氣づき
『8月もあっという間に中盤!夏真っ盛り、ドリームリーグも熱い戦いが続きます!』
オールスター明けの不調から抜け出したペンギンズは、8月に入っても勢いを維持していた。上位との差はまだかなり開いているが、4位に浮上して上の3チームを追う態勢だ。
「つばめ監督が『ビッグリーダーズは終わった』と宣言した日から、本当にビッグリーダーズの勢いが落ちてきたからな……呪いの言葉か?」
「さすがの監督でも呪いは無理だろ。でも優勝争いもAクラス争いも面白くなってきて何よりだ」
ファントムリーグのほうは、京都トリプルクラウンズが8月中の優勝もありえる独走状態だ。あまりにも強いので他球団はエースや期待の有望株を登板回避させてしまい、ますますゲーム差が広がっていった。
「大阪が2位、横浜が3位だが最近の勢いや相性を考えたら、ペンギンズが狙いを定めるべきは大阪スキュアーグリルズだ」
「ああ。だからこの3連戦は絶対に勝ち越したいな」
最低でも2勝1敗、それがペンギンズのノルマだ。選手たちもここが踏ん張りどころだと試合前から熱が入っていたが、水を差す男が近づいてきた。
「皆様……今日から3日間、どうぞよろしくおねがいします」
「………え?」 「あ?小澤?」
グリルズの小澤が何度も頭を下げながらペンギンズのベンチ前で丁寧に挨拶だ。彼らしくない礼儀正しさは不気味だったが、改心したという一部の報道もある。ひとまず様子を見た。
「監督!以前はいきなり馴れ馴れしく迫り、不快感を与えてしまったこと……深くお詫びいたします。これは和多志の反省の証です、お受け取りください」
「……………」
小澤がつばめに渡したのは饅頭だった。12個入りで、全てに小澤の顔が描かれていた。
「うげっ!!気持ち悪っ!!」
「完全受注生産、『小澤まんじゅう』です。監督、お召し上がりください」
「顔がリアルだな!誰が買うんだよ!?」
ペンギンズベンチの反応は散々なものだったが、小澤は気にせず食べるようにとつばめに勧めた。つばめは言われた通り箱を開けたが、周りにいた選手たちは止めた。
「待て!そんな怪しいモン食うのか!?」
「危ない薬とか入ってるかもしれませんよ!」
つばめにいきなり求婚したような男が持ってきた饅頭だ。賢いつばめが何も疑わずに食べようとしていることに驚きながらも、必死で止めた。しかしつばめは全く気にしない。
「これだけ人がたくさんいるんだ。マスコミも何十社かいるのに、変なものを入れられるわけがない」
「うーん……」 「まあ、確かにそうだな」
「ありがたくいただいたんだ。食べてやらないと!」
右端の饅頭を掴み、迷わず口に入れた。そこそこの大きさだが、ひと口で食べてしまった。
「ふむ……うまい。安い饅頭と味は変わらないが、どうせ私の舌では違いもわからないからな……これで何千円も取るんだろう?」
「ははは、それはプロ野球選手の名前を使う商品の宿命です。ファンの皆様にも決して無理はせず、懐と相談してご購入いただければと思っています。そしてこの小澤まんじゅうの利益は全て野球振興のために寄付する予定になっています」
これまでの小澤なら、『ファンは金づるなんだからいくらでも搾り取れる』、『ボロい商売』……そんな暴言を吐いていたたろう。やはり変化している。
「小澤……お前そんなキャラじゃなかっただろ」
「和多志は氣づきを得ました。己の欲望に身を任せる者に未来はありません。社会に貢献し、皆に笑顔を与えられる人間になるべきなのだと……ペンギンズの皆様も早く氣がつくことを願っております」
誰に影響を受けたのかわからないが、完全に別人だ。練習に真面目に取り組むようになり成績も上がっているのだから、大阪スキュアーグリルズの関係者たちは今の小澤を受け入れていた。余計な詮索はせず、生まれ変わった主砲と共に逆転優勝を狙っている。
