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アパート

築地市場駅から内回りの電車に乗って、僕たちは春日駅で降りた。


僕の自宅のアパートは白山通りに面している。

テーマパークの近くだ。


「ここが僕のアパート。上がってよ」

「ちゃっかりあたしを家に連れ込むとは――」

「別に何もしないから。自分のことしか考えてなかったのは謝るけどさ――」

「まあ、今後もこういうことがあるかもしれないし、時枝の部屋も使えた方が便利かもね。でも、時枝も1人暮らしだったんだ?」

「安峰さんも?」

「1人暮らしだよ。あたしの部屋に時枝を呼ぶこともあるのかな? 帰ったら片付けておくか――」


安峰さんは六本木に自宅があると言っていたはずだ。

もしかすると、お金持ちのお嬢さんだったりするのかもしれない。


一方、僕のアパートは10平米のワンルームだ。

壁が薄いこともあって、部屋の中にいてもジェットコースターからリア充たちの歓声が聞こえてくる。

平日の昼間から羨ましい。

まあ、こんな時間に学校を抜け出して、部屋に女の子を連れ込んでいる僕も傍目にはリア充に見えそうだけど。


「ロフトがあるんだ?」


梯子を見上げながら安峰さんが言った。


「うん。あそこで寝てる。一応、マットレスがもう1人分あるけど、安峰さん使う?」

「あたしは別にそこの椅子でもいいよ」

「戻ってきた時に体が痛くならないかな?」

「ならなくない? だって、あたしたちはこっちの世界からは一時的にいなくなるわけでしょ?」

「ああ、そうか。でも、せっかくだから使ってよ。妹が遊びにきた時のために置いてあるんだけど、まだ1回も使ってなくて」


僕は安峰さんのためのマットレスをリビングに敷いた。

ロフトは狭いから2人分は敷けない。


「時枝、妹さんがいるんだ?」

「いるよ。1個下」


ふいに着信があって、僕はスマホを取り出した。

ケット・Dからである。


「ケット・D?」

「時刻同期の5分前だ。ホームには着いているか?」

「ちょうど着いたところ」

「よし。休止状態に入る準備をしてくれ。5分後に基底世界に転移させる。転移したらノードE07のエンドポイントA5に向かってくれ」

「春日駅のA5出口でいいわけ?」

「そうだ。エンドポイントは封鎖されている。着いたら〈コール〉で吾輩に連絡してほしい。受話器のアイコンの標準アプリだ。基底世界でなら、貴様らから吾輩に連絡することができる」

「了解」

「何か質問はあるか?」


「思ったんだけど――」と安峰さんが言う。


「時枝のアパートから基底世界に転移できるってことは、偶然、ここも学校みたいに基底世界に残っていたわけ?」

「違う。転移を成功させるために建物をバックアップから復元するんだ。前回も学校は復元させたのであって、基底世界のあの場所に学校が残っていたわけではない」


僕も疑問を口にした。


「同じ建物の他の部屋に寝ている住人がいた場合、その人たちってどうなるの? 僕たちの転移に巻き込むことになったりはしないのかな?」


学校の時とは状況が違う。どの部屋にもベッドや布団があるのだから。

昼間とはいえ、眠っている人もいるかもしれない。


「そいつらに適性があれば巻き込むことになる。まあ、吾輩は別に困らないし、むしろ、ありがたく思ってもらいたいくらいだ」


そうか。

ケット・Dは僕たちに適性があったと言っていたっけ。

誰でも基底世界に転移できるわけじゃない。


「そもそも適性って何なの? 僕たちは満たしてるってことだよね?」

「簡単には説明できないな。いろんな項目から適性は評価されるんだ。すべてを満たしている必要はないけど、たいていは満たしている必要はある」

「例えばどんな項目があるの?」

「性能のいいスマホを持っていること。〈SOS〉がインストールできないと困るからな」

「なるほど」

「あとはノードから徒歩5分圏内にホームがあること。出動時間が短くなるからな」

「他には?」

「1人暮らし、もしくは同居している家族が勝手に部屋に入ってこないこと。観測者がいると転移に失敗するからな」

「もっと本人の資質に関することはないの?」


これまでの内容だと、このアパートの住人は満たしていても不思議じゃない。


「いなくなっても社会的な影響が小さいこと。帰還できなくなった場合に派生世界に影響があると困るし」

「なんかムカつくけど――まあ、僕たちは所詮ただの高校生だからね」

「精神が不安定なこと。精神が安定していると転移に失敗するんだ。精神を揺さぶって世界を行き来させるからな」

「わかる気がしないでもないけど」

「SNSをやっていないこと。守秘義務があるって言ってるのに、平気で基底世界のことを書き込むやつがいるんだよ。まあ、そういう場合は消すけど」

「どっちを? 書き込みの方だよね?」

「重要なのを忘れてた。猫アレルギーじゃないこと」

「ケット・Dは猫だもんね」

「あんまり時間がなかったんだ。急ぎの用件がなければもう切るぞ」

「了解。A5出口に着いたら連絡するね」

「じゃあ、またな」


ケット・Dとの通話が切れた。


「それじゃあ、僕はロフトから転移するね」

「うん。また基底世界で」


僕はロフトに上がってマットレスを敷いた。

リビングを見下ろすと、安峰さんはちゃんとマットレスの上で横になっていた。

僕もマットレスの上で目を瞑る。


すぐに抗いようがないほどの急激な眠気に襲われて、僕は眠りに落ちていた。

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