★時空の断片:ステラ/スティナ
その女子中学生が芸能界に足を踏み入れたのは、ほんの些細な行き違いが原因であった。
あまり裕福ではない家に生まれた彼女は、周りの友人のように好きな部活をすることができなかった。用具や合宿、打ち上げなどでお金がかかることは知っていた。妹がいる手前、自分が好き勝手すれば後々家計が貧窮するのは目に見えていた。
両親には何でもないような風を装っていたが、毎日退屈で仕方がない。ならば学校の勉強を頑張れば良かったのだが、少女はスポーツ特化の人間であった。人には向き不向きがある。
だから、親戚が営むダンススクールに格安で通わせてもらえることになったときは大喜びで、あまりダンスに興味がなかったにも関わらずめきめきと上達していった。
ある日、少女はダンススクールの掲示板にあった一枚のポスターに目を止めた。
「賞金十万円……」
聞いたことのない芸能事務所が主催するアイドルオーディションの募集。
ちょうどその日の朝に、妹とお古の服のことで揉めたばかりだった少女は、分かりやすく賞金に心を動かされた。
「あんた、受けてみる? この前カラオケで録った動画があるし、応募しといてあげようか?」
「え、ううん! いいよ、叔母さん。わたしなんかじゃムリムリ! 賞金に釣られただけ!」
アイドルなんて、よほど自分の容姿に自信がなければできない。テレビで見かけて憧れたこともあったが、本気でやりたいと思ったことは一度もなかった。
本当にそのときは、オーディションに出たいとは露程にも思っていなかった。
しかし、叔母はそうは思わなかったようだ。「この子はまた親に遠慮して……いっちょ私が背中を押してあげましょう!」というおせっかい精神が働き、秘密裏に少女の両親に連絡して応募申請を済ませてしまったのだ。
書類審査で落選したら可哀想だし、と叔母たちは勝手に応募したことを秘密にしていた。
一か月後、少女の元に届いたのは面接オーディションの案内であった。書類審査を通過してしまったのだ。
勝手に応募されていたことには内心腹が立ったが、両親も叔母も大喜びで、反抗期真っ只中の妹ですら「お姉ちゃんが芸能人になったら……」と妄想が捗っているようだった。
――言えない。受けたくないなんて。
正直、恥ずかしかった。オーディションを受けたことが学校で広まったら、イタイ奴だと思われるかもしれない。ハブられたらどうしよう。いやいや、そんなひどい友達ばかりではない。きっと分かってくれる。
――まぁ、いっか。一生の思い出になるかもしれないし、どうせ受からないし、
そんな軽い気持ちで少女は面接会場に向かった。最低限、歌とダンス、自己PRの練習をして。
小さな芸能事務所のオーディションだ。自分が通るくらいなので、それほど応募者がいなかったのだろう。そう高をくくっていた少女だが、面接の順番を待つ他の応募者を見て、自分の認識の甘さを恥じた。
――か、可愛い……それに、カッコいい。
誰も彼も真剣だった。
だらだらと中学生活を送っていた少女にとって、同年代の女の子たちの本気を目の当たりにしたのは初めてで、急激に自分が情けなく思えた。中途半端な気持ちでこの場に来てしまったことが申し訳なく、泣き出したい衝動に駆られる。
それでもなんとか気持ちを持ち直し、少女は面接に臨んだ。開き直ったと言ってもいい。
自分を値踏みする審査員たちに、少女は怯んだ。芸能事務所の社長などの大人以外に、一際目を惹いたのは自分と同じ年頃の少女。
――綺麗……。
一応、この芸能事務所の所属タレントについては調べてきた。しかし、目の前の美少女のことは全く知らなかった。同性に見惚れるのは初めてで、少女は一瞬で緊張を忘れた。
「あなたはどうしてこのオーディションを受けたんですか?」
絶世の美少女からの問いに、少女は素直に答えた。
「あ、ごめんなさい。アイドルになりたいとは思ってなくて、なんとなく……賞金に釣られて」
大人たちから失笑が漏れる。
笑ってもらえたなら良かった。怒られなくて良かった。
「ふぅん……」
美少女に至っては、にやりと悪い笑みを浮かべた。
ぞくりと背筋に悪寒を覚えつつも、少女は指示されるまま課題曲を歌い、ちょっと自信のあったダンスは思い切り踊り、最後にヤケクソ気味に元気よく挨拶をして会場を去った。
撃沈した、と帰って家族に伝えると、生温かい目で慰めてもらえた。
