検証
大江戸線の改札まで歩くと、クー・Dが待っている。
「帰ってきたか。どうだった?」
「うーん。首尾は上々だと言いたかったんだが――」
「もったいぶるな。何のアプリだった?」
「〈ロールバック〉――時間を巻き戻せるアプリだ」
「本当なのか――?」
「ああ。〈オラクル〉で確認したから間違いない」
「機能も確認したのか?」
「それが、使ってはみたようなんだが――」
ケット・Dが僕の方を向く。
それで、僕が代わりに答えることにした。
「5分しか時間を巻き戻せなかった。だから、僕には桐崎君を生き返らせることはできなかったんだ」
「――そうか」
少しの沈黙。
その沈黙を破って、ケット・Dのスマホから「猫踏んじゃった」の着信音が流れる。
「くそ、呼び出しか。吾輩は行かねばならん。貴様らは今日のところはこのまま帰るといい」
そういえば、ケット・Dはどこに行くつもりだったのだろう。
「どこに行くの?」
「カーネル空間。つまり、指令本部だ。ボスから呼び出しがかかった。貴様らのことを報告するのをすっかり忘れていたのだ」
「ボス猫?」と安峰さんが聞く。
「猫じゃない。ボスは人間だ」
「僕のアプリについて報告してくるの?」
「いや、そもそも、貴様らを登用したことすらまだ報告していなかったのだ。多分、ノードE07の封鎖を解いたせいでバレたんだと思う。ボスに通知が飛ぶから」
「だから、なぜ貴様はいつもそう適当なのだ」
「貴様が真面目すぎるのだ。おかげで吾輩の評価が相対的に貶められて困る」
「言い訳はいい。さっさと報告してこい。――いや、ついでに吾輩も行こう。桐崎が終了したことを報告しなければならん」
2匹のデーモンの足元に六芒星の紋様が現れる。
「じゃあな。帰りもノードE07のエンドポイントA5に着いたら連絡してくれ」
2匹のデーモンは六芒星の紋様とともに消えていった。
「帰ろうか。斜木君に声をかけてから」
「――うん」
僕たちはコインロッカーの方に向かって通路を歩き始めた。
斜木はまだ下り階段の上に腰を下ろしていた。
「斜木君」
「――なんだ?」
「僕たちはこれで帰るよ」
「――そうか。またな」
僕は斜木とそれ以上の会話はせず、踵を返して大江戸線の改札の方に向かう。
その途中で安峰さんが無念そうに呟いた。
「なんで5分だけ? もう少し前まで時間を巻き戻せれば、ハチを生き返らせることだってできたのに――」
僕は考え込んだ。
「――もしかすると、5分だけじゃないのかもしれない」
「時枝が5分っていったんじゃん」
「さっきはそう思ったんだ。14:55に〈ロールバック〉を使って、14:50まで時間が巻き戻ったから。でも、よく考えたら、直前に電車の中で眠っていたことを加味すればもう少し幅があるんだよ。〈ロールバック〉を使った後、電車に乗っている間のどこに時間が巻き戻っていたとしても、僕の意識としては電車が着いた時点からの再開になるはずだから。浅草から上野広小路までは電車で8分。そうすると、巻き戻った時間は5分から13分の間かな。キリよく10分ってこともあるのかも」
「それでも10分か――」
「まあね。でも、そもそも全く別の可能性もあるんだ。この際、ちゃんと検証しておいた方がいいかもしれない」
全く別の可能性――。
キリがよいという意味でいうと、場面としてはキリがよかったのだ。
時間が戻った後、僕がちょうど電車で目が覚めた時点からの再開になったのだから。
「何をどう検証するつもりなの?」
「〈ロールバック〉で巻き戻る時間は固定じゃないのかもしれない。例えば、最後に目が覚めた時点まで時間を巻き戻せるとか。それを安峰さんと検証してみたいんだ。安峰さんの〈スリープ〉で眠らせてもらった後に〈ロールバック〉を使ってみる。それで〈スリープ〉で眠らせてもらった後の時点からの再開になったとしたら、〈ロールバック〉は最後に目が覚めた時点まで時間を巻き戻せるアプリだと考えていいと思う」
僕の〈ロールバック〉が最後に目が覚めた時点に時間を巻き戻せるアプリだとしたら、安峰さんの〈スリープ〉はゲームのセーブ機能のような使い方ができることになる。
そうだとしたら、僕たちの相性は抜群じゃないか。
「なるほどね」
「あるいは、最後に電車で移動した時点まで巻き戻せるとか。〈スリープ〉で眠らせてもらった後に〈ロールバック〉を使ってみて、それでも電車の中からの再開になったら、〈ロールバック〉は最後に電車で移動した時点まで時間を巻き戻せるアプリだと考えて――」
いや、待てよ――。
現在の時刻は14:59。
最後に電車で移動して上野広小路駅に着いた時刻は14:50。
「そうじゃないな。5分前まで時間を巻き戻せるアプリっていう前提で考えていた。10分前まで時間を巻き戻せるアプリだったとしたら、やっぱり電車の中からの再開になるんだ。だから、電車の中で目が覚めた場合は、すぐにもう1回〈ロールバック〉を使ってみてもいいかも。連続で使えればだけど。それでも電車の中からの再開になったら、今度こそ〈ロールバック〉は最後に電車で移動した時点まで時間を巻き戻せるアプリだと考えていいと思う。でも、そうならなかった場合、僕はさらにその10分前――」
これはさっきまでは考えてもみなかった可能性だ。
「――浅草まで戻れたりしないかな? その時間なら、桐崎君がまだ生きているかもしれない」
安峰さんが目を見張った。
「確かに検証した方がいいね。もう〈スリープ〉を使ってもいいの?」
「うん。いいよ」
安峰さんがスマホを僕に向けてボタンを押す。
フラッシュを見た直後、僕は眠りに落ちていた。
2024/12/14:誤記の修正




