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終焉の始まり

『ペンギンズベンチからつばめ監督が飛び出し、選手たちを叱りつけて喧嘩をやめさせた!『殺し合いをしているんじゃない』と聞こえましたが……?』


 観客席からはつばめの言葉は聞こえない。それでもつばめが屈強な男たちの中に割って入り、彼らを止めているのはわかった。



「ここは野球場で、野球をやっていることぐらい、子どもでもわかる。それなのに互いを煽り、罵り……挙げ句の果てには殴り合いか?」


「………」 「しかし監督、今日のこいつらは!」


「ああ。危険なスライディングやタックル、ビーンボールにバット投げ……確かにひどい。だが一応はプレーの流れでの行為だ。ただの喧嘩とは違う」


 ビッグリーダーズの監督、棚橋も現れた。彼に対し、つばめは手を差し出す。


「ここからは……真の野球をしよう。やる側も見る側も、それを望んでいるはずだ」


「……ああ。クリーンファイトだ。正々堂々と勝ってこそ、後楽園ビッグリーダーズだ」



 2人が握手をすると、選手たちも戻っていった。誰も退場することはなく、警告試合にもならなかった。つばめが荒れに荒れた試合を落ち着かせた。


「しかし……そもそもビッグリーダーズをラフプレーに走らせた原因を作ったのは監督……」


「それはもういいだろう。話が戻っちまう」


 最初から怒らせなければよかったのではと思った者は他にも何人かいたが、これ以上場をかき乱しても仕方がないので口を閉ざしていた。





『いろいろありましたが九回裏もツーアウト!2対0、ペンギンズが2点リードで5連勝目前!バッターは8番の東郷!』


 七回以降はビッグリーダーズに出塁を許さず、ゲイブが降板した直後の八回に2点目を入れた。最後は守護神の安岡が締めくくろうとしている。


「……………」


(えっ……?)


 ここでつばめからサインが出た。二死走者なし、こんなところで指示があるのは異例だが、その内容はさらに驚愕のものだった。



『汗を拭った安岡、東郷への初球!』


「……ああっ!?」


 内角低めのストレートだが、内角すぎた。東郷の膝に直撃、デッドボールとなった。


『当ててしまった!サウスポーのストレートがあの角度で迫ってきたら右バッターは避けられない!おっと、当たりどころが悪かったか?東郷は立てない!』


 数々のラフプレーを主導した東郷が悶絶している。とても走れる状態ではなく、代走が送られた。



(まさか……いや、そんなわけはない。真の野球をしようと握手を求めたのはむこうじゃないか)


 棚橋はこの死球の背後にあるものを疑ったが、これは事故だと結論した。その後は代打の永田が凡退し、ペンギンズが勝利した。




『ヒーローインタビューは決勝ホームランの池村選手です!ナイスバッティングでした!』


『絶対打ってやるって思ってましたよ。でももし空振ったら、俺は今ごろ病院でしたね』


 頭や顔にゲイブの速くて重いストレートが直撃したらしばらくは入院、今シーズン中の復帰は厳しかったかもしれない。


『まあでも……監督があの場を収めてくれなかったら、俺は確実に退場になっていました。互いに(すさ)んだプレーの応酬になって、最悪の試合になっていたでしょう』


『見ている私たちもハラハラしていました……』


『だから今日のヒーローは俺じゃない!正一つばめだ!つばめ、ここに来いよ!』


 池村がつばめを呼ぶと、スタンドから大歓声が沸き起こった。ペンギンズファンはもちろん、まだ帰っていないビッグリーダーズのファンも拍手の嵐だ。


「つばめ!つばめ!つばめ!つばめ!」


「……お前が行かないと終わらんな。行ってこい!」


「……………」


 国村に背中を押されたつばめがベンチを出ると、ファンの興奮と熱狂は頂点に達した。つばめは内野席のペンギンズファンに軽く手を振りながらお立ち台に立った。



『今日は夏休み、子どもたちも大勢来ています。監督のおかげで、その子どもたちの前で恥ずかしくない試合になりました。乱闘未遂の場をよく抑えてくれました!』


『子どもだけではない。皆が暴力ではなく野球を見るためにこの場に集まったのだから、醜い争いをやめさせるのは当然のことだ』


 またしても大きな拍手と声援が送られた。しかしつばめを皆が称えるのはここまでだった。



『なるほど……では昨日の発言も、あえてビッグリーダーズを怒らせて実力以上の力を引き出そうとするためだったのですね?』


『……………』


『互いに120パーセントの力で戦い、選手もファンの皆様も満足する熱い試合にしようと……』


 皆が「なるほど」と声を揃えた。これなら先日の龍門ルチャリブレに対する罵倒も含めて納得がいく。つばめのおかげで日本のプロ野球はかつてないほど注目を集め、各地で熱のこもった質が高い試合が繰り広げられていた。


 しかしつばめはさらにそのレベルを高めようとしている。自分がいる間の一時的なブームで終わらせず、これから先もプロ野球が繁栄するために悪役を演じたのだ。


「俺たちが思っていた以上に大したやつだ」


「ペンギンズを潰すようなプレーをして……悪いことをしたな」


 もし皆の考え通りなら全ては丸く収まったのだが、つばめは悪い笑みを見せた。悪役を演じていたのではなく、真の悪になろうとしていた。



『熱い試合か……私たちが頑張っても相手が弱すぎるのでは不可能だ』


『………えっ?』


『卑怯なプレーを繰り返した末に完封負け……後楽園ビッグリーダーズは紳士でもなければ盟主でもない、その事実をはっきりさせたかった』


 球場が恐ろしいほど静かになった。会見場での記者たちと同じように、多くの人々が自分の耳を疑った。


『九回裏、東郷の惨めな姿……あれはまさに今のビッグリーダーズそのものだ!自力では起き上がれないほど弱々しいのにプライドだけは超一流、しかも下劣極まりない……最悪の老人だ!』


 過去の栄光に縋る、衰えていく金満老人。その金や地位すら失っていき、そのうち何も残らなくなることを強調した。静寂のドームでつばめは最後の一言を放った。


 

『今日この日が後楽園ビッグリーダーズの終焉の始まり……お前たちの時代は終わった!』


 この瞬間、ビッグリーダーズファンの野獣のような声がドームに響いた。ペンギンズの球団事務所には抗議や非難、つばめへの殺害予告が止まらなかった。






「ルチャリブレに続き、ビッグリーダーズ相手にも喧嘩を売ったつばめ監督ですが……小澤さん、どう思います?」


 コメントを求められたのは、つばめに一目惚れし、求婚までした大阪スキュアーグリルズの小澤だ。足を痛めていたがリハビリを終え、一軍に復帰していた。


「……よくないですね。あれではどんなに勝っても虚しいだけです。互いへのリスペクトがなければ真の好勝負は生まれないと、つばめ監督も氣がついてくれたらよいのですが……」


「………は?」


 以前までの小澤とは違い、全てがとにかく穏やかだった。表情も話し方も、語る内容も。頭を打って別人になったのではないかと思うほど変わっていた。


「和多志のように彼女も正義に目覚めてくれたらよいのですが……次の対戦はまだ先ですね。その時改心させてみせますよ。和多志だってできたのですから、つばめ監督もきっと生まれ変われます」


 球界で一、二を争う問題児が怪我をきっかけに大人しくなったのか、そう見せかけているだけなのか、判断に困る。現時点でわかっているのは、次につばめと小澤が会う時は必ず何かが起こる……それだけだ。

『私』ではなく『和多志』、『気』ではなく『氣』です。改心モードのOZAWAをもっと見ていたかった……。

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