誰だって、時の流れには抗えないっていう-2
そう言いながら俺は、若者が回してきた手を払ってレイチェルの肩にポンッと優しく手を置き、これでもかってくらい憐みの表情を浮かべてやった。
「あ?」
無論、若者たちは不快に感じたのか、俺を睨みつけてくる。
「し、しまった……口が滑ったぁぁぁ! 無意識の内に煽ってしまったぁぁああ!」
「あ?」
「いやいやごめんごめん冗談冗談……口が滑っただけなんだ。俺たち超強くてかっこいい! 老人よりも強いからずけずけ歩いちまう……だって俺が世界の中心だからぁ! 俺の気分が良かったらなんでもいいし何したっていい……だってだって俺はカッコよくて強くて他の奴らは俺以下でしかないから! ふぅー俺かっこいいぃい思考のヤンキー共のこと言ってたわけじゃないんだ」
ただ口が滑っただけということを伝えるために説得力溢れる弁明をしたはずが、びっくりするくらいヤンキー共は俺のことを睨みつけてくる。ひどい、ごめんって言ったのに。
ごめんと冗談って言っとけば許されるのがヤンキー界じゃないの?
「てめぇ……!」
「ち、違うんだ! 聞いてくれ! どうせこのあと『ぶ、ぶひぃいいい助けてぇぇぇえ俺世界一かっこいいからぁ!』って言いながら情けなさ全開で逃げだすだろう君たちを助けるために言ってるんだ! 救う価値のないミジンコの君たちにだよ⁉ あ、また口が滑った」
「口滑るとかの次元を遥かに凌駕してない?」
ヒロシの言葉通り、俺の口が滑りすぎたせいか、ヤンキー共は完全にキレちまったようで、俺の胸倉を乱暴に、かつ勢いよく掴みかかった。
だが、俺はその瞬間を見逃さない。
「ぐぁぁあああああああああああああ!」
「え?」
その場で見ていた老人も、ヤンキー共も、レイチェルもセナもミナも、目を点にして呆然としていることだろう。そしてヒロシはきっと心の中で「で、でたぁぁぁ!」とか思っているはずだ。
何をしたかって? 胸倉を勢いよく掴み掛かろうとした瞬間、信じられないくらい後方に自分からさも殴られたかのように吹っ飛んでやった……ただそれだけだ。ただそれだけだが、これはとてつもなく恐ろしい技である。
「ぐわぁぁぁあああああ顔がぁぁぁ! 胸がぁぁぁぁ! ひぃぃぃぃ痛ぇ! 痛ぇよぉおお! だ、誰かぁぁぁあ! 誰かたすけてぇぇぇえ!」
そこらへんに置いてあった露店の木箱とかも背中から潰して本当に殴り飛ばされたかのように勢いよく後方へ吹き飛んだ俺は、顔と胸を抑えて痛みを訴えながら転げまわる。
「一体何があったんだ⁉」
「いや、わからねえけど……なんかあの明らかに素養の悪そうな若者があの青年に何かしたみたいだな……ちゃんと見てなかったけど」
すると、俺の騒ぎを聞きつけてゾロゾロと周囲で買い物をしていたであろう一般人たちが集まってくる。凄い集まりっぷりだ……東京だと騒いだところでほとんどが興味を示さないスルーマンだというのに、なんて暖かさだ。
「俺は見てたぞ! そこにいた二人の若い連中が、そこの青年に殴りかかっていたんだ!」
そこで、察しの良いヒロシ君が俺の意図を組んで周囲にそう叫び散らす。
「お、俺も見た、見た気がする! 確かに胸元を勢いよく殴っていた!」
「確かそこの二人が老人を押し飛ばしたんだよな⁉ それでそこの兄ちゃんが助けようとして……なるほどな、気に食わねえから殴ったってっか?」
すると、ある程度の経緯を見ていた連中が多かったのか、合点がいったように声を大きくしてことの次第を周囲に話し始める。素養の悪そうな二人組は周囲から軽蔑した視線を浴び、果敢に立ち向かった俺に優しくし始めた。
