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36 ハル、エントリー


※しばらくハル視点です。

よろしくお願いします。

 

 故郷ウルデンから旅立ち、ハルは獣車に揺られていた。

 目的地は東の都ヤドーヴィカ。“神選びの遊戯”へ参加するため、最高神トーンツァルトの像に祈りを捧げに行くのだ。

 貧しく弱い子どもでは現実的ではない移動距離も、都合良く現れた都の貴族を利用することでなんとかなりそうだった。自分にしては運が良い。


 ――絶対に神になる。


 記憶を取り戻した瞬間は、この世界の行く末なんて正直どうでも良かった。ハルの絶対的な憧れの人、ステラがいない世界には何の価値も見出せない。


 遊戯への参加を決定づけたのは、前世の記憶を失わないため。前世での最大の未練である、ドッペルワンダーのドーム公演を覗くためだった。

 もちろん貧しく無知な子どものままが嫌だったというのもあるが、第一の目的はやはりステラだった。

 その点だけで言えば、ハルチェルの人格は完璧に本城晴一に食われていた。


 神を目指す動機としては少し、いや、かなり不純である。罪悪感がないわけではない。そんな個人的な理由で神を目指すなど、この世界の住民にとっていい迷惑だろう。


 だからこそ、もしも神になれたのなら、この世界を救うためにできるだけのことをしようと思っていた。自分勝手な理由で神を目指すことへの、せめてもの罪滅ぼしである。

 ハルは生来、人が悲しんだり困ったりしているのを放っておけない性質ではあった。世界救済を望むのは自然な心の成り行きであった。


 ――でも、今は、もう一つ目的ができた。スティナのためにも、頑張らねぇとな。


 ウルデンの町に残してきたもう一人の神の卵、スティナ。

 前世も今も同性の友人には恵まれていたが、異性とは全く縁のなかったハルにとって、スティナは初めてできた女友達であった。


 彼女のことは前世の記憶が蘇る前から知ってはいたが、二人でゆっくり話したことはなかった。

 炊き出しで食いっぱぐれたり、雨で服を汚してしまったり、どちらかと言えば要領の悪い娘だ。見かねてハルが助けに入ると、ものすごく嬉しそうにお礼を言ってくれた。そのときの笑顔は強く印象に残っていたが、それだけだ。特別仲良くなりたいとは思っていなかった。


 しかし、お互いが前世の記憶を取り戻してからは、同じ境遇のせいもあって会話が弾んだ。スティナはとても素直な良い子だった。

 特に、倦厭されがちなアイドルの話を普通に聞いてもらえたのが、たまらなく嬉しかった。頭でものを考えがちな自分には珍しく、スティナに対しては完全に心を開いていたと思う。

 彼女の涙と笑顔に見惚れたこともあった。十歳の体に十七歳の精神が入っているギャップのせいかもしれないが、妙にドキドキした。前世のスティナはかなりモテていたんじゃないか、と思う。


 ――一緒に行けたら良かったんだけどな……


 スティナは運悪く、貴族の獣車には乗れなかった。彼女は笑ってハルを見送り、再会の約束をしてくれたが、現状では町を出ることすら難しい状況だろう。


 ――スティナなら、何とかしそうな気がするけど……ああ、でもやっぱり心配だな。


 彼女には何かある。神の卵に選ばれるだけの特別なものが。

 しかし、具体的にどんな才能があるのかはっきりと言い表せないので、ハルとしては心配で仕方がなかった。そのうち悪人に騙されそうだ。


 行く道が別れることが決まったとき、ハルは決意していた。

 もしもスティナが参加表明もできず、記憶を失ってしまったら、そのときはきっと自分が助けにいく。

 そのためにも、絶対に神にならないといけない。

 要するにハルはスティナに格好をつけたくて、やる気を出していた。


 ――不本意だけど、せっかく異世界転生したんだ。女の子との出会いは大切にしたいよな!


 流行のラノベやネット小説のようにハーレムを築きたいわけではないが、可愛いヒロインに頼られ、好意を向けられるかっこいい主人公に憧れたことはある。

 ハルにとってステラへの気持ちに勝るものはないが、身近な異性との接触をシャットアウトするほどストイックではなかった。


 もっとも、今のところスティナに対してはっきりとした恋愛感情はない。大切な女友達だ。ただし、異性として全く見ていないと言えば嘘になる。そんな心境であった。

 単純な話、自分のためだけよりも、女の子のために頑張った方が楽しい。


 幸いこの世界には魔法という概念があり、自分にはその素養があるらしい。しかも上手くいけば神になり、もっと強大な力を手にすることもできるだろう。


 平々凡々を自負する自分が、物語の主人公になれるかもしれない。

 そんな可能性に目が眩み、最初の頃とは打って変わってハルはワクワクしていた。


 もしもスティナがいなければ、こんな前向きに遊戯に参加しようとは思わなかっただろう。ドッペルワンダーのライブへの執念を鬱々と募らせ、この世界の住人を虫けらのように見下していたかもしれない。

