禁忌
僕は〈コール〉を開いてケット・Dを呼び出し続けた。
時刻は15:30。
「――彩輝か? どうした?」
繋がった!
「ケット・D!」
「大きい声を出すなよ。また吾輩の耳がジーンとしちゃったぞ」
「ごめん。でも、大変なことが起きたんだ」
「どうした?」
「安峰さんが斜木に殺された」
「――マジで?」
「その斜木も死んだけど、そっちは自業自得」
「――ただ事じゃないな。今、どこだ?」
「コインロッカーの前。斜木がいたところ」
「ノードE09のままか。すぐにそっちに行くわ」
「うん。それと、新宅さんを呼んでくれない? 上野広小路駅まで来てもらいたいんだ」
「美呼をか? わかった。吾輩から連絡しておく」
「ありがとう」
通話を切ってから5分もしない内に、ケット・Dがクー・Dと一緒に六芒星の中から現れた。
「美呼に連絡したぞ。来てくれるらしい」
「助かるよ」
「それで、この状況は?」
ケット・Dが尋ねる。
「斜木がいきなり襲いかかってきたんだ。安峰さんは背中から切られて、そのまま――。僕だけはどうにか生き延びることができたんだ」
「そうか」
「他のユーザーを殺した場合、アプリを奪えるんだね」
「貴様もついに禁忌に触れてしまったか」
「禁忌に触れてしまったか――じゃなくて教えておいてよ。ひどい目にあったじゃん」
「必ず奪えるわけじゃないけどな」
「何か制限でもあるの?」
「レアリティに応じて奪える確率が違う。コモンなら100%だけど、アンコモンなら75%、レアなら50%、神話レアなら25%だ」
「なるほど」
「それと、アプリの奪い合いはユーザー間のみの仕様だ。吾輩を殺したとしても吾輩の隠しアプリは貴様のものにはならないぞ」
やっぱり、ケット・Dは隠しアプリを持っていたのか。
「そんなことしないけど。ちなみに相手が複数のアプリを持っていた場合はランダムで1個奪えるの?」
「いや、入手判定はすべてのアプリに対して行われる。だから、全部奪えることだってある」
「あれ? でも、斜木は桐崎君と安峰さんから1個ずつしかアプリを奪えてなかったけど――」
「すでに同じアプリを持っていたからだろう。同じアプリを重複してインストールすることはできない」
「あ、そうかも」
「あと、所持できるアプリの数には上限があって32個までしか持てない。それで〈SOS〉のホーム画面はいっぱいになるからな」
「次のページとかはないんだ?」
「ない。32個も持てれば充分だろうが。他のアプリをインストールしたければ、いらないアプリを先にアンインストールしておかないとだめだ」
「アプリを31個持った状態で、複数のアプリを持ったユーザーを倒したらどうなるの?」
「その場合はアプリの並び順の通りに入手判定が行われ、アプリが32個になった時点で処理を抜ける」
「なるほど」
「――それで、斜木はどうなった?」とクー・Dが僕に聞く。
「あっちに転がっていると思う」
僕は日比谷線の方を指差した。
「スルーア・Dっていうデーモンに殺されたんだ。あれは何?」
僕の問いにクー・Dが答える。
「不要になったユーザーを処分するのが役割のデーモンだ。スルーア・Dに勝つことはできない。〈スタット〉以外のあらゆるアプリを無効化する。逃げることもできない。貴様らが派生世界に戻るには休止状態に遷移する必要があるが、スルーア・Dに憑りつかれると強制的に憑依状態になる。優先順位は憑依状態の方が高い。憑依状態から休止状態に遷移することは不可能だ」
「負けイベントってことだね」
「そうだ。もっとも、悪堕ちしない限り、スルーア・Dもユーザーに手出しはしてこないがな」
「悪堕ち――?」
斜木の属性が悪に変わっていたが、あのことだろうか。
「他のユーザーを殺してしまったとしても、必ずしも属性が悪になるわけではない。そのユーザーが持つ分のLVが下がるだけだ。LVが0を下回って初めて属性が悪になる。属性とは正負の符号に過ぎない」
なるほど。斜木のLVが下がったり上がったりしていたのはそのためか。
まず、桐崎を殺してしまったことで、斜木はLVが下がって1になった。
2人は同じLV4だったから、斜木はLV0になるべきだけど、多分、バグとの戦いで斜木のLVが1だけ高くなっていたんだろう。
善のLV1。
スルーア・Dはまだ現れない。
でも、さらに安峰さんを殺したことで、斜木はLVが3下がってマイナス2――すなわち、悪のLV2になった。
だから、スルーア・Dが現れたのか。
「ケッ。吾輩の配下に余計なことまで教えやがって」
ケット・Dがクー・Dを非難する。
でも、僕はこの仕様は知っておいてよかったと思う。
アプリ欲しさに襲ってくる連中が他にも出てきて不思議ではないからだ。
このLVに関する仕様は、悪堕ちさえしなければ他のユーザーを何人殺したとしても問題ないことを意味する。
バクゲキ・コンビの2人はさすがにそんなことはしないと思うけど――。