「素晴らしい差し入れに感謝する。何か礼がしたいが、どうすればいい?」
「……いえいえ、お礼なんて必要ありません。見返りを求めずに善を行うのが『美』なのですから……」
「甘い球を投げてやることはできないが、それ以外で私にできることならなんでも……」
その瞬間、小澤の目つきが変わった。多少怪しいが無害に見える男に、かつてのギラつきが蘇った。
「………なら結婚だ。今日から俺の隣で寝ろ」
「……はぁ!?」 「なんだこいつ!」
「なんでもやるんだろ!?よっしゃ!ぼったくりの饅頭で最高の獲物が釣れたぜ!ヒャヒャヒャ!」
この時のために仮面を被っていたのか、小澤が本性を現した。約2週間改心したように見せかけた、大掛かりな仕掛けだった。
「ほら見ろ、胡散臭いと思ってたんだよ!」
「こいつが真人間になるわけがないって!」
ペンギンズベンチやマスコミが大騒ぎするなかで、つばめは平然としていた。最初から小澤の演技を見抜いていたことが大きかった。
しかしつばめにもわかっていないことがある。小澤の怪人ぶりはペンギンズベンチをかき乱すのが目的だとつばめは思っている。小澤は本気でつばめを自分の物にしたいのだが、伝わっていなかった。
「まあ今すぐ結婚は無理だよな。今日のところはキスぐらいでよしとするか。舌を絡める熱いやつを……」
「……それくらいならいいか……」
「そいつも難しい?だったら………ん?」
少しずつ要求を下げていけば、本来なら許されないことでもどこかで通ると期待した小澤の策略だった。しかし僅か2回目でつばめの合意が得られたのは彼にとっても予想外だった。
「いいの!?マジかよ!」
「別に減るものではない。私は構わないが……饅頭程度で望みの品が手に入ったとなるとあなたも達成感がないだろう。今日の試合でお立ち台に立てたら、ということでどうだ?」
ただしつばめは新たな条件をつけた。小澤を興奮させて雑なスイングになるよう誘導し、グリルズ打線のブレーキにしたのは皆も覚えている。今回も同じ手を使っているのだと理解した。
「………」
小澤は冷静で、今日はつばめの誘いにすぐに食いつかなかった。応じたほうがいいのか、饅頭の恩をなかったことにしないほうがいいのか、頭を働かせた。
(これまでの芝居がなかったことになる……しかしこの機会を作り出せたという意味はあった)
悟りを開いた演技と饅頭も決して無駄にはなっていない。チャンスが来ているのは確かだ。
「……よし、二言はないな?ここにいる全員が証人だ。足腰がガクガク震えてヨダレはダラダラ止まらないようなディープキス……へへへへへ」
外苑球場での試合なので、グリルズが勝ってもヒーローインタビューは1人だけだ。厳しい戦いではあるが、選ばれさえすれば確実につばめが手に入る。
「決まったな!よーし、ヤッちゃうぜ!」
すっかり元の嵐のような小澤に戻り、欲望の炎を燃やしながら帰っていった。
「いいんですか監督、あんな約束して?」
「勝てばいいだけだ。仮に負けたとしても、やつがヒーローになると決まっているわけではない」
つばめはこの事態をそこまで重く見ていなかった。ところが一部の若手選手たちが立ち上がり、つばめの前に立った。
「監督……さっきの話だが」
「俺たちも立候補させてもらえないか?」
まさかの争奪戦が幕を開けた。
小澤まんじゅう……小澤の顔がデザインされた不気味なまんじゅう。味は安物といっしょ。元ネタはNOAHのOZAWAが改心した(ように見せかけていた)時に販売された『おざわ改心カステラ』。OZAWAはこのカステラを賄賂にしてプロレス大賞を狙ったが見事に落選した。