 スティナとの出会いをハルは時空の神々に心から感謝していた。


 ――これだからモテない男は……って感じだけどな。


 たまに女の子と親しくなると、つい調子に乗ってしまう。免疫のない証だ。

 頭に冷静な自分が残っていることに安堵しつつ、ハルは旅の先に思いを馳せた。






 旅立ってから数日、ウルデン以外の町でも恵まれない子どもたちを数人拾い、獣車の中はぎゅうぎゅう詰めになってきた。

 ちょっとの揺れで悲鳴が上がるが、御者は速度を緩めない。そして荷台に、子どもの面倒を見る大人はいなかった。


「う、吐きそう……」

「やだ! 誰かが髪引っ張った! やめてよ!」

「ハルぅ、お腹空いたー」


 三方向から抱き着かれ、ハルは圧死しそうになった。


「あー、ハイハイ。ちょっと待て。もうちょっとで休憩だからな」


 車酔いした子の背中をさすり、男の子にからかわれている女の子の盾になりつつ、空腹に口を尖らせている子を宥めて笑う。

 ウルデンから一緒に来た子たちの世話を焼いているうちに、知らない子たちにも懐かれた。年長だったこともあるのだろう。みんな、新しい環境になじめるか不安で、誰かに甘えたくて仕方がないようだ。


 ――ちょっと心配になってきたな。


 子どもの面倒を見切れるかではなく、ハルが利用している高位貴族インプレット夫人についてだ。

 彼女は別の豪華な獣車で悠々と過ごしている。町では優しく声をかけてくれるが、街道での休憩中などは子どもたちの様子を見に来ない。まるで周りの目があるときだけ聖人のように振舞っているかのように感じた。


 それに、いくら何でも子どもを集めすぎだ。

 慈善事業の一環として貧しい子どもに働き口を、というのは建前で、他に何か目的があるのではないかと勘繰ってしまう。


 いつ見ても化粧や服飾で美しく着飾り、全く隙がない。高位貴族の貴婦人だからと言ってしまえばそれまでだが、慈善家と聞いて質素で慎ましい人物像を想像していたため、ギャップを感じてしまうのだ。


 思えば、美味すぎる話だった。

 魔力を持つ子どもを引き取るだけなら分かる。魔法使いを召し抱えるのは貴族にも利益がある。

 しかしインプレット夫人は神殿工事の労働力として、ただの子どももたくさん引き取っている。十歳のハルよりも年下の子どもばかりだ。まともな人足として働けるとは思えない。


 ――まさか、奴隷商と裏で繋がっている……とか?


 だとしたら、間抜けすぎだ。スティナのことを散々注意しておいて、悪人の手に自ら堕ちてしまったことになる。

 みんな揃って売られる事態は何としても避けたい。


 それからハルはインプレット夫人やその従者たちを注意深く観察した。怪しい素振りはないか、おかしな会話をしていないか、無知な子どもを装って探る。


 立ち寄った町でも聞き耳を立て、最近の王国についての噂話を集めた。

 農作物の不作や大監獄からの集団脱獄、危険な魔物のせいでどこかの峠が通行止めになった話などなど、気になる話は山のようにあった。これも世界が破滅に向かっているせいだろうか。


「さぁ、皆さん。長旅ご苦労様でした」


 しかし、ハルの懸念とは裏腹に、あっさりと東の都へ到着した。期限の日までまだ十日近くある。拍子抜けするほど余裕だった。

 子どもたちは初めて見る都の風景に歓声を上げている。ハルも素直に喜びたい気持ちはあるものの、不安は拭えないままだった。


 ――上手くいっているときほど気をつけねぇとな。


 前世では、ドーム公演でアリーナ最前列を引き当てるという強運に恵まれた後、交通事故で短い生を終えた。ぬか喜びはできない。


 道中、夫人や従者たちに特に不審な点はなかった。

 しかしそれがハルの目には、ボロを出さないようにと振る舞っているように見えた。何気ない瞬間に嫌な視線を感じたこともある。

 ハルはレベル5の魔力持ちである。その一点で言えば、子どもたちの中では最も値打ちが高い。逃がさないように監視されているのかもしれない。


 ――考えすぎか?


