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本当の合言葉

「――彩輝君。起きて」


芭蕉先輩に揺り起こされて、僕は目を覚ます。


「起きたね。そうしたら、私に合言葉を教えて?」


芭蕉先輩が同じ台詞を言った。

僕は答える。


「『見るなのタブー』」

「よくできました」


芭蕉先輩が微笑んだ。


「――時間を巻き戻したの?」


安峰さんが僕に聞いてきた。


「うん」

「――なんで?」

「僕が本当に時間を巻き戻せるのか確認したかったみたいなんだ」


安峰さんに答えた後、僕は芭蕉先輩に尋ねた。


「これで確認はできたってことでいいんでしょうか?」


芭蕉先輩は首を横に振った。


「ううん。私が本当に確認したかったのは別のことなの。彩輝君が時間を巻き戻せることは、その確認のための前提条件だったから――」


芭蕉先輩はそう言うと、安峰さんに顔を向けた。


「――安峰さん、あなたにだけ話したいことがあるの。一緒に来てくれない?」

「別にいいけど。何の話?」

「それを今から話すの。2人は――いえ、1人と1匹はここで待っていて」

「おい! 吾輩を差別するな!」


芭蕉先輩はケット・Dの抗議を無視して安峰さんと連れ立って部屋を出ていく。


「私たちが2人で話しているところを決して覗かないでね。2度と会えなくなってしまうから――」


その直前に、そう言い残して――。


「まったく、なんなんだ?」


ケット・Dが首を傾げる。

そう聞かれても僕にもわからないけど。


でも、見るなのタブーはこのことだったのか。

一応、意味のある合言葉だったみたいだ。


2人は10分後くらいに戻ってきた。


安峰さんが泣いている。


僕は思わず固まってしまった。

この短時間に2人の間にいったい何があったんだ――?


「彩輝君」


芭蕉先輩が歩いてきて僕の前に立った。


「今から本当の合言葉を言うね。それを聞いたら、すぐに時間を巻き戻して」

「でも、安峰さんが――」


僕は泣いている安峰さんの方を見る。

本当にこのまま時間を巻き戻してしまっていいのか――?

しかし、当の安峰さんが言った。


「芭蕉の言う通りにして」


芭蕉先輩は何かを確認するために安峰さんと重大な話をした。

そして、僕に〈ロールバック〉を使わせることで、その話の内容を時の彼方に葬り去ろうとしている。

この確認作業は芭蕉先輩が〈SOS〉をインストールするための条件だったから、インストール後に芭蕉先輩がこの話を持ち出すことは2度とないだろう。

僕が〈ロールバック〉を使った瞬間に、見るなのタブーは完全に守られることになるのだ。


いったい、芭蕉先輩は何を確認したかったんだろう。

すごく気になるけど――。


「わかりました。本当の合言葉を教えてください」


僕が言うと、芭蕉先輩はあらかじめ考えておいたのであろう本当の合言葉を僕に教えてくれた。


「『時よ止まれ、お前はなんと美しい』」


ゲーテの戯曲からの引用だ。


「――ファウスト?」


芭蕉先輩は答えずに、ただ美しく微笑んだ。


「さあ、時間を巻き戻して。そして、私に聞かれたら今の合言葉を言うの。それで、今度こそ私はわかるから――」


僕はホーム画面から〈ロールバック〉を開いて実行ボタンを押す。

そして、僕は眠りに落ちる――。

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