数日後、芸能事務所から合格の電話がかかってきたときは、本当に信じられなかった。
詐欺ではないかと思ったほどだ。レッスン料を払えばアイドルとしてデビューできます、と言われるのではないか……。
少女とその両親は一緒におっかなびっくりしつつ、事務所に話を聞きに行き、お金を払うどころかもらえると分かり、なんら不審な点のない契約書に判を押した。
完全に勢いに流された形であった。
少女にとって芸能界入りを決意した一番大きな要因は、オーディションのときに審査員をしていた美少女と同じグループで活動できると分かったことだ。
たった数分一緒にいただけで、少女はすっかり美少女の虜になっていた。
その美少女の名はカグヤと言った。
「どうしてあなたが選ばれたのか、ですか? そうですね。歌は下手だし、ダンスも素人に毛が生えた程度、容姿もそこそこ。でも、私と声の相性が良いですし、あなたには自分が一番目立ちたいっていう欲がなさそうでした。引き立て役にちょうどいいのです」
遠慮なく毒を吐かれても、少女はカグヤのことが嫌いにはなれなかった。
むしろ、彼女の作る曲、彼女の歌声、仕草、表情、生き様……それらを知るうちに、どんどん魅了されていった。
カグヤに追いつきたい、認めてもらいたい、もっと一緒に歌っていたい。その欲求が少女から恥じらいや躊躇いを忘れさせた。
こんな経緯で少女はアイドルとしてデビューした。
グループ名はドッペルワンダー。
芸名はステラ。
星を意味する言葉だったので、メンバーカラーはイエローだった。
デビューして二年が経った。
ステラと一緒のオーディションで受かったメンバーがカグヤと喧嘩して脱退し、新たなメンバーが加入し、四人での活動にもだいぶ慣れてきた。
偶数ゆえに、ステラはカグヤと一緒にセンターに立つことが増えた。初期メンバーだったこともあったが、努力が認められてきたのだ。コーラスだけではなくソロパートももらえるようになり、少しずつ少しずつ自信がつき、野暮ったさも消えてきた。
それでもドッペルメンバーの人気は未だカグヤ一人に集中し、「他のメンバー? 名前も知らない」というのが一般の知名度であった。
そんな頃、転機が訪れた。
ある日の昼、生放送の歌番組に出演するため、ステラは他のメンバーと一緒に楽屋入りした。
「カグヤちゃん、まだかな?」
「遅いですねぇ。珍しいですぅ」
「もうすぐリハに呼ばれるよね。一回マネージャーに連絡してみよっか」
カグヤだけはその場にいなかった。入稿間近のインタビュー記事に不備があったらしく、急遽呼び出されてしまったのだ。幸いスタジオから近く、生放送のリハーサルにも余裕で間に合うと聞いていただけに、直前になっても連絡一つないことにステラは不安を覚えた。
結局リハーサルの時間になってもカグヤは現れなかった。ステラが代わりにカグヤのポジションで歌ってやり過ごしたものの、現場は騒然とし始めた。
そのときになってようやく、カグヤについていたマネージャーが現場にやってきた。
「カグヤちゃんが怪我!? 大丈夫なんですか?」
タクシーで移動中、後ろから追突されて頭を打ったようだ。今は社長が付き添って病院で治療を受けているという。命に別状はなく、幸い怪我の程度も軽い。
ただし、カグヤは今日の生放送には出演できない。そう告げられ、番組プロデューサーたちは頭を抱えた。
単純に、ドッペルワンダーの出演をキャンセルすればいいという問題ではなかった。尺自体はなんとでもなるが、今夜ドッペルワンダーが歌うのはテレビ初披露の新曲。それも、この歌番組の後に始まる新ドラマの主題歌だった。当然ドラマの番宣も兼ねており、主演女優からのメッセージなども流れる予定だった。
番組構成上、歌わないわけにはいかないのだ。
「困ったな。こりゃどうにもならねぇぞ……」
「申し訳ありません。そこでご提案なんですが、ここはひとつ、ステラにメインで歌わせてもらえませんか? カグヤの話では、ステラなら十分代役が務まると」
「え!?」
マネージャーがプロデューサーにとんでもない提案をする。
カグヤはドッペルワンダーの絶対的メインボーカル。ほとんど全ての主旋律を歌うので、当然ステラだってカグヤのパートは覚えている。歌うだけなら確かにできる。
――でも、できない。カグヤちゃんの代わりなんて、私には無理!