 正直に言えば、貧しい子どもに施しを与えてくれる夫人のことを疑いたくはない。日本人の感覚が戻ってから、他人に対して警戒しすぎかもしれない。

 ウルデンの町の人々が善良であったことを思い返し、ハルはひとまず懸念を放置した。あまり身構えすぎると、態度に出てこちらが疑われてしまう。


 ともあれ、目的地に辿り着いた。後は最高神トーンツァルトの像の前に行くだけだ。


「今夜はここでゆっくり休んでください」


 ハルたちは、都の平民街の一角に連れてこられていた。インプレット夫人が経営している孤児院である。ハルたちの他にも、よそから集められた孤児がおり、かなり大きな施設だった。


 明日、工事の人足は神殿へ向かう。魔力持ちの子たちは魔法学校への入学手続きの準備をするらしい。入学まではここで暮らすそうだ。


 事前に従者たちから仕入れた情報によれば、インプレット夫人の屋敷は都の中央部の貴族街にあり、平民は入れない。

 居住区分があると知り焦ったが、幸い最高神の像がある大聖堂は平民が入れる区域にある。


 ハルは子どもたちの肩を叩いた。


「ほら、今ならお願い聞いてもらえるかもしれねぇぞ」


「うん! 言ってみる!」


 久しぶりにインプレット夫人と話ができる機会に、子どもたちが駆け寄っていく。護衛の男が慌てているが、手出しはされない。


「あらあら、まぁ」


 みんなは一生懸命「明日からしっかり働くので、今日は都を観光させてください」と目を輝かせてお願いしている。

 引き取ってもらって図々しいと思われるかもしれないが、無邪気な子どもだからこそ許される行動だ。


 ――オレたちは奴隷ってわけじゃねぇし、これくらいの願いは許されるよな?


 子どもたちをけしかけたのはハルである。道中、さりげなく都の楽しい話を聞かせ、期待させるように仕向けた。


 大聖堂に向かうためには、個人行動の許可を取る必要があった。年長のハルが言い出すよりも、もっと幼い子どもに訴えてもらった方が効果はあるだろうし、怪しまれない。

 夜中に抜け出し、聖堂に忍び込むような真似は最終手段にしたい。もしも本当に見張られているとしたら、逃げるような素振りを見せるのは危険だ。


「仕方ないですわね。少しだけですよ」

「やったー! ありがとうございます!」


 インプレット夫人は困ったように笑っていたが、部下たちに近くを案内するように命じた。

 一時間ほどの自由時間が与えられ、子どもたちは市場や公園など行きたい場所に分かれて出発した。


 もちろんハルは聖堂を希望した。

 他にも何人か一緒に向かう子どもたちがおり、小さな子と手を繋いで引き連れていく。元々ウルデンの子どもたちは信心深い。何よりこれから神殿の建設工事をするため、似たような存在である都の大聖堂に興味があったのだ。


「うわぁ、おっきい」

「すっごくきれいだねー」


 ヤドーヴィカの大聖堂はウルデンのそれとは比べ物にならない大きさだった。

 礼拝室では人々が熱心に祈りを捧げている。神官が穏やかな顔で来訪者を出迎え、祈りの言葉を教えている。

 大聖堂内の厳かな空気に当てられ、騒がしかった子どもたちも静かに見学し始める。


 ――トーンツァルト様の像は……?


 たくさんの像の中で、一番立派で中央に鎮座する男性像に当たりをつけ、ハルは子どもたちをさりげなく誘導した。ちらりと礎に刻まれた名前を確認して確信を得ると、「一番偉い神様だって」と子どもたちに紹介し、一緒に手を顔の前で組んで目を閉じた。


 ――えっと……今まで世界を守ってくださってありがとうございました。ゆっくりとお休みください。オレになんとかできるかは分かりませんが、この世界のために頑張ります。


 亡き神に対し、何と祈ればよいのか分からず、とりあえず礼と決意表明を述べておく。

 しばらくして、頭の中に不思議な声が響いた。


【汝の“神選びの遊戯”への参加を受け付ける】


 時空神リメロ・ディアらの声とともに、体の中心部分に亀裂が入るような心地がした。

 思わず目を開いて体を確認する。


「ハル兄ちゃん、どうしたの?」


「なんでもねぇ。さ、次に行くか」


 見た目は何も変わっていない。そのことに心の底から安堵した。


 ――迂闊だった。もし参加表明して、なんか変な現象が起こったらめっちゃ目立ってたな。


 体が光り出したり、肌に紋章が浮かんだり、そんな急激な変化が起こらなくて良かった。喋る猫の使い魔が出てくるくらいだ。何が起きても不思議ではない。

 背中に冷や汗をかきながら、その場を後にする。とりあえず無事に参加表明が済み、肩の力が抜けた。


【願わくは、汝が光を見失わないことを――】


 不意に聞こえたリメロの声に思わず振り返るが、それ以上の言葉はなかった。


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