33 新星
優しいメロディが夜の町に響く。
ドムドウッドに住まう全ての人々は願った。
魔物の脅威はひとまず去った。しかし、町中に“禍身”が出現するという最悪の事態に再び心が絶望に染まっていた。
死にたくない。恐怖から救われたい。
天上の神々よ、どうか我らをお守りください。
人々の願うために夜空を見上げ、聞こえてくる歌声にすがりついた。
奇跡よ、もう一度。
ボロボロの意識の中、化け物となった少女は願った。
彼女は“死神”の力で魂を縛りつけられていた。自分を縛るものは、自分が不幸にした人々の怨念である。
憎い、憎い、と責められ続け、抵抗する意思は死んでいった。
これが報いであることは分かっている。自分の弱さと傲慢さが招いた罪。
だけど、もしも許されるのなら――。
そう思わずにはいられないほど、聞こえてくる歌声には優しさが満ちていた。真っ赤に染まった視界の中で、宙に浮かぶ星型の神器が輝いている。
もうイヤ、お願い。
助けて……私を救って!
星の光と声にすがりつき、少女は泣き叫んだ。
☆
スティナは自分の心の中から力が溢れてくるのを感じた。
ヒビの入った卵から漏れだす神なるエネルギー。
ドムドウッドの町中の人が、哀れな少女のなれの果てが、全身全霊で星に願い、スティナを神格化した。 ようやく孵化のときを迎えたのだ。
歌声とともに今までの何倍、いや、何十何百倍もの力が放出され、ドムドウッドの町全域を包み込んだ。
ダスクたちが驚きの声を上げ、“禍身”は動きを止め、アサギやピリオドまでもがスティナに注目していた。
「――――――――」
歌がサビに入ると同時に神器が輝きを増し、神技ももう一段階ギアが上がるような感覚があった。
――もう戦いたくなんかない! 誰にも傷ついてほしくない! だから……!
スティナの祈りに応えるように“禍身”の体が淡く光り始めた。そして植物が萎れていくようにどんどん小さくなっていき、人の形を取り戻していく。
「そんな……まさか……!」
地面に放り出されたピリオドが顔を驚愕に歪める。
【人々の願いが束になって集まり、希望の星が産声を上げる】
スティナの頭の中に時空神リメロ・ディアラの声が響いた。
【歌い手と聴衆の願いが一致することで奇跡を起こす――神技・星の産声。ようやく形となったか】
なんだかとんでもないチート能力が覚醒している気がしたが、スティナには驚いている余裕がなかった。
心の中で殻が破れるともに、肉体も発光していた。
もう一度生まれ変わるのだ。今度は人ではなく、神の体に。
【おめでとう、スティナ。“星”の名を冠す神の雛よ。そなたの願いが光を失わぬことを祈る】
リメロの気配が去り、体から溢れていた光が萎むとスティナはバランスを崩して転んだ。
せっかく神の雛になったというのに、あまりのマヌケさに顔から火が出そうになった。
――あ、成長してる……!?
伸びた手足を確かめ、スティナはほっと息を吐く。
転んでしまった正当な理由は分かったが、ニャピの話と違うことが引っかかった。神の雛になったとき、肉体を成長させるかどうかは選べるはずだった。乙女にとって年を取ることはデリケートな問題なだけに小さく唸る。
――何歳の体かな……十五歳くらい? ていうか、この服ってもしかして“神衣”?
先程まで来ていた服ではなく、スティナは布地をふんだんに使った可愛らしい衣装に身を包んでいた。まさにアイドルの戦闘服という感じである。
早く鏡を見て確かめたい、と頬が緩みかけたところで我に返った。今はそんなことを気にしている場合ではない。
先程まで“禍身”がいた場所に、少女が横たわっていた。ここからでは容体が分からない。
駆け寄りたい衝動に駆られたが、ゆらりと立ち上がった黒い影に足が止まる。
「……素晴らしい。なんて型破りな神技でしょう!」
ピリオドが恍惚の表情を浮かべていた。青白い死体の肌がほんの少し紅潮したように思え、ぞっと肌が粟立つ。
「どのような原理? どのような条件? いいえ! どんなリスクを背負って言おうと、関係ないほどに神懸った力! ……やはりあなた、邪魔ですねぇ。」
その瞬間、ピリオドが憑依している男性の体から無数の影が伸びた。それが一直線にスティナに向かい、津波のように押し寄せてくる。
「スティナ!」
ダスクたちが咄嗟にスティナを庇おうとしたが、間に合わない。
「そうはさせない」
しかし、まるで瞬間移動でもしたかのような速さで、スティナとピリオドの間にアサギが割り込んだ。いつの間にか彼も“神衣”を纏っている。
スティナが声を上げる間もなく刀が銀色に光り、一閃。
――アサギくん、神技を!?