自分がメインで、センターで、しかも失敗のできない生放送で歌うなんて、とてもじゃないができないと思った。想像しただけで心臓が止まりそうだ。
「そんなこと言われても……」
「カグヤが出ないんじゃ、スポンサーが納得しないかも」
「しかし、他に方法が――」
マネージャーが必死にテレビ局のスタッフに頭を下げ、ステラたちは肩身を狭くしていた。
「カワイソ。カグヤのワンマンだと大変ねぇ……ご主人様がいないと何もできないなんて、プロとしてどうなの? ふふ、辞めて良かった」
通りすがりの他のアイドル……かつてドッペルワンダーで一緒に活動していた少女に耳打ちされた。彼女は現在大手事務所に引き抜かれ、ソロアイドルとして活躍している。自分の選択が正しく、いつまでもカグヤの後ろにいるステラを馬鹿にしたような口ぶりだった。
「何あれ。ムカつく」
「ホントです! 感じ悪いです!」
他のメンバー、クール系の白雪とロリータ系のラブリィは見た目に反して煽り耐性が低かった。アイドルにあるまじき眼光で、元メンバーの背中を睨み付けている。
「やろうよ、ステラ。目に物を見せてやろう」
「そうです! ヤってやりましょ!」
「えー……」
ステラは迷った。
やるからには絶対に失敗は許されない。ただでさえドッペルワンダーの株が下がってしまったのだ。これで失敗すれば、今後の活動に大きな支障が出るだろう。
――カグヤちゃんのドッペルワンダーに傷が付いちゃう……。
完璧主義のカグヤのことだ。
ステラが下手なことをすれば、即座にクビにすることだって有り得る。
――でも、わたしがやらなきゃ、どっちにしろ同じかも。
マネージャーの話ではカグヤは「ステラに任せる」と言ったらしい。それが嬉しくないはずがなかった。その期待と信頼を裏切るなんて考えられない。
カグヤに失望されたくない。ステラは覚悟を決めた。
「やります! どうか、わたしに歌わせてください! お願いします!」
ステラを筆頭にメンバーが揃って頭を下げると、スタッフの一人がぽつりと呟いた。
「いいんじゃないですか。このハプニングで、逆に視聴率が取れるかも」
絶対的エースボーカルの不在。
それが逆に話題を呼ぶ可能性がある。
流れは一気に変わった。
本番直前、他のメンバー二人はスマホを片手に興奮気味だった。
既にカグヤの出演キャンセルと、ステラが代わりにメインボーカルを務めることが番組と事務所のホームページで発表されている。
「すご。ネットニュースのトップになってる。みんな、カグヤの怪我を心配してくれてるね」
「ステラさんのファンも盛り上がってますよぉ。『スッティー頑張れ、くっそ心配』『みんな見て、スッティー超可愛いから』『予備校休んで自宅にて全裸待機決定』ですって」
服を着て予備校に行ってほしい、とステラは切に願った。ごくごく一部の貴重なファンの声は嬉しいが、今日に限っては逆効果だった。応援されれば応援されるほどプレッシャーで苦しくなる。
「吐きそう……」
こんなときにエゴサできる余裕がある二人が羨ましかった。
何度も新曲を聞き直し、何度もトイレに行き、何度もヘアメイクを確認する。
鏡の前の自分はひどい顔をしている。死相が見えた。
――ドッペルワンダーの出演はたった十分だけ。大丈夫。すぐに終わるから。
必死に言い聞かせないと、とてもじゃないが平静を保てなかった。
本番が始まった。オープニングで顔見せだけして一度下がり、前室で自分たちの出番を待つ。どんなときも笑顔で、とカグヤに教えられた通りステラは精一杯笑ったが、引き攣った顔をしている自覚はあった。
出番が回ってきたら司会者と数分トークをしてから、別スタジオに移って新曲を披露という流れだ。
待っている間、胃が急激に軋み、冷や汗が止まらず、呼吸が苦しかった。
「ステラさん、大丈夫ですか?」
「顔色悪いよ。水飲む?」
「だ、大丈夫。あと少しだもんね。頑張るから」
メンバー二人の心配に応え、ステラは弱々しく笑う。
正直、出番が近づくにつれて自信がなくなっていた。
こんな状態で歌えるわけがない。出だしのハイトーン、イントロでの激しいダンス、サビに近づくにつれてテンポが上がり、メロディに絡まるような難しい歌詞……。
