きったない大人が成り上がる、この世界で-12
「し、しまっ……!」
体制を崩した瞬間、絶望に襲われた。この状況で仮に近くにいるのであれば、俺は間違いなく殺されてしまうからだ。
「……だ、誰もいない?」
だが俺の心配は杞憂に終わる。やはり俺がいると錯覚していた存在は、俺の恐怖によって生み出されたものだった。部屋の中には誰もいない……そう安心した時――――
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ
ドアから無理やり部屋に入ろうとする乱暴な音が、部屋中に鳴り響いた。この瞬間、俺は安堵した。やはり先にドアを塞いでおいて正解だったと。
「は……はは! ざまあみろ!」
勝った。俺は心の中でそう確信していたんだ。
「ちょっとお客さん⁉ 大丈夫ですか⁉ いるなら返事してください! こちらの部屋だけ急にウィプスの魔力供給がなくなったんで心配になって見にきたんですけど」
その声を聴いた瞬間、無意識のうちに俺は恐怖で顔を歪めてしまう。
ヒロシ……じゃ、ない?
「セイジくんも……一緒になろ?」
その瞬間、背後から、聞きたくなかった声が耳に響き渡る。
俺は、恐る恐る、ゆっくりと、ゆっくりと背後を振り返った。
しかし……暗闇に慣れてきた目は、ハッキリと背後に誰もいないことを確認させた。
今の声はなんだったのだろうか? ……わからない。わからないが、確かに聞こえた。
壁を一枚挟んで聞こえたのではなく、確実にこの部屋で聞こえた。
呼吸が乱れる。鼓動の音が鳴りやまない。
「あ……灯りが」
直後、部屋に再び安堵をもたらす灯りが戻る。すぐさま、声の聞こえた背後を確認するがやはり誰もおらず、俺はホッと胸をなでおろす。
とにかく、俺を心配してドアの前にまで来てくれた店主に挨拶しなければと、移動させた棚を戻すために正面を振り向いた。
「やあ」
そこには……血走った目で、殺人ピエロのような不気味な笑みを浮かべるヒロシが立っていた。
「うわぁああああああああああああああああああああ!」
手元に持っているドアを破壊したであろう鎌をその目にした瞬間、俺は一目散に飛び退いて叫び声を上げながら部屋の隅へと逃げ込んだ。
そこに立っていたのは、昼間モンスターとして活躍したヒロシよりも、ずっとずっと恐ろしいモンスターだった。口元は笑っている。でも、目が笑っていない。何を考えているのか全くわから……いや、わかる。あいつはただ、ただただ俺を殺そうとしている!
それだけはわかる。俺の第六感が全力でこの場から逃げろと叫んでいる。
「一体……どこから入って…………⁉」
ふと、その時、視界に開きっぱなしになっている窓が視界に映る。そうか、窓から普通に入ってきたのか……気付けよ俺。
「ぉおおおおおぁぁぁああああああああああああああああああ!」
「うわぁぁあああああああああ!」
意味不明な叫び声をあげながら、ヒロシは手に持った鎌を全力で俺に振り下ろした。寸でのところで回避した俺は、一目散にドアの前へと走り、棚を押しのけて外へと飛び出す。
「レイチェル……セ、セナ! た、助けてくれぇぇぇぇえええ! サトウチでもいい!」
三人は、リビングで座って食事をとっていた。でも、まるで俺がいないかのように完全に無視を決め込んで、話してもくれなかったんだ。なんて冷たい奴らなんだ……いや、違う? こいつらまさか、俺が見えていないのか⁉
ヒロシ……お前は一体何をしたんだ⁉
「ち、畜生! このままだと殺されちまう!」
「何をそんなに慌てておるのじゃ?」
再び一目散に逃げだそうとすると、その途中、俺はミナと廊下ですれ違う。
「ミナ! お前は俺が見えるのか?」
「何を言っておるのじゃ?」
「いや、レイチェルたちはなんでか知らないが話しかけても全く反応がないんだ!」
「姉上たちはセイジの今日の昼間の行為、相当怒っておったぞ? 単純に無視してるだけじゃろ」
え、うそ? 無視? どうしよう……傷つく、泣きそう。いや、今はそんなこと言っている場合じゃない!
「頼むミナ! 助けてくれ! このままだと俺はヒロシに……!」
「ヒロシなら後ろにおるぞ?」
「え?」
その瞬間、俺の首がガッ! と強く掴まれる。ゆっくりと背後を振り返ると、そこには不敵な笑みを浮かべながら、何やら見知ったオレンジ色の液体の入った瓶を持ったヒロシが立っていた。
「まあ、自業自得じゃの。ワシは助けんからのう~」
そう言いながらミナは、どうでも良さそうにリビングへと向かって行った。なんて薄情なやつなんだ……信じられない。味方を見捨てて、味方が酷い目に合うのをわかっていながらどっかに行くなんて……人の心を持っていないよお前!
「セイジくん……死のう? 社会的に、死のう?」
……そこからのことはよく覚えていない。気付けば俺は、草原のど真ん中を、ボクサーパンツ一丁で、馬のいない馬車を、馬代わりに俺が引きながら歩いていた記憶だけだった。
何があったのかはわからない。
ただの心のうちに残っていたのは、腕力のない俺が今まで仕返しを受けずにすんでいたのは、やられた相手が他のヤンキーを俺の仲間だと勘違いしてくれたおかげだった。
でもこの世界にはヤンキーなんていなくて、俺は一人ぼっちだったんだ。
つまり何が言いたいかっていうと……何事も、やりすぎはよくないってことだ。




