35 魔術師のスタンス
話に置いて行かれそうな気配を感じたスティナは、今まで起こったこととアサギとヴィクターに詳しく聞いたことをまとめて書き出してみた。
成長した体に不似合いな拙い文字に呆れつつ、頭を捻る。
一、現在カタールカ王国で起こっているマナの減少による不作、その原因は豊穣を司る女神ユンルアーラが“禍身”になり、大地を呪っているからだと思われる。
二、元々“神選び遊戯”に横槍を入れている組織が存在しており、“正義”を初めとした神の雛たちが苦慮していた。ヴィクターはこの王国で組織の存在を感じ取り、ユンルアーラを良からぬことに利用しているのではないかと予想した。そして、アサギとともに調査に向かった。
三、調査の結果、その組織のトップは“死神”の雛・ピリオドだと判明した。彼(?)は神の卵を唆して“禍身”にしたり、各地の最高神トーンツァルトの像を破壊して回ったりしている。
ここまで書いて、スティナは一つの結論を出した。
――多分、世界を滅ぼそうとしているよね、ピリオドさん……。
少なくとも、平和を望む者には思えなかった。
何よりあの方法はスティナにとって好ましいものではない。
不作によって飢えていた人々の苦しみが、“禍身”となり絶叫していた少女の痛みが、死体に憑依して破壊を悦んでいた“死神”の姿が、何度も脳裏に蘇る。
やっぱり、どうしてあのような真似ができるのか分からない。分かり合える気がしなかった。
「さて、これからのことを決めないとね。まず、神の雛である僕たちの意思確認だ。アサギくんとスティナちゃんは、これからどうするの?」
ヴィクターに水を向けられ、スティナは紙から顔を上げた。
「これから……」
「そうそう。スティナちゃんにはいろいろな選択肢があるよ。今までみたいに巡業ライブを続けるのか、ピリオドがやろうとしている途方もなさそうな計画を食い止めるのか、はたまた僕みたいに世界を旅して他の雛に挨拶に行くのか。どうする?」
ダスクやアサギからも視線を受け、スティナは固まった。
「まだ考えがまとまってなくて……でも、ピリオドさんのことは放っておけません。せめて、ユンルアーラ様のことはちゃんと解決したいと思います」
神の雛となったからもうこの王国の不作は解決しない、という選択肢はなかった。まだダスクたちへの恩返しは何一つできていない。何も救えていないのだ。
このままではとても神を名乗れない。スティナは肉体から湧き上がる力に後押しされるように、決意を口にした。
「わたしの神技がどこまで通用するのか分からないけど、もしもできるなら……ユンルアーラ様を元の豊穣の女神に戻したいです」
討伐するのではなく、旧き神たちも救いたい。ウルデンの人々のようにこの世界にはまだ彼らに祈りを捧げる者がいるのだ。
傲慢な願いかもしれないが、いなくなってほしくない。
「……なるほど。まぁ、スティナちゃんなら不可能ではないかもね。じゃあアサギくんはどうする? スティナちゃんに付き合う?」
スティナははっとしてアサギを見た。
思えば、アサギとは協力関係にあるが、はっきりと期限を決めたわけでも意思統一したわけでもない。アサギが明言したのはスティナが神の雛になるのに協力するということだけ。それが果たされた以上、ここでお別れということもあり得た。
「俺は……もう少しスティナに協力したいと思っている。いいか?」
「もちろんだよ! こちらこそいいの?」
「ああ。この件が終結するまでは付き合う。ピリオドが“禍身”を故意に生み出しているのなら、俺としても放ってはおけない」
アサギの答えに安堵の息を漏らしたのはスティナだけではなかった。ダスクとミントもホッとした様子だ。
「ヴィクターさんはどうするんですか?」
ヴィクターについては、謎が多い。幼女趣味ということ以外、思考が読めないのだ。
「……聞いていいのか分からないんですけど、ヴィクターさんはこの世界のことをどうしたいと思っていますか?」
救いたいか、滅ぼしたいか。そもそもどうして神になることを選んだのか。
恐る恐る尋ねるスティナに対し、ヴィクターはにこやかに答えた。
「僕? 僕は、この世界のことは、究極のところどうなっても構わないと思っているよ。あまり興味がない」
「え」
「ただ……そうだねぇ。たとえ滅びるのだとしても真っ当な道筋を辿ってほしいかな。たくさん悩んでみんなで話し合って、どうしても解決しないのなら戦って。せっかく人間の魂から神を選ぶんだ。主義主張を武器にぶつかり合わないと、つまらないじゃん?」
唖然とするスティナたちに対し、ヴィクターは肩をすくめた。