声が出なかったら。振り付けを間違えたら。歌詞をド忘れしたら。
失敗する自分ばかりが脳裏をよぎる。
逃げ出せたら、どれだけ楽になれるだろう。でもきっと逃げた先にも地獄が待っている。
どうしてこんな目に遭わないといけないのだろう。
怪我をしたカグヤのことをほんの少し恨めしく思った。今日は人生で一番ツイていない日だ。
「あ、ドッペルワンダーさん。今日は大変だと思うけど、頑張ってねー」
そんなギリギリの状態のステラに声をかけてきたのは、共演者のロックバンドのボーカル・ジャックだった。
ヴァイスエンド。
カリスマ的人気を誇るロックバンドだ。
事務所が違うし、共演したこともほとんどないのだが、ジャックは人懐っこくステラたちに話しかけてきた。意外と天然だという噂は聞いていたが、その通りのようだ。
「おい。本番中にアイドルをナンパするなよ……」
「ナンパじゃないって。激励だよ。大変なんだよ、カグヤちゃんがお休みで。今度お見舞い贈るねー」
ジャックの後ろには、ベースのゼツがいた。
彼はヴァイスエンドの楽曲の作曲を担当している謎多き人物だ。何が謎かというと、動物を模した仮面で顔を隠し、その他経歴も一切公表していないのだ。素顔を見たことがあるのはごくごく一部の関係者だけらしい。
斬新なメロディラインを作り出すセンスと、天才的なベースの腕。同じ天才のカグヤも一目置いていた。
雰囲気から推測するに自分より少し年上なだけで、未成年なのではないかとステラは予想している。
「なんだよ、具合悪そうだな。そんな有様で大丈夫かよ」
いよいよ進退窮まってきたステラは言葉を発することもできず、ゼツに対して曖昧に笑うだけだった。
ゼツはあからさまにため息を吐いた。
「……それでもプロか。そりゃ、いきなりこんな大役任されたらきついと思うけどな。カグヤのいないドッペルワンダーなんて、今の時点じゃ何の価値もないし」
ぐさっとキツイことを言われ、ステラは思わず心臓を押さえた。他のメンバー二人ですら、あまりにも真っ直ぐな言い様に言い返せないようだった。
「でも、こんなチャンスは滅多にない。お前は幸運の星の下に生まれたんだ。……せいぜい楽しめば?」
ゼツは言うだけ言って去っていった。ジャックも平謝りしつつ、その後を追う。
残されたステラは呆然とした。
――幸運? わたしが? それに、楽しむ……。
考えたこともなかった。
でも、確かにそうかもしれない。
こんな機会でもなければ、自分がメインボーカルを務めることなんてできなかった。
幸いカグヤの怪我は大したことなく、しばらくすればまたいつも通りに仕事ができる。
自分がドッペルワンダーの看板を背負えるのは今この瞬間だけだ。そして、カグヤがいつも一人で背負っていたものの重さを実感し、改めて彼女を尊敬する。
今後は、もう少しカグヤの負担を減らせたらいい。
――ちょっとだけ、気持ちが楽になったかも……。
デビューして二年。自分がどれだけ成長したのか、試す機会が訪れたと思うことにした。
ハプニングを楽しんだって、きっと罰は当たらない。
「出番だね。行こう」
ステラは顔を上げた。
心臓はどきどきしたままだ。だけど、嫌な感じはしない。
「続きまして、ドッペルワンダーの皆さんです!」
カグヤが不在の理由を改めて説明し、代わりを務めるステラを茶化す司会者。ステラはとにかくにっこりと微笑み、他のメンバー二人に助けられながら台本を進める。
司会者とのトークはつつがなく……終わらなかった。
「ここでサプライズです! 実は、カグヤさんと電話が繋がってまーす! はーい! カグヤさん。怪我は大丈夫ですか?」
本当に聞かされていなかったステラたちは驚き、新鮮なリアクションを返す。
『怪我は大丈夫です。この度は、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。ステラたちも……ごめんなさい』
「カグヤちゃんが……謝った!? 本当に大丈夫なの? 頭の検査ちゃんとした?」
結成以来の珍事に本気で動揺するステラに、スタジオが笑いに包まれる。
『他人の心配をしている場合ですか。でも、その様子なら大丈夫そうですね。……そろそろ皆さんにステラの実力を知ってもらいましょう』
