争奪戦
お立ち台に立つことができたらつばめとキス。小澤との約束を見ていた若手たちも名乗りを上げた。
「あんなやつと簡単に約束しちまうんだ……だったら俺たちでもいいはずだ!」
「2ヶ月以上いっしょに戦ってきた僕たちのほうが資格はあるはずです!」
ベテラン勢やコーチは頭を抱えたが、つばめは全く動じていない。些細なことだと考えている顔だ。
「……いいんじゃないか?頑張れ」
あっさり許可を出し、彼らの参戦を認めた。
「おほ―――っ!キタキタキタ―――!!」
「やってやるって!」
小澤にも負けず劣らずの欲望の炎だ。やる気を出しているのだからいいことではあるが、年長の者たちは呆れていた。
「……全員空回りしなければいいが……」
「監督がこうなるように仕向けたのだからどうにかなるでしょう……多分」
つばめがペンギンズのためにやることは常に成功している。その実績を考えれば、今回もうまくいくと期待できる。しかし自分に向けられた思いをまるで感じ取れていない。時々男たちを手玉に取ることがあっても、いつか痛い目に遭う危険をわかっていない。恋愛に関しては小学生以下、それが懸念事項だ。
「勝つために自分を売るとは……ペンギンズが優勝するなら命すら捨てても構わないと?」
「命か……死んだら優勝の喜びを味わうことができないから、四肢を落とすぐらいにしたい」
つばめは本気だ。誰かが止めなければペンギンズのために全てを捧げるだろう。
「しかし私の腕や足程度では……いや、命でも足りないな。私の祖父は偉大だが、私自身は学校に行かず引きこもっていたクズだ。この命には価値がない」
「………」
「私が何かを賭けることに大きな意味はない。それでも皆が張り切ってくれるなら、なんでも差し出すさ」
ペンギンズへの愛の大きさだけでなく、自分を極端に軽視している。それが『正一つばめ監督』を作り上げていた。
『プレイボール!ペンギンズの先発はここまで2勝、アンダースローの下田!』
ビッグリーダーズ戦で初勝利した後にもう1勝した。そろそろ他球団も左打者を並べて対策してくるころだ。
『空振り三振!あっという間にツーアウト、バッターは3番小澤!』
前回の対戦では3試合連続で大ブレーキ、見事に封じた。この打席もつばめとのキスを目当てに目が血走っている。
(低めに投げておけば事故はない……)
キャッチャーの大矢木はつばめ争奪戦に名乗りを上げている。まずは小澤を封じようと、慎重に攻めていくつもりだった。
『大矢木は低めに構えた!まずは初球!』
地面に腕が触れそうなフォームで下田が投げた。
(……高っ……)
制球が生命線なのに、苦手の左打者相手にコントロールミス。好調の小澤が見逃してくれるはずがなかった。
「しゃあっ!」
『これは大きい!ライトスタンド、どこまで飛ぶんだ!?超特大の先制ホームラン!おっと、小澤は投げキッスのパフォーマンスだ!』
一塁に向かう途中、つばめに対してのアピールだ。早速小澤が今日の試合のMVP候補になった。
「くそっ……下田の野郎、あいつもつばめとキスしたくて力が入りすぎたんじゃないのか?」
「よりによって小澤に打たれやがって、ボケ!」
味方の内野手たちからヤジが飛ぶ。普段なら失点すると腰を叩いて励ましてくれる彼らが、今日は罵倒の嵐だ。
(……俺は彼女がいるから争奪戦には興味がないのに……やりづらいな)
つばめとは全くタイプの違う恋人がいる下田は苦笑いするしかない。若い選手が全員つばめを狙っているわけではなかった。
『二塁に飯館、バッターは4番の三丸!ツーアウトですが5番の池村も好調、ここは勝負でしょう』
二死二塁。ヒットでも同点になるが、三丸はホームランしか狙っていない。悪い癖が出ていた。
(つばめちゃん……見ていてくれ!)
この状態になると三振を量産するだけなのだが、グリルズの先発ピッチャーも下田と同じくコントロールが定まらなかった。外角に外すつもりがど真ん中に入ってしまい、
「オラ―――――――――ッ!!」
『ライトは一歩も動けない!三丸のツーランホームラン!ペンギンズ、早くも逆転!』
小澤のホームランよりも遠くに飛ばした一発は、推定150メートル以上だ。今シーズンの飛距離第1位であり、シーズンが終わってもこれ以上のホームランは出なかった。
「よし!このまま終われば俺のお立ち台!下田サン!しっかり抑えて……あひゃっ!」
『ファースト後逸!平凡なゴロでしたが……』
守備では集中力を欠き、質の低いプレーを見せた。
(……エラーしても打てばいいんだ。今日はバッティングに全力だ!)
こんな自己中心的な男が三丸だけならよかったのだが、つばめを狙う選手たちは皆がこの考えだったので、試合は大荒れになった。
『ついさっきホームランの池村、とんでもない悪送球!ランナー2人生還!』
(もう1本打てばいいだけだ!)
『大矢木捕れない!雑にミットだけで捕りにいったがパスボール!三塁ランナーホームイン、自分のタイムリーで稼いだリードを自分で吐き出した!』
(また同点……まあいいや、勝ち越し打を打てば)
浮き沈みの激しいプレーにファンも戸惑うばかりだったが、テレビやネットの中継で観戦している人々は、一部の選手たちの異常に気がついた。
「目がギラついてる……怖いわ」
「こいつら寝てないのか?まさか直前まで酒盛りをしていたわけではないだろうに」
薬物だったら大事件だ。とはいえドーピングをしているとしたら、ここまで顔やプレーに露骨に現れることはないだろう。もっとうまくやるはずだ。
「皆さんのつばめさんを見る目……これは!」
つばめの帰りを待つみのりは、そのつばめが異変の原因であることに気がついた。それでもまさかキスを賭けて争っているなどとは夢にも思わなかった。
『乱打戦にミスも絡み、両チームの先発は早々に降板!代わったピッチャーたちも次々とノックアウトされ、なかなか試合が進みません!』
五回を終えた時には、すでに試合が終わっている球場もあった。四球、エラー、守備のタイムや投手交代などで進行は遅れていた。
『これから六回表、大阪スキュアーグリルズの攻撃!9対8、グリルズは1点を追う展開ですが、この調子ならすぐに追いつくことでしょう』
ペンギンズのピッチャーは左の口田。先頭打者は問題の小澤だった。
「あっ!?」 「うわっ!!」
『外角のボール球を流し打ち……大きい、レフトのポール際、入った!入った!』
失速せず、ファールにもならず。小澤の執念が打球に乗り移っていた。
『これで同点!小澤は今日2ホーマー、しかも4安打で5打点の大暴れ!最近は打撃好調でしたが、ここまでの爆発はありません!』
「よっしゃ、待ってろよ、つばめタン!」
もしグリルズが勝てばヒーローインタビューは間違いなく小澤だ。ペンギンズは全員が均等に活躍しているので、ここからの働き次第だ。
「よりによってあいつに打たれるとは……何を考えてんだ、あいつら」
「まだ同点だ。そんなに怒ることはない」
つばめだけがのんびりと長期戦になった試合を楽しんでいた。
今日からいよいよプロ野球開幕!こんな底辺作品を読んでいる場合じゃないぞ!




