失踪
僕たちの学校の関係者から行方不明者が出たのは2例目だった。
数か月にも女子生徒が1人行方不明になっている。
さすがにニュースの取り扱いも大きくなる。
マスコミが学校に押し寄せて、教頭先生が対応したようだった。
立て続けに身近で起きた事件に、生徒たちは夫犯人説だとか教頭犯人説だとか、根拠のない噂話で好き勝手に盛り上がっている。
そんな中、僕と安峰さんだけは、全く別の観点からこの事件を見ていた。
昼休みの屋上で、その話題を振ってきたのは安峰さんの方だった。
「時枝。悩美先生のこと、どう考えているの?」
「どうって言われても――」
僕は言葉を濁した。
安峰さんは、悩美先生に心を開いているようだった。
下手なことを言って地雷を踏みたくない。
「あたしと同じことを考えていると思ったんだけど。違うの?」
「それって基底世界関連?」
「そう。悩美先生、まさか基底世界にいるなんてことないよね――?」
僕もその可能性は考えていた。
悩美先生は何らかの理由で僕たちと同じように基底世界に転移してしまった。
そこで目にするのは壊滅した東京の街。
悩美先生としては、学校の様子が気になるはずだ。
学校に戻った悩美先生は、ワームが這い回る校庭を目撃する。
悩美先生は、それでも校庭を突っ切って保健室に向かったかもしれない。
安峰さんに僕を任せて保健室を出て行っているからだ。
僕たちが保健室にまだ残っているのかどうか。
きっとそれを知りたいはずだ。
僕らは学校で悩美先生を見かけていない。
僕らが屋上に行っている間に保健室の様子を確認して、すぐに引き返したのかもしれない。
その後は――?
さすがにわからない。
それまでの悩美先生の行動だって僕の妄想に過ぎない。
ただ、もしも悩美先生が基底世界に転移していた場合――。
その次の時刻同期のタイミングで同じ場所に戻っていなければ、そのまま基底世界に取り残されることになる。
ふいに僕のスマホが鳴り出した。
発信名は――ケット・D。
「ケット・Dからだ」
「――マジ?」
通話に出た僕は、安峰さんにも聞こえるようにスピーカーモードに切り替える。
「ケット・Dなの?」
「よく吾輩の正体がわかったな」
「いや、発信者名がそうなってたから」
「そう言う貴様は彩輝か?」
「そっちからかけたんでしょ? 隣りに安峰さんもいるけど」
「好都合だ。今から基底世界に来られないか? ワームホール出現の兆候がある。出現予定地点はノードE09かノードG15のどちらかなんだが、まだ絞り切れていない」
「ノードE09とノードG15?」
「ああ。派生世界の言い方だと上野御徒町駅か上野広小路駅のどちらかだ」
「あんた、こっちの駅名知ってるならそれで言えば?」
安峰さんがもっともな突っ込みを入れる。
「あ? そっちの駅にだってちゃんと書いてあるだろうが」
「駅ナンバリング? 覚えてないし。あんなの外国人観光客用でしょ?」
「基底世界からしたら、貴様らなんて外国人観光客みたいなもんだろうが」
「それは、そうかもしれないけど――」
話がそれかけていたので僕が元に戻す。
「それで、僕たちは何時にどこにいればいいの?」
「14:00に時刻同期が行われる。それまでにノードE09に来ることはできるか?」
「今、何時?」
「13:15だ」
「間に合うはず。授業はサボることになるけど――」
「よし。ノードE09に着いたら、2人で近くのホテルにでも泊まってほしい」
「無茶を言うな」
「だが、世界間の転移を成功させるためには、他に観測者がいない空間において休止状態に遷移する必要がある」
「要は個室で眠れってことだよね」
「別にカラオケとかでもいいわけ?」と安峰さん尋ねる。
「だめだ。監視カメラで店員に見られてもいけない。基底世界に転移すれば、派生世界からは貴様らの存在は消えることになる。それを観測された場合、2度と派生世界には戻れなくなる」
監視カメラのない個室か――。
「それなら駅のトイレとか?」
「多目的トイレか!? ホテルよりひどいじゃないか!」
「違うって! 同じ個室にいないとだめなの?」
「なんだ、吾輩をあまりびっくりさせるな。同じ建物なら別にどこにいても構わないけど、トイレを何時間も占拠する気か? 他人の迷惑を考えろよ」
「まあ、そうか――。ちなみに基底世界には交通手段はないの?」
「地下鉄は生きている。だが、基底世界に着いてから移動するのでは非効率だ。ノードE09に着くまでに時間がかかるじゃないか。その間にワームホールが開いちまったらどうする」
「僕のアパートは春日にあるんだ。すぐに学校を出れば間に合うと思う。僕のアパートから基底世界に転移して、春日から上野御徒町まで電車で移動するのは?」
「春日というとノードE07か。まあ、それで手を打つか。そうしたら、すぐに彩輝のアパートに移動してくれ。時刻同期の5分前になったらまた連絡する」
「了解」
「じゃあな」
「あ、ちょっと待って」
通話を終えかけたケット・Dを僕は電話口に引き留めた。
「どうした?」
「芙蓉悩美っていう人を知らない?」
最後に保健室を出ていく前に、悩美先生が電話で呼び出されていたのを思い出したのだ。
基底世界への呼び出しがこんなふうに電話で行われるのだとしたら、悩美先生を呼び出したのも、まさかケット・Dだったなんてことはないんだろうか。
「――知らん。誰だそれ?」
でも、違ったみたいだ。
「ううん。知らないならそれでいんだ」
「それなら、もう切るぞ」
「うん。またね」
安峰さんが難しい顔をしている。
悩美先生のことを考えているのかと思ったら違った。
「――時枝がアパートから転移するのはいいとして、その場合、あたしはどうすればいいわけ?」
2025/02/01:養護教諭の名前を変更