「もう大丈夫だ」なんて言って手を差し伸ばしてくる人もいるくらいだ。というか見てたなら最初から助けろよと喉まで出かけたが、今は心の内に押し込んでおく。
「な、俺はやってねえよ! そいつが勝手に!」
「うるせえ! 俺は見てたぞ! 手を出すなんて……やりすぎたな兄ちゃん! もうすぐ巡回をしている兵士がここにくる……たっぷり反省するんだな! この程度だ、一日くらいで出れるだろうさ!」
「違う! 俺たちはマジで何もやってねえんだって! 殴った痕だってないはずだ!」
「おい、この少年胸元にあおタンできてるぞ! どう考えてもこいつらの仕業だ! いや、胸元だけじゃない……そこら中に⁉ いったいどれだけ殴ったんだ⁉」
俺の容態を見るために、街の人たちが身体を診てくれたのだが……残念ながらそのあおタン、ついこの間ヒロシ君にボッコボコにされてまだ治ってないやつなんだよなぁ。黙っておこう。
「この一瞬でこれだけの攻撃を叩き込めるなんて……こいつら、見た目通りヤバイ連中かもしれないぞ! 気をつけろ! 変な攻撃で叩きのめされるかもしれない!」
「ああ! そういや掴み掛かったと思ったら吹っ飛んでたしな!」
そしていい具合に勘違いしてくれている。この人たち馬鹿なんだろうか。
ちなみに、俺が今何をしているのかと言われると――、
冤罪だ。
やってもいない罪を、あたかもやったかのようにみせかけて、相手を奈落の底に叩き落とす最低最悪の所業。
さすがの俺も、これを使う相手は厳選するほどだ。というのも、相手の人生を潰す可能性が普通にあるからだ。俺もやるのは久しぶりである。
というのも、学生同士の冤罪なんて、その後の学校生活が最悪になるくらいで済むから昔は分が悪くなるとやりまくっていたが、今のこの二人の状況のように、大衆の前で、それも国の秩序を守るための法律が絡む行為の冤罪は半端じゃない。人生が潰れる。
俺がこの技を会得したのは、中学校時代の知り合いだった女の子、クソビッチ斎藤からだった。
思えば、彼女から伝授していなければ、俺は恐らく平然と公共の場でも冤罪しまくっていただろう。それだけ冤罪は、被害者側の立場がめちゃくちゃ弱いのだ。というのも、冤罪の多くが証拠不十分、もしくは捏造されるため、被害者側に充分なアリバイも準備もない状況から始まってしまうからでもある。
彼女は冤罪の天才だった。主に電車内での痴漢被害の。
いつも彼女は俺たちに大金をチラつかせて、サラリーマンの親父たちからむしり取った金でリッチな生活を送っていた。
『ちょーやばなんですけどぉ、ちょろりんってゆーか? あいつら金だけは持ってんじゃん? あたしらみたいなピギャルに捧げられることマジ光栄に思って欲しいんすけど。あいつらもぉーあたしみたいな激かわ女子と一時でも話せて幸せ得られただろーしキャハハ! ていうかあいつら禿散らかしすぎ、あと息臭すぎ』
『それサっちゃんがぁー、実際に触らせてたら幸せだったかもだけどぉー、サっちゃん触らせてねえじゃーん。親父たちはただの地獄? みたいなぁ?』
『触らせるわけねえじゃん、馬鹿ぁ? 触ったら警察に突き出す前にマジボコるから! あたしがぁー? 幸せって言ってんのは? 刑務所で毎日あたしを恨んであたしの顔を思い浮かべられるからってことに決まってんじゃーん?』
『キャハハハハハ!』
俺はマッハの速度で準備を整えて録音し、すぐさま警察へと持ち込んでやった。そして、冤罪ってすごいヤバイんだなって気付いたんだ。




