5分前
目を覚ました時、僕は電車の中にいた。
安峰さんが僕の肩にもたれている。
膝にはケット・D。
あれ?
これって――。
電車の外に目をやると、そこは銀座線の上野広小路駅だった。
「嘘だろ!?」
「急に大きな声を出さないでよ。びっくりするじゃん」
「吾輩なんか耳がジーンとしちゃったぞ」
「ごめん」
僕はとりあえず2人謝っておく。
「あたしもごめん。よだれ垂れちゃった」
安峰さんが僕のブレザーの袖を拭く。
「それで、何が嘘なの?」
「時間が全然巻き戻っていないんだ。いや、戻ってはいるんだけど――5分くらいかな」
時刻は14:50だった。
「時枝のアプリの話? 〈ロールバック〉だっけ?」
「マジで? たったの5分だけ?」
「でも、なんで使ったの?」
どうやら、2人は時間が巻き戻ったことを認識できていないらしい。
あるいは電車の中で眠りながら僕は夢でも見ていたのか。
〈ロールバック〉を使ったかどうかを確認する方法は――ある。
僕は〈ロールバック〉を開いてみた。
画面右上に表示されているクォータが3 / 3から2 / 3に減っていた。
僕は確かに時間を巻き戻したらしい。
「桐崎君が死んだ」
「桐崎って――ハチが?」
「マジか?」
「なんで?」
僕から言っていいことなのかわからなかったが、いずれわかることだ。
「事故だったらしい。斜木君が誤って殺してしまったんだ。この後、通路の途中で斜木君に会うと思うけど、安峰さんは何も言わないであげて。斜木君も気が滅入っていると思うから」
「あたしにだけそう言うってことは、時間を巻き戻す前にあたしが何か無神経なことでも言ったわけ?」
「別に言ってないんだけどね。言う前に斜木君が怒りだしたから」
「――そっか」
銀座線の改札を出て階段を下りる。
この先に待ち受けている場面を想像すると、どうしても足取りが重くなってしまう。
案の定、コインロッカーの前の通路に、斜木がスマホをいじりながら座り込んでいた。
「斜木君」
「――ああ。お前らか」
「うん。お疲れ」
僕はそれだけ言って、大江戸線の改札に向かおうとした。
「――八が死んだ」
背中のままで斜木が言った。
隣りで安峰さんが息を呑む。ケット・Dも唸った。
僕は事前に桐崎の死を伝えてはいたけれど、そうはいっても半信半疑だったのだろう。
「――うん」
僕は頷いた。
初めて聞いたような演技をするのは、ちょっと憚られた。
「――驚かないのか?」
「聞いていたから」
「その猫のデーモンからか?」
「吾輩ではない」
「斜木君から聞いたんだ」
「は?」
「僕は未知のアプリを持っていたでしょ? 斜木君と別れた後、僕たちはアプリのロックの解除をしてもらうために浅草まで行っていたんだよ。結局、〈ロールバック〉っていうアプリだったんだけど、それが時間を巻き戻せるアプリだったんだ」
「時間を――?」
斜木が僕にスマホを向けた。
さっきまで〈?〉だったアプリが〈ロールバック〉に変わっていることを確認したのだろう。
そして、クォータが消費されていることも。
「だが、それなのに八が死んだままってことは――」
「僕が巻き戻せた時間は、たったの5分だけだったんだ」
「そうか。それだと手遅れだな。俺が八を殺してしまったのは――」
斜木がスマホの時刻を確認する。
「15分は前だな」
「ごめん。役に立てなくて――」
「――すまないが、少しひとりにしてくれないか。八は、俺の親友だったんだ」
「わかってる」
「そうか。すまない」
斜木をその場に残して、僕たちは大江戸線の改札の方に向かった。
2025/01/26:空白文字が抜けていたのを修正




