37 新たな出会い
聖堂見学をした夜、割り当てられた部屋で子どもを寝かしつけ、ハルは物思いに耽っていた。
あっさりと参加表明ができた。では、これからどうするか。
あの後、ハルが一人になった隙をつくかのように、オレンジ色の猫が現れた。
『おめでとうございますにゃん! いやー、すごいですにゃ。こんなにスムーズに参加表明した神の卵はめったにいませんにゃー』
ニャピ曰く、普通は山あり谷ありの試練を乗り越えて神に近づいていくものらしい。
そこはハルも気になっていた。見た目が子どもであるというアドバンテージを活かし、細心の注意を払って行動したとはいえ、上手くいきすぎて手応えがない。
未だに何か騙されているような気になるのだ。
「まぁいいや。で、これからどうすればいいんだ?」
ニャピは、神の卵を孵す方法について教えてくれた。
簡潔に言えば、この世界のために行動するとエネルギーが貯まる。そのエネルギーで卵を孵せば、半人前の神――雛になるのだという。
ある程度の人数が出揃ったら、雛の中から最高神を選ぶらしい。
説明の途中で、遊戯の開始時期が人によってバラバラであることを知り、ハルは苦々しい気持ちになった。不公平だ。しかし時空の神々に文句を言ったところでどうにもならない。
『つーか、神技はどうなったんだよ。確か追々説明するって言ってたよな?』
神技という名前からして、特殊能力の類だろう。神になるからには、人知の及ばない能力の一つや二つは持っていないと格好がつかない。
『あー、そうでしたにゃー。うっかりですにゃん!』
ニャピは「てへっ」とあざといポーズを決める。
狙いすぎていて、ハルは真顔になった。絶対に可愛いと言いたくない。
『一言でいえば、神技は神の御業ですにゃ。魔法のような魔力由来のものではなく、ゼロから何かを生み出すような奇跡であり、その神独自の力。状況を覆すような切り札のようなもの……ハルちーがイメージしやすい言葉ですと、“必殺技”や“奥義”ですかにゃ?』
『ああ、やっぱりそんな感じか』
もっと分かりやすく言えば、異世界転生ものでスタート時にもらえるチート能力みたいなものだろう。元平凡な日本人としては、特別な力を与えられなければとても神など目指せない。
『それで、どうすれば使えるんだ? オレには何ができる?』
『それはハルちー次第ですにゃー。神技は与えられるものではないですにゃ。自ら生み出し、育てていく力ですにゃ。あるいはもうその片鱗が現れているかも?』
思わせぶりな言葉とともにアーモンド形の瞳を開くニャピに、ハルは面食らった。
まさか自分がどんな力を持っているかも教えてもらえないとは思わなかった。いや、この分ではまだ決まっていないと言った方がいいかもしれない。
『つまり、自分で考えて決めていいってことか?』
『これ、と決められるならば、自然と生まれるはずですにゃ。でもハルちーはまだ、神としての方向性が定まっていないのでは?』
『んん? 方向性、方向性……売り出し中のアイドルみたいだな』
この世界で何をするか。ハルには具体的なビジョンがなかった。
元々前世の記憶を失いたくないだけだ。
世界を救おうと思うのだって、このまま世界が滅んでいくのを見過ごし、たくさんの命が苦しみながら消える姿を想像すると気が滅入るからだ。
世界をどうしたいか、自分がどんな神になりたいかなんて、想像しづらかった。
ハルは唸る。
『うーん、じっくり世界見聞でもするか? この国以外の状況も見ておいた方がいいよな。他の神候補の様子も気になる』
ちらりとニャピを見て、友好的に微笑む。
『なぁ、どこにどんな奴がいるか、教えてくれねぇか?』
『無理ですにゃー。ボクが情報を与えたら公平性を欠きますにゃ』
今更、と思ったが、自分の情報を勝手に誰かに話されたら嫌なのでここは素直に引いておく。
『あ、でも、せめてスティナがどういう状況かだけでも教えてくれよ。心配なんだよ。な? いいだろ? ニャピさんや』
ニャピは渋ったが、顎の下を巧みにくすぐってやったら簡単に落ちた。
とろんとした瞳とごろごろと鳴る喉。体は正直である。
『スティにゃんなら、ちゃんと町から旅立ちましたにゃー……信頼できる人間を見つけたようですにゃー……』
『お、マジか!?』
『はいですにゃー。ちょっと面白いことになってますにゃ……あの神技はすごいと思いますにゃごにゃご……』
『面白い? すごい? それってどういう――』
『ハルちーも頑張ってくださいにゃー……ふにゃー……』
もう少し情報を引き出そうと欲を出したところで、ニャピはがくりと眠りに落ち、そのまま煙のように消えた。
夜になっても、ハルの思考は休むことなく回転していた。とても眠れそうにない。
スティナが旅立ったのなら、期限までここで待ってみようか。ウルデンから一番近い最高神の像は東の都ヤドーヴィカだ。
――いっそ捜しにいくか? いや……でも行き違いになるかも知れねぇし。
一応他の場所にも像はある。スティナがそちらに向かっている可能性もなくはない。
