帰宅
玄関のドアを開けると、部屋は出てきた時のままの状態だった。
1時間も経っていないのだから、それは当然なのだけれど。
安峰さんが使った妹用のマットレスがリビングに敷いてある。
その安峰さんも、ちゃんと僕の隣りにいる。
あの時間から、どうにか2人とも無事に帰ってきたんだ。
もしも安峰さんを助けることができていなかったら、僕はこのマットレスをどんな思いで片付けたんだろう――。
ふと僕の頭を、1人電車で帰ったであろう斜木のことがよぎった。
仮に斜木の計画がうまくいっていれば、今頃、斜木も桐崎と2人で帰途についていたんだろう。
そして、僕たちがまた2人に会うことがあれば、僕と安峰さんは斜木に殺されたことなんてすっかり忘れて、ユーザー同士、それなりに仲良くやっていけたのかもしれない。
なんだか、それは癪だけれど――。
「結局、僕は余計なことをしちゃったみたいだね。あんなに頑張ったけど、斜木が〈ロールバック〉を入手できていなければ、今回の僕は死んでいたんだ。同じ50%の確率に賭けるなら、斜木に殺されるルートが最善だったじゃん。なんとも間抜けなヒーローだ」
僕は自嘲気味に笑った。
「そんなことない!」
安峰さんがそれを強く否定した。
「そんなのは結果論じゃん。時枝があたしを助けようとして頑張ってくれたことを、今のあたしは知ってる。あたしなんかのことを命懸けで助けようとしてくれたなんて、そんなのキュンとするよ。それは、このルートのあたしじゃなければ知ることができなかった。あたしにとって、時枝がしてくれたことは少しも余計なことなんかじゃないよ」
「そう――なのかな?」
「ねえ、時枝。さっきは長くなるって言ってたけど、時枝の主観の話を聞かせてよ。あたしはそれも含めて全部知りたいんだ――」
安峰さんが僕を見つめる。
僕たちは、そうしてしばらく見つめあった後で自然に唇を重ねていた。
メンソールの甘い香りがした。
「何もしないんじゃなかったの?」
安峰さんがいたずらな瞳を僕に向ける。
「気が変わったんだ。だって、何かしてほしそうな顔をしていたから」
それから、僕は安峰さんに疑いの眼差しを返した。
「それより、安峰さん――隠れてタバコ吸ってるでしょ?」
「吸ってない」
いたずらな瞳が泳いでいた。




