第四章 誰だって、時の流れには抗えないっていう
一体、この世界に来てからどれくらいの時間が経過しただろうか? 思えば、未だにろくな目にあっていない気がする。クソみたいに長い道のりを徒歩で移動し続け、時にはパンツ一枚で荷物運ばされて、モンスターに襲われる。
街や村についても休めるのはほぼ半日だけで、明朝になればすぐに出発……そして、モンスターを倒せばお金が手に入るなんて都合の良い世界でもなく、路銀の節約のために贅沢は一切できず、ゆとり世代の俺にはきつすぎる修行僧かのような日々を過ごし続けてきた。
だがそんな日々とは、もうおさらばだ。俺たちは遂に、王都へとたどり着いたからだ。
着いた瞬間思わず俺は、「ここが天竺か……!」とぼやいていたよ。それくらいの感動があったってことね?
「でっかいなぁ……でかすぎるだろ」
ふと、ヒロシが隣でぼやく。普通、街の広さを現すなら、広いとか大きいとかそういう表現を使うべきだとは思うが、今回に限ってはでかいという言葉でも変ではない。
王都全体は東京ドーム何十個分だよってくらい広いのだが、それ以前に、俺たちが救わなければならないお姫様がお住まいになっている城が、あまりにもでかすぎたからだ。
城を通り越して雲を突き抜ける塔レベルの高さまである頂上、どこから攻めても均等に守れるだろう円形の外壁、なんていうかもう、魔王でも住んでるのかと思うくらいにデカかった。
「よし、諦めよう。俺たちの冒険はここまでだ」
「なんでじゃ! やっとの思いで王都に辿り着いたのにどうしてすぐに諦めるのじゃ!」
踵を返してどこかに行こうとする俺の服の裾を、ミナが強引に鷲掴む。
「いや、でもセイジの気持ちをなんとなくわかるわ……これはちょっとな」
恐らくだが、ヒロシも俺と同じ考えを抱いたのだろう。引きつった顔で頭を抱えている。
「どうしたのじゃ二人とも……元の世界に帰るとあれだけ張り切っておったのに」
「城が大きいということは、それだけ警備の数も増える…………姫を探しあてるのも困難」
セナもわかってくれているのか、ミナに丁寧に解説する。その説明で納得したのか、ミナも「あー……」と引きつった顔をみせた。
「え? どゆことどゆこと?」
「さすがレイチェルさん! 理解力Eクラス!」
「えー、今の説明じゃわかんないよ!」
「大きければ大きいほど、俺たちの姫を逃がすって目的が達成しづらくなるんだよ。どこにいるか探し当てなきゃいけないし、脱出する時だってあの糞みたいにデカい城をスパイよろしくな動きで姫様連れながら誰にも見つからないようにしなきゃならんし」
「あ、なるほどぉー」
そこまで説明して、レイチェルはようやくポンと手を叩いて爽やかな笑みを浮かべた。この頭お花畑ちゃんは本当。
「つまり、城の兵士になるのは必須条件というわけだ。兵士でもない人間が城の中をうろつくなんて無謀に等しい。俺とレイチェルとセナは問題ないだろうが……お前たちは難しいだろうな」
そこで、サトウチは悟ったような顔を浮かべながら、一人歩いてどこかへ行こうとする。
「どこに行くんだ?」
「少し用があってな、あとで城内付近の兵士を募集している区画で合流しよう。場所はわかるな?」
レイチェルとセナも場所はわかっているのか頷くと、サトウチはどこか鼻息を荒くしながらそのまま王都の城下町へと消えていった。
ちなみにだが、サトウチは街に着くと、必ず一人で最初は行動する。気になった俺とヒロシで以前調査したのだが、その結果、ただその街にいるかわいい幼女たちが集まるスポットを探して楽しもうとしているだけっていう。
つまりペドウチ先輩は、今日も絶好調ということだ。奴は必ず兵士になるだろう。
「じゃあ私たちも行こうか? 兵士を募集している場所は、城下町を抜けた先にある王城のすぐ傍の兵士の修練場らしいから、適当に城下町も楽しみながら行こう? 時間にもまだ余裕があるからね」
「うぬ! それがいいのじゃ! 王都には沢山の菓子職人がいるらしいからのぉ!」
そしてそのまま、レイチェルを先頭に俺たちは兵士の修練場へと向かう。
実は、俺とヒロシに移動速度を合わせてくれたせいで、兵士の募集期間は今日が期限となっている。つまり、今日そのまま兵士になるためのテストが行われるということだ。
今日を逃すと、次にテストが行われるのは一ヶ月も先で、つまり焔祭りは終わったあとになるため何もかも手遅れになるという。
今日着いたばかりで身体もへとへとで、とてもじゃないが俺とヒロシは合格できるとは思えなかった。一体どんなハードスケジュールなのか、僕にはとても耐えきれないよ。
こんな運命背負わせた女神様を今すぐぶん殴りたいくらい。
「ちょっと! 足腰の弱そうなおじいちゃんが歩いてるのにそれはないんじゃないの⁉ 道を譲ってあげるとかあるでしょ!」
その時、突然レイチェルが声を荒らげた。何事かと俯いてた顔をあげると、どうやら明らかに素養の悪そうな二人の若者が、年寄りに荒々しくぶつかって跳ね飛ばしてしまったらしい。
「あぁん⁉ なんだてめぇ⁉」
無論、若者たちにそれに対する罪の意識はないため、難癖をつけるレイチェルに凄みの利いた顔で喰ってかかった。
「やめろ。お前が悪い。老人に道を譲らなければならないなんて法律がこの国にあんのか?」
「な……ないけど」
「なら、俺たちがこいつらを悪い奴だって言及する資格はねえよ。足腰の弱い老人に道を譲らなければならないってのは親切心や、モラルからくるただの感情論だ。ルールじゃない」
だが、仲裁するように俺は間に入って二人の争いを止める。こんなところで争っても、このあと兵士になるためのテストで使う体力を失うだけだからだ。
「そっか……そうなんだ」
てっきり自分に味方をしてくれると思っていたのか、レイチェルは落ちこんだ顔をみせる。
「話がわかる兄ちゃんじゃねえか」
すると、若者たちは俺を気に入ってくれたのか、肩に手を回してやらしい笑みを浮かべた。
どうやら若者もレイチェルも勘違いしているようだが、俺が仲裁に入ったのは、レイチェルが相手するより俺が相手した方が楽で、早く済むからというだけである。こういう輩の相手は、今まで散々してきたからだ。
「まあ、糞野郎だとか、親切心もモラルもないウンコ野郎ってのはいくらでも思っていいし、軽蔑してもいいけどな……言葉にして責める筋合いは俺たちにはないんだ。顔もウンコみたいだったとしても、道端に咲くウンコだったとしても、そうたとえウンコそのものだったとしてもだ」




