明かり
「待って」
ふいに安峰さんが言った。
最後の1匹のマイナーワームが振り向いたものの、すぐに「キエロ――」と言い残してワームホールの中に飛び込んだ。
もっとも、安峰さんは別にマイナーワームを呼び止めたわけじゃなかったみたいだ。
「明かりがついてる部屋がある。なんで?」
安峰さんが指差したのは女子寮だった。
築地南高には学校の敷地内に寮があるのだ。
「そんなの、そろそろ日暮れだからだろうが」
安峰さんの疑問にケット・Dが答えた。
でも、明かりがついている部屋はその1部屋だけだ。
「じゃあ、部屋の中の人影は?」
「そんなの部屋の中に誰かいるからだろうが」
「なんでいるの?」
「――なんでいるんだろうな」
首を傾げるケット・Dに僕は尋ねる。
「もしかして、僕たちの転移に巻き込んじゃったとか?」
「まあ、そうだろうな。地上に人が残っているわけないし」
「あれ? それって、基底世界にも地上じゃなければまだ人が残っているってこと?」
「残っているに決まってるだろうが」
「でも、地下鉄に誰もいないから、すでに人類は滅亡しちゃったのかと」
「そんなわけあるか。貴様らが転移してくるのが、ワームホール出現のタイミングだからだよ。避難指示が出ているんだ」
「なるほどね」
そういえば、ケット・Dのボスも人間だって言っていたっけ。
「とりあえず、ちょっと会ってくるぞ。まだ次の時刻同期まで時間があるし、逃したらその次でもいい」
ケット・Dが小走りで女子寮に向かう。
後を追いかけながら、僕はケット・Dに尋ねる。
「でも、守秘義務とかはいいの?」
「よくはない。ただ、万が一、外に出ちゃうと、そのまま基底世界に取り残されるかもしれん。あいつの同期ポイントを吾輩は知らないし」
「あ、そうか。まあ、普通に寮だと思うけどね」
「ちなみに寮は1人部屋か?」
「そのはずだよ」
「それなら取り残される可能性は低いか。でも、基底世界に転移できてるってことは適性があるってことだ。ユーザーになってくれるかもしれん。仮になってくれなくても、SNSに投稿したりはしないだろう」
そういえば、そんな適性評価の項目があったっけ。
つまり、これから会う人は精神が不安定であり、猫アレルギーではない可能性が高い。
どんな人だろう?
やがて、僕たちは女子寮に辿り着いた。
「この部屋だったよね?」
安峰さんが振り向いて僕に尋ねる。
「うん。そうだと思う」
部屋番号は211。
あれ? 211って素数じゃないか。
どうでもいいけど。
安峰さんがインターホンのボタンを押す。
「――はい」
女子生徒の声。
「あたし、2-Aの安峰っていうんだけど、ちょっとツラ貸してくんない?」
まるで、スケバンのカチコミである。
「――安峰さん? ちょっと待ってて」
それだけでインターホン越しの会話は終了になった。
知り合いだろうか?
施錠が解除されて、扉がスライドして開く。
「――芭蕉?」
中から現れた女子生徒の顔を見て、安峰さんが言った。
この人が芭蕉先輩か――。
顔を見るのは初めてだったけれど、僕も名前だけは知っていた。
何で知っていたかというと、この学校で1番の美人だという評判だったからだ。
ただ、その見目麗しいという姿を見るのは初めてだった。
というのも、去年の8月から1年間、カナダに留学していたらしく、チャンスなんてほとんどなかったからだ。
「久しぶりね。安峰さん」
「ほんと久しぶり。あんた、留学してたんだっけ?」
「ええ。そういうあなたは留年していたそうね」
「ほっとけ」
芭蕉先輩と安峰さんは仲が良いのか悪いのかわからない会話をしている。
「前に貴様らの学校を調査した時には、こんな生徒いなかったんだけどな――」
「ちょうど留学していた時期だったんじゃないの?」
僕とケット・Dがひそひそと話していると、芭蕉先輩がケット・Dに聞いてきた。
「ねえ、猫君。どうして君はしゃべれるの――?」
芭蕉先輩が首を傾げると、絹のような美しい銀髪がハラリと垂れる。
不思議そうに覗き込む瞳。それを包む長い睫毛。
こうして間近で見ると天使じゃないか。
胸はあんまりないけど。
「あ? 猫がしゃべっちゃいけないのかよ」
そんな芭蕉先輩を前にして、ケット・Dは平気で悪態をつく。
きっと、髪を銀色に染めているから別に好みじゃないのだろう。
「そうは言っていないけれど――」
「ケッ。まあ、貴様の質問に答えてやると、吾輩がただの猫ではないからだ。吾輩はデーモンである。名前もある。吾輩のことはケット・Dと呼べ」
「デーモン? ケット・Dは悪魔なの?」
「悪魔はDEMONのデーモンだ。吾輩はDAEMONのデーモンだ。まあ、お助けロボットみたいなもんだよ」
「とりあえず、中に入って話さない? あなたたちもどうぞ――」




