トランスの使い方
「それより、芭蕉さんのアプリの確認はいいの?」
中三川さんが珍しくまともなことを言った。
クー・Dたちの登場で〈トランス〉の仕様の確認がまだ終わっていないのだ。
「そうだったね。彩輝君の仮説があってるかどうか聞いてみる?」
「そうですね」
「じゃあ、それでいこうか。新宅さん、お願いしてもいい?」
「わかりました」
新宅さんが芭蕉先輩にスマホを向ける。
「降りたまえ」
新宅さんがスマホを取り落として憑依状態に遷移する。
「ヘイ、モノシリ!」
「音声対話型AIを起動しています。しばらくお待ちください――」
新宅さんの両目がくるくる回る。
「お待たせしました。芭蕉弦音さん。何か質問をどうぞ」
「〈Trance〉は、使うと憑依状態になるアプリなの?」
「質問を受領しました。全知全能の神に質問に対する回答を要求しています――」
また新宅さんの両目がくるくる回る。
「回答を受領しました。今の質問に対する全知全能の神の回答は――真です。芭蕉弦音さん。〈トランス〉は、使うと憑依状態になるアプリです」
新宅さんの憑依が解けた。
「いかがでしたか?」
「確認できました。やっぱり、憑依状態になれるアプリみたいです」
「そうでしたか。お役に立ててよかったです」
「さっそく使ってみたらどうだ?」とケット・Dが促す。
「そうね。1回しか使えないみたいだけど」
芭蕉先輩がスマホを操作する。
直後、新宅さんが〈オラクル〉を使った時みたいに、芭蕉先輩の両目がくるくる回り始めた。
芭蕉先輩が口を開く。
「Activating the autopilot mode...」
芭蕉先輩ではない女性の声。
英語なのは芭蕉先輩の〈SOS〉の言語設定の影響かもしれない。
「Estimating the optimal action............Done」
その両目が止まった。
「Execute "Idling"」
そう告げた後、芭蕉先輩はピクリとも動かなくなった。
「ふむふむ。つまり、どういうこと?」
中三川さんが僕に尋ねる。
「ええと、自動操縦モードを有効化して最適行動を予測した結果――アイドリングを実行したみたいです」
僕が中三川さんにもわかるように日本語に翻訳して伝えた。
「アイドリング? それって歌って踊る――」
「違います。要は待機です」
隣りでは安峰さんが芭蕉先輩にスマホを向けている。
僕も〈スタット〉を開いて、芭蕉先輩のステータスを表示してみた。
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名前 芭蕉弦音
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LV 16
属性 善
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分類 ユーザー
性別 女
年齢 17
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電池 99%
状態 憑依
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アプリ 5 ›
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なるほど、憑依状態に遷移している。
なんて思っていたら、安峰さんが開いたアプリは〈スタット〉じゃなかったらしい。
フラッシュが光った。
〈スリープ〉を使ったのだろう。
しかし、芭蕉先輩は目を開いたまま眠らない。
瞬きすらしていないんじゃないだろうか。
「やっぱり眠らないか」
「納得したか? もっとも、貴様と弦音とではLV差があるから、そもそもの成功率も低いだろうがな」
「そうなんだ?」
安峰さんがもう1度スマホを操作する。
またフラッシュが光る。
直後、芭蕉先輩の口が動いた。
「Deactivating the autopilot mode...」
「お? こっちは効いたかも」
そして、芭蕉先輩の憑依が解けた。
どうやら、今度は〈スタビライズ〉を試してみたらしい。
「〈スタビライズ〉――? いや、それはない。憑依は解除できないはずだ」
三剣が口を挟んだ。
クー・Dも「その通りだ」と肯定する。
「でも、解除できたじゃん。ねえ、芭蕉?」
「ごめん。そもそも、何が起きたの?」
憑依状態になっていたせいで、芭蕉先輩はその間の記憶がないみたいだ。
芭蕉先輩が話してくれた憑依とトランスの定義によるなら、〈トランス〉を使うことで意識に変化があるのは当然か。
「結論から言うと、何も起きなかった。どうやら、〈トランス〉は状況に応じた最適行動を自動で実行してくれるアプリのようだ」
ケット・Dが芭蕉先輩に説明する。
「それで?」
「今回の最適行動はアイドリングだったということだな」
「――なるほどね」
「効果時間は16秒。使用者のLV依存だろう」
そうか。
〈トランス〉のタイマーが00:16になっていたのは、芭蕉先輩がLV16だからか。
芭蕉先輩のLVが上がれば、もっと長い時間、憑依状態になっていることもできるわけだ。
「じゃあ、時間切れで戻っただけか。そもそも、あたしの〈スタビライズ〉ってちゃんと効果あんの?」
「めちゃくちゃいいアプリだと言っただろうが」
「実感できないんだよね」
そう言いながら、安峰さんはスマホをケット・Dに向けてシャッターを切った。
「あ! 貴様――」
何かを言いかけたケット・Dだったが、むにゃむにゃ言いながら眠りに落ちてしまった。
〈スリープ〉を使ったらしい。
安峰さんが続けてシャッターを切る。
すると、ケット・Dがハッと目を覚ました。
今度は〈スタビライズ〉を使ったらしい。
「お。ちゃんと効果あるんだ?」
「こら! 吾輩を実験台にするな!」
「今度から、時枝もこれで起こせばいいかな?」
「クォータがもったいないだろうが。〈スタビライズ〉なんか使わなくても、休止状態なんて体を揺り動かせばすぐに解除できるんだから」
「まあ、そうだけどさ」
「ところで〈スリープ〉には効果時間ってないの?」
ふと疑問に思って僕はケット・Dに尋ねた。
〈トランス〉みたいに効果時間がLVと同じ秒数ということは考えにくい。
「あるぞ。固定で30分だ」
「なるほど――」
放置していても〈スリープ〉の効果は30分で切れるのか。
いや、待てよ。
だとすると、そろそろ30分くらい経つんじゃないか?
僕は慌ててバグを眠らせておいた方向を見る。
案の定、目を覚ましたバグが凄まじい速さで転がってくるところだった。
「ちょ! 安峰さん! なんとかして!」
「あいよ」
安峰さんがバグを〈スリープ〉で眠らせる。
でも、例によってバグはすぐには止まらないのだ。
今回、予想できずに轢かれてしまったのは――。
「ふがッ!」
「あーれー!」
「ぎにゃッ!」
中三川さんと新宅さん、それにケット・Dか。
斜木と三剣、それにクー・Dはしっかり退避している。
なかなかやるじゃないか、クー・Dチーム。
ケット・Dチームで無事だったのは、前回轢かれた経験のある僕と安峰さん、それに――。
あれ?
芭蕉先輩が――いない?