「お。なにやら意味深な発言。どういうことでしょう?」
『ステラは私が選んで一から育てたんです。彼女は、私の次にドッペルワンダーの楽曲を上手に歌えます。期待してもらって大丈夫ですよ』
これでもかというくらいプレッシャーをかけてくるカグヤに、司会者は苦笑いだった。しかしスティナは素直に感動していた。
カグヤが、自分を認めてくれている。嬉しくてたまらない。
「はい! カグヤちゃんの代わりに頑張ります! カグヤちゃんの歌は、今夜放送のドラマで聞いて下さいね! 今はわたしの歌で我慢してください!」
「ステラさん、そんな良い笑顔で……」
「この子、ちょっと天然なんで。興奮気味だし」
『二人とも、しっかりステラのフォローをしてあげて下さいね』
再び笑いに包まれるスタジオ。緊張も恐怖もどこかへ飛んでいき、晴れ晴れとした気分だった。
「では、ドッペルワンダーの皆さんには準備をお願いします! さて、ここでスペシャルメッセージを紹介します。今夜放送開始のドラマ『孤独なウィザードはカフェオレがお好き』の主演のこの方――」
急いで別スタジオに移り、歌う準備に入る。
白雪とラブリィはステラを見て一つ頷く。ステラもとびきりの笑顔で頷きを返した。
――思いっきり歌おう。一瞬でもいい。わたしも、カグヤちゃんみたいに輝きたい。
最初は行き違いで始まり、流れに流されここまで来た。
デビューしても思うように動けず、反省ばかりの日々だった。いつもカグヤに頼り、カグヤの影に隠れ、一人では何一つ自信を持ってできない。
でも、努力だけは忘れなかった。一度だって手を抜かずに頑張ってきた。それを、カグヤは見ていてくれた。
――今夜は、精一杯楽しもう!
今度はみんなにも見てほしい。そして、一緒に楽しんでほしい。
――わたしだって、やればできるんだから!
ステージの中心にいるのは自分。きっと真上には幸運の星が輝いている。
「では、歌っていただきましょう! ドッペルワンダー、テレビ初公開の新曲『ファンタスティックMIX!』」
誰も予想していなかった。
ドッペルワンダーの楽曲はかなりのテクニックを要するもので、カグヤの圧倒的な歌唱力があるからこそ成り立つ。
それを、今までほとんどバックコーラスしかやってこなかったステラが完璧に歌えるなんて。
聴く者を一瞬で魅了するカグヤの美しく力強い歌声とは違い、ステラのそれは明るく可愛らしいアイドルらしいものだった。
激しいダンスを踊りながら、笑みを絶やさず、高難度の曲を可憐に歌う。
平凡で身近な存在のステラだからこそ、異次元のセンスを持つドッペルワンダーの楽曲とのミスマッチが映え、視聴者に強烈なインパクトを与えた。
「スッティー、こんなに歌えたのか……」
「この子が二番手なんて、ドッペルワンダーってすげーグループだな」
「さすがカグヤ様が育てただけのことはあるな!」
「もっとステラの歌が聴きたい!」
その日から、ステラはスターダムへの階段を駆け上ることになった。
件のドラマへの特別出演が決まり、その演技が有名監督の目に留まり映画出演のオファーが来た。そうして隠れた演技の才能が発掘されると、出演依頼が飛ぶように来るようになる。
アイドルとしても日の目を見た。ファンからの問い合わせが殺到し、急遽アルバムに『ファンタスティックMIX!』のステラバージョンが収録されることも決まった。
その後、カグヤが頑張ったご褒美としてソロ曲『星空の靴でアンダンテ』を書き下ろし、勢いのままに急激にファンを増やしていったのだ。
ステラはこっそりと大人買いしたヴァイスエンドのアルバムで心を癒やしつつ、舞い込んでいる仕事を必死にこなした。
必要とされることがこんなに嬉しいなんて知らなかった。自分を見てくれる人、一人一人に笑いかけ、感謝を込めて歌い続けた。
「ステラ、来月はついにドーム公演です。とちったら、承知しません」
「分かってるよ、カグヤちゃん。一生懸命頑張るから!」
華々しい芸能界で、少女は眩いほど輝いた。
……その輝きが絶対エースのカグヤに迫り、あの残酷な冬の日を迎えるまで。
そして少女は生まれ変わり、幸運の星そのものになって異世界で輝き出した。