ハルは熟考の末、スティナを信じて期限まで東の都で待つことを決めた。今の自分には、スティナを捜し出して守るだけの力がない。スティナが神技に目覚めているのなら、むしろ自分の方が足手まといになるかもしれないから。
再会できるか、できないか。
その後はどうするか。魔法を覚えるまで夫人の元で世話になるか、あるいは、自分の方向性を見定めるべく世界を旅するか。
神技についても考えなければならない。神なるエネルギーを貯めるためには絶対に神技があった方がいい。
――やべー……やることが多すぎるゲームをやってる気分だ。
どれから手を付ければいいのか分からない。
前世、作業ゲーは嫌いではなかったが、それはやはりボタン一つで終わるからだ。実際に自分の体を使って動くとなると、途端に煩わしくなる。
しかもゲームと違ってやり直しができないので、致命的なミスが後々自らの首を締めるかもしれない。慎重に、と自分に言い聞かせていると、結局何もできなくなりそうだ。
不安で胸が苦しい。
自分の内側で何かが暴れ出しそうな気配を感じ、ハルは目を閉じた。
無理矢理に眠ろうとしたが、結局思い通りにはいかなかった。
翌日、神殿工事のために子どもたちが出発した。
ウルデンから一緒に来た子どもが「ハルと離れたくない」と泣き出して大変だった。
泣き虫のリック、怖いものが苦手なモニカ、あわてんぼうのニコル……。
幼い頃から知っている子ばかりだ。精神年齢の隔たりができてどこか距離ができてしまったものの、ハルも別れを寂しく思った。心配でもある。
――大丈夫、なのか……。
頭の隅で警鐘が鳴っている。
彼らが向かう神殿工事の現場をこの目で確かめなくていいのか?
こんなにたくさん、子どもばかりを雇うなんてどう考えてもおかしい。このご時世、大人の失業者は山ほどいるというのに。
本当に慈善事業の一環で子どもに仕事を与えているのか?
都までの道中、干からびた畑をいくつ見た。都だって一見活気はあるが、道行く人の服はくたびれたものが多かった。路地裏には浮浪者もいる。
インプレット夫人が都の大貴族とはいえ、身寄りのない子どもに施しを与える余裕があるのか。
疑問ばかりが大きくなって、しかし答えは見つからず、ハルは子どもたちに笑いかけた。
「またいつでも会えるから。な?」
「絶対だよ!!」
チクリと胸が痛んだ。ハルは、自分のことで手いっぱいだった。
何の証拠も根拠もないのに、彼らの門出に水を差すことはできない。
この世界の情勢について、ハルはあまりにも無知だった。何が常識かもまだ分からない。前世の感覚でインプレット夫人を疑っても意味がないのだ。
「怪我や病気に気を付けろよ。一人にならないようにみんなで――」
「あいつはいいよな、気楽で。勝ち組だ」
ぽつりと聞こえた呟きは、ハルに向けられたものだった。
思えば、この別れは残酷だった。
強い魔力持ちは魔法を覚えるために学校へ、それ以外は生きていくために工事現場へ。
泣いて別れを惜しんでくれる子は稀で、ほとんどの子どもたちには恨みがましい視線を向けられた。
何であいつらだけ。世の中は不公平だ。
そんな心の声が聞こえてくるようだった。
ハルチェルも、前世の記憶を取り戻すまではよく嫉妬していた。
どうして自分には親がいないのか、家がないのか。生まれや身分や魔力の量で人生が決まる、不平等で理不尽な社会。
そう言えば、前世でも同じことを考えた。
生まれた国によって生活レベルが変わる。学歴で人を見る目が変わる。劇的なサクセスストーリーを紡げる人間は選ばれた一握りだけ。ほとんどの人間が、成功者の人生を相対的に彩る平坦な一生を送る。
もちろん、羨むばかりで何もしない奴が輝けるはずない。それくらいは分かってる。
ほとんどの人間は、頑張っても頑張っても望みが叶わないことが怖いんだ。あるいは、物事に対する集中力がない。いろいろなしがらみに囚われ、頑張ることさえできない。
――って、そんなこと考えても仕方ないよな。
壮大な思春期的思考から抜け出し、ハルは現実に向き合うことにした。
魔法学校への入学準備の傍ら、ハルは毎日大聖堂に通った。
神官に顔を覚えてもらい、仲良くなったところでスティナの特徴を伝え、もしこの大聖堂を訪れたら教えてほしいと頼む。
――早く来てくれ、スティナ。
彼女の柔らかい笑顔が見たい。そうすれば、不安が解消される。
そうして十日が過ぎ、期限の日の昼。
未だにスティナは現れない。
間に合わなかったのか、他の最高神の像に祈りを捧げに行ったのか、ハルに知る術はなかった。
体の内側で何かが暴れ出しそうな気配を感じ、ハルはぐっと耐えた。
――あれは、もしかして。
しかし、大聖堂に通った日々は全くの無駄ではなかった。
最高神の像の前で一心に祈りを捧げている少年と少女。二人の姿がやけに鮮明に見える。
他の人間と違う。ハルはそう直感した。
「ま、待ってくれ!」
祈りを終え、どこか安堵した様子の二人が聖堂を出たところで声をかけた。
「ああ? なんだよ、テメェー」
振り返った少年の強面に、迂闊に声をかけたことを後悔した。




