライク。カウントはピッチャーの断然有利となった。


「……俺を馬鹿にしてんのか?いいだろう、殺す!」


 思考を見透かされているように感じた小澤は激怒し、バットを長く持った。この攻め方なら三球勝負が濃厚で、最後は高めにストレートだと決めつけた。恐怖心のないバッテリーの思い上がりを砕こうとした。



「あぎゃっ!!」


『空振り!好調の小澤でしたが、ここは三球三振!ワンバウンドする変化球を豪快に空振りました!』


 読みを外し続け、修正できないまま終わった。クローザーに選ばれるピッチャーはやはり他とは格が違う。そのことに小澤が気がついたのは、全てが終わってからだった。


「くそっ!こうなったら俺以外の役立たずのまぐれ当たりに期待するしかねー!」


(お前を抑えた時点でこっちの勝ちだ!)


 安岡は続く4番の中栄も抑え、流れを引き寄せた。



「やつらもそんなにピッチャーは残ってないはずだぞ。どうする気だ?」


「あっ……義達ですよ。連敗続きでローテーション剥奪、中継ぎに配置転換させられたってニュースが出たばかりです」


 義達がブルペンからマウンドに走ってくるのを見ると、つばめはニヤリと笑った。こいつなら打てるという確信に満ちていた。


「延長になれば12時を過ぎるかもと思っていたが、いらない心配だった。この回で決めろ!」



(……先頭がツーベース、送りバントで一死三塁、あとはエラーか内野ゴロで勝ち越してくれたら俺が……)


 ここまで完璧に事を進めておきながら、安岡の願いとは全く違う結末が待っていた。

 DeNA、開幕2連敗。ザコ。

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