ノードE07
「――助けて!」
女の子の声を聞いた気がして、僕はふと目を覚ます。
ロフトには窓がないから、外の様子はわからない。
でも、スマホを手に取るとOSが〈SOS〉に変わっていた。
間違いない。
また基底世界に転移している――。
リビングに安峰さんの姿を見つけて僕はひとまず安心する。
ロフトを降りて安峰さんに声をかける。
「安峰さん。僕たち、もう基底世界にいるみたいだ」
「そうみたいだね」
スマホをいじりながら安峰さんが答えた。
「とりあえず、春日駅に行こうか」
「A5出口だっけ? 時枝、場所はわかる?」
「大丈夫。アパートに来る時に通った出口がそうだよ」
「基底世界だとスマホに地図アプリがないの忘れてたわ。なんでないわけ?」
「僕に文句を言われても――」
玄関のドアを開けると、崩壊した街が目の前に広がっている。
「でも、基底世界がどうなっているのか、スマホで簡単に、それも航空写真なんかで見れちゃったら、それはそれでちょっと興ざめじゃない?」
「そう言われると、そんな気にもなるけどさ。LVが上がったら手に入るかな?」
「それはあるかもね」
白山通りはワームによって、あらかた食い尽くされた後らしい。
オフィスビルもタワーマンションもジェットコースターも観覧車も、あらゆる建物が破壊されている。
「カスガ――カスガ――」
あちらこちらにワームの姿が見える。
「そこらじゅうワームだらけじゃん。大丈夫なわけ?」
「一応、善良なワームみたいだ」
ワームに攻撃をしかけてくる様子は見られない。
でも、白山通りをこんなふうにしたのはこいつらなんだろう。
今も目の前で瓦礫を食べている。
「カスガ――カスガ――」
「いったい、これのどこが善良なわけ?」
「もしかして、近くの駅を教えてくれているのかな? 春日って」
「でも、この前はキッショとかチクショウとか言ってたじゃん」
「あれも実はツキジシジョウって呟いていたとか?」
「――ありえるかも」
安峰さんは僕の名推理に納得しかけたが、別の鳴き声が聞こえてきた。
「ゴミガ――ゴミガ――」
「今のは?」
「――近くにゴミが落ちているのを教えてくれてるとか?」
僕は自分でそう言いながら、無理がある気がしてきた。
「クソガ――クソガ――」
また別の鳴き声。
「今のは?」
「何だろうね――」
「近くにクソが落ちているのを教えてくれてるわけ?」
「女の子がそういうこと言わないの」
「なんでよ。差別じゃん」
「シネヨ――シネヨ――」
「なんかごめん」
「いや、あたしは時枝のこと、そんなふうには思ってないからね?」
やがて、僕たちは春日駅のA5出口に辿り着いた。
シャッターが下りている。
「ケット・Dに電話してみるね」
僕は〈コール〉を開いてケット・Dを呼び出す。
「もしもし、ケット・D?」
「吾輩だ」
「春日駅のA5出口に着いたよ」
「念のための確認だが近くにワームはいないな?」
「たくさんいるんだけど。近くってどのくらい?」
「半径1メートル以内だ」
「その範囲にはさすがにいないかな」
「それなら問題ない。今、開けてやる」
電話口の向こうで、ケット・Dが何か操作をしたらしい。
A5出口のシャッターが開き始めた。
「シャッターを通り抜けたら教えてくれ。すぐに閉める」
「もう通り抜けたよ」
「それなら閉めるぞ」
A5出口のシャッターがまた閉まっていく。
「そうしたら、上野御徒町駅に向かうね」
「そうしてくれ。ノードE09に着いたら、サブネットEのゲートウェイを出て待っていろ。吾輩もそこに向かう」
「大江戸線の改札前でいいの?」
「そうだ。よくわかったな」
「わかるように言ってよ。でも、了解」
「じゃあな。切るぞ」
「またね」
駅構内は僕たちの世界とそれほど変わらない見た目をしている。
さっきみたいにワームの侵入を防いでいるおかげだろう。
ただ、人の姿はまったくない。
天井の照明が光っているから、ちゃんと電気は来ているはずだ。
エスカレーターも動いている。
無人の改札を通る。
普段通りに改札機にスマホをかざすと、どういうわけか反応して通ることができた。
ただ、僕は通学定期があるけど、安峰さんは運賃を取られるかもしれない。
まあ、お金持ちっぽいからいいか。
プラットフォームにも誰もいない。
すでに電車は停車していたが、その電車の中にも乗客の姿はなかった。
電光掲示板は消えていて発車時刻はわからない。
電車に乗り込む。
「――座ろっか」と安峰さんが言った。「2駅だけど、いつ動くかわからないし」
「そうだね」
誰もいない電車に僕たちは並んで座る。
その直後、不自然な眠気が押し寄せて急に瞼が重くなる。
それは安峰さんも同じだったみたいで、彼女の金髪の僕の肩にかかった。
やがて、発車ベルが聞こえる頃には、僕はすっかり眠り込んでいた。