凄まじいエネルギーを内包した一撃がピリオドの体を直撃し、影が弾けた。
男性は糸が切れたように地面に倒れ、物言わぬ屍に戻る。不思議と損傷は少ない。
その頭上では霧散した影が寄り集まり、夜空でもくっきりと分かる漆黒の球体となっていく。
『ふふふ……今夜は良いものが見られました。新たな雛の誕生に免じて、大人しく退散いたしましょう。いずれ、また近いうちに……』
不気味な笑い声とともに、“死神”ピリオドは姿を消した。
ようやくドムドウッドの町から脅威が去ったのだ。
体中から力が抜けるとともに“神衣”が解け、スティナはその場に座り込んだ。
「はぁ……怖かった……」
「第一声がそれか。全くお前という奴は……」
ダスクが呆れながらスティナの肩を叩こうと手を伸ばし、直前で引っ込めた。
「ダスク様?」
「いや、見た目が変わったので驚いたのだ。やはりあの幻影はお前だったのだな。女というのは恐ろしい生き物だ……」
ダスクが気まずそうに、それでいてちらちらと視線を寄越すので、スティナは首を傾げた。ミントやザミーノなどは目をこれでもかと見開いているので驚きが分かりやすいが、ダスクが何を戸惑っているのか理解できなかった。
「えっと?」
「いい。気にするな。それよりも……」
「スティナ。こちらへ。彼女が何か言いたいらしい」
アサギに呼ばれ、スティナは慌てて少女の元へ向かった。
自分に石を投げ、悪意をぶつけてきた少女。彼女は“禍身”に堕ちながらも、再び人の姿を取り戻し、地面に横たわっていた。しかし……。
「そんな顔しないで。私は、これで良かったと思ってる……」
少女の体は透けていた。否、現在進行形で足元から消えている。
「そんな……救えたと思ったのに……」
スティナは躊躇いがちに少女に手を伸ばす。
「生き残ることだけが救いじゃないわ。私は、もう一度やり直したかったけれど、それは今すぐにというわけじゃないから……」
少女は苦々しく笑い、遠慮がちに手を重ねた。触れた指にはもう重さはなく、ほんのりと温かさだけがある。
「いつか、あなたが守る世界に、もう一度生まれたい」
「…………っ」
「迷惑をかけて、ごめんなさい……」
その言葉を最期に、少女は透明な粒子になって宙に消えた。あとには何も残らなかった。
胸に強烈な痛みを覚え、スティナは手を握り、ぐっと奥歯を噛みしめた。
何もできなかったとは思わないが、もう少し何かが違っていれば彼女を救うことができたのではないか。
そんな傲慢なことを考えてしまい、やるせない気分になった。
「スティナは、よくやった。彼女は救われたと思う」
アサギは少女が消えた場所をじっと見つめ、ぽつりと呟いた。
「俺には斬り伏せることしかできなかった」
町の様子を見回ってくる、とアサギはスティナに背を向けた。ドムドウッドの兵たちは彼に声をかけたそうにしていたが、あまりに浮世離れした姿に近づくこともできないようだ。
彼がこのままどこかに消えてしまうような気がした。
スティナは思い切り息を吸い込み、胸に溜まった感情を乗せて吐き出した。
「アサギくん! 助けてくれてありがとう! 後でまたいろいろ教えてね! 約束だよ!」
彼はほんの少しだけ振り返り、淡く微笑んだ。
悲しそうな、嬉しそうな、どちらにも見える表情で一つ頷いて、今度こそ破壊の爪痕が残る町に消えた。