「驚かせちゃったかな? でも、本当のことだ。世界の行く末はどうでもいい。僕が重要視するのは誰が最高神になるかだよ。無能には指図されたくない。いちいち行動を制限されるのも嫌だな。極端な思想にも従いたくない。“死神”みたいなイレギュラーも必要だとは思うけど、間違っても最高神にはなってほしくないかな」
「自分が最高神になるつもりは……?」
「ないよ。そんな面倒なこと引き受ける性分じゃないからね。向いてないと思うし」
思いもよらない言葉の連続に面食らいながらも、スティナは小さく頷いた。
確かにヴィクターは、上に立って皆を引っ張っていくタイプには見えない。
自分を含め、アサギもヴィクターも最高神になるつもりはないという。ピリオドも最高神になってほしくない。
――でも、仕方ないよね。勝手に転生させられたんだし……。
遊戯への参加資格は望んで得たわけではない。
そもそも神になるのすらおこがましいのに、その中で一番偉い存在になろうなんて自ら言い出せないだろう。
最高神のなり手がいなかったらどうなるのかな、とスティナはこの遊戯の行く末が心配になってしまった。
それはともかく、ヴィクターの立ち位置は無視できない。
「ヴィクターさん、どちらでもいいのなら、ぜひ救う方に前向きになってください! お願いします!」
前のめりで頼むと、ヴィクターは苦笑した。
「あは、切り替えが早くていいね。そうだな、前向きに考えておくよ。……しかし残念だな。幼女の姿で頼まれていたら一発で頷いていたのに」
「……もしピリオドさんが幼女だったら?」
「あー、それは……死神幼女様最高ってなるかもねぇ」
ポツリと聞こえた呟きにどう反応すべきか迷っていると、ダスクが咳払いをした。呆れられている。
アサギも心なしか困っているように見えた。
「それで……ヴィクターはこれからどうするつもりだ。“死神”が幼女じゃないと仮定して」
「あは、だったらアサギくんとスティナちゃんに一時的に協力するよ。最初に話を持ってきたのは僕だしね。でも、そうだねぇ、ちょっと別行動をしようかな」
「別行動?」
「とりあえず、この王国の偉い人間たちに旧最高神の像が狙われていることを伝えて、“正義”にも連絡してみようかな。来てくれるかは分からないけど、協力は期待できると思うんだよね。どう?」
国家の“神選びの遊戯”への干渉は密約により禁じられているが、自衛は認められている。トーンツァルトの像が守り固められることでピリオドも動きにくくなるかもしれない。少なくともいきなり襲われるよりは事前に情報があった方がいい。
さらに“正義”の雛が助太刀してくれるかもしれないのなら、心強い。
スティナはアサギとダスクに目線で相談を済ませると、深く頭を下げた。
「お願いします」
動くなら早い方がいい、とヴィクターはすぐにドムドウッドを発った。何の下準備もなく、ふらりと国の中枢を訪問するというのだからすごい。
体よく逃げられたな、とはダスクの言だ。
ヴィクターは事の中心から距離を置き、どの神の雛とも決定的に対立しないように立ち振る舞っている。確かに、表立って“死神”ピリオドの妨害をするのはスティナとアサギになる。
しかし不満はなかった。
自分が生まれ育った国を荒らす者がいる。止めないといけない。
スティナたちも旅立ちを決めた。
ライグラたちを通じて町に通う商人に話を聞いたところ、やはり不作は王国東部の方がひどいようだ。ユンルアーラがいるとしたら、東部のどこかだろうという結論が出た。
そして東部には、もう一体トーンツァルトの像が存在する。
アサギとヴィクターが掴んできた情報では、東の都も襲撃する計画があるようだった。ドムドウッドの何倍もの人が暮らす都に突然“禍身”が現れたらどうなるか、想像するだけで恐ろしい。
何よりスティナはずっとずっと気になっていた少年に思いを馳せる。
――ハル……無事でいてね。
もしも彼が“死神”の魔の手にかかっていたら。
その不安をダスクやアサギたちに打ち明けたところ、まずはハルを捜して保護しようと言ってくれた。ピリオドやユンルアーラに関する決定的な情報がない以上、一つずつ懸念を解消していこうということになったのだ。
自分の懸念を優先するあまり、巡業ライブの予定が狂うのも、ドムドウッドの復興を見届けられないのも気が咎めるが、我慢して手遅れになったら精神的に耐えられない。ここはみんなに甘えさせてもらうことにした。
「今度こそ、東の都へ」
約束と誓いを果たすために、スティナはかつて目指した地へ向けて仲間たちと出発した。




