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5. 現れた九尾!

 那月と近江屋は、引き続き暗がりの中、捜索を続けていた。


「結構探したけど、見つからないね」


「まあ、危険なドッペルゲンガーなんて大量にいたら大変なことになるからね」


「そうだよね。いないにこしたことはないんだけど」


「結構歩いたし、一度まちの方に戻ろうか?」


「私はまだ大丈夫」


「いや、気持ちはわかるんだけど。まだ出雲さんは高校生だからね、さすがに深夜は……」


 と、そんな話をているときだった。


 那月は突然立ち止まり、頭を押さえた。


「……っ!」


「出雲さん! 大丈夫か!」


 近江屋は那月に駆け寄った。痛みがひどいのか、那月は両手で強く頭を押さえてしゃがみ込んだ。


「はぁ……はぁ……なん……で……うぅ!」


「しっかりしろ!」


 近江屋は地面にしゃがみ込む那月の体に手を添えた。心なしか、その体は通常よりも冷たく感じられた。


「まさか!」


 と、近江屋は立ち上がり、周りを見渡す。しかし、周りには何の気配もない。再び那月の方へと視線を戻すと、那月は意識を失い地面に倒れこんでいた。


「出雲さん!」


 と、近江屋は那月の体を起こすも、反応がない。


「……ここはまずい。早く安全なところに連れて行かないと」


 と、近江屋は加奈にメッセージだけ打ち込むと、那月を背中に背負い走り出した。


「……出雲さん。すまない」



 

 時は少しさかのぼる。那月たちと別れた加奈とカボ太郎は、迷路のまちを中心に捜索を始めた。夜遅くなっているとはいえ、人はまだちらほらといる。妖怪美術館の方でも、つさっきまで夜のイベントがやっていたそうだ。


「カボ太郎。ドッペルゲンガーって、一目見てわかるかなー?」


「わからんだろ。話しかけてみるしかないんじゃないか?」


「さすがにそれは迷惑かも……とりあえず、様子のおかしい人がいないか探して回ろう!」


 二人は迷路の街の隅々までを捜索した。しかし、ドッペルゲンガーと思しき存在と遭遇することはできなかった。


「はぁ~、全然いない」


「いっぱいいたら、俺らだって気づくからな」


「ふぅ~、もう日付変わってるよね。人いないからいいけど、見つかったら怒られちゃう」


「そんときは大人の姿に化けてやるから、心配すんな」


「さっさすが~!」


 と、二人で和気あいあいととしていたときだった。加奈のスマホが鳴った。


「あれ? なんだろう?」


 と、スマホを確認すると、そこには近江屋からのメッセージが入っていた。


『出雲さんが倒れて気を失った。僕が見るに、病気ではなく超常現象由来のものだ。急いで宿に連れて帰って休ませる』


 加奈は驚いて声をあげた。


「え! 那月が倒れたって!」


「なんだ? 病気か?」


「近江屋さんが言うには、超常現象由来らしいけど」


「は、なんでそう断言できんだ? ま、このへんで言えば、外道神げどうがみに取りつかれたか?」


「外道神……取り憑かれたら熱とか出る奴だよね」


「今の時代だし、よっぽどのことがなければ、問題ねえ」


「でも、心配。私たちも宿に戻ろっか」


 と、そんな話をしているときだった。暗く静かな迷路のまち、その道の先に一人の女性の後ろ姿があった。金髪のショートヘアに見慣れた服。その後ろ姿はそのまま出雲那月だ。


「あれ? 那月! 大丈夫なの? それよりどうしてここに」


 と、加奈は背を向け佇むそれに駆け寄ろうとした。そのとき、カボ太郎が加奈の腕を引っ張ってとめた。


「ま、待て!」


 腕を引っ張らられた加奈が振り返ると、少年姿のカボソは大量の冷や汗をかいていた。


「え、どうしたの」


「違う! 那月は確かに怖いが、こんな身の毛がよだつような妖力は発してなかった」


 カボ太郎の必死の訴えに、加奈はもう一度那月と思われる存在の方を見た。


 その存在は、ゆっくりとこちらに振り向き始めた。素顔は狐の面で隠れている。そして、横顔が見えた時、その存在は狐の面を頭の上にずらした。


 そこに現れた顔は、明らかに出雲那月であった。しかし、雰囲気が違う。それは、不敵な笑みを浮かべ加奈の方を横目で見つめる。


 加奈はその雰囲気に気圧され、思わず後退りした。


「違う。那月だけど……那月じゃない」


 そして次の瞬間。その存在の背後に、黒いオーラで形取られた、九つの尾が一度に広がった。それは、人に化けた九尾が今まさに正体を現そうとしているような光景だ。


 加奈の体は言いようのない強烈な悪寒に襲われた。体に眠る全ての本能が危険を知らせている。


「カボ太郎!」


 と、加奈はカボ太郎の手を握り、一目散に駆け出した。ここにいてはまずい、そう感じたからだ。




 加奈とカボ太郎は振り返ることなく走り続けた。どれくらい全力で走ったのだろうか。迷路のまちの中心部からは、だいぶ離れた場所まで来たようだ。加奈は、恐る恐る振り返るも、誰もいない。あの身の危険を感じさせるような圧も感じない。加奈は酷く息切れしながら、地面に座り込んだ。


「はぁ……、あれってドッペルゲンガー? 危険すぎない?」


 同じく息を切らせている少年の姿のカボ太郎は、首をふった。


「あの妖力は、もう妖怪だろう。それも、ド級の! 俺だって経験したこのない力だ」


「妖怪って……もしかして、九尾さん?」


「よくあんな恐ろしい奴にまで、親しみこめて呼べるなぁ。加奈も見えただろ、九つの尾が」


「うん。でも、姿は那月だったよ」


「九尾だったらいくらでも化けられるだろ。なんてこった、ドッペルゲンガー探しが、九尾にぶち当たるなんて」


 と、カボソは頭を抱える。


「妖怪さん同士仲良くできないの?」


「無理だろ! さっきあんたも見ただろ! あれはヤバイって!」


「確かにそうだけど……」


 と、加奈は考え込んだ。


 カボ太郎が言うにはあれは九尾だ。もの凄い妖力に、九つの尾。それに人に化けられる。だけど、加奈は不思議に思っていた。なぜ、那月に化けているのか。それに、危険なドッペルゲンガーはどうなったのか。仮にあれが那月のドッペルゲンガーだとしたら、なぜあんなに妖力をも持った九尾なのか。加奈は結論が出せなかった。


「カボ太郎。危険なドッペルゲンガーとあの九尾の関連性ってあると思う?」


「九尾が化けてたんなら、別におかしな点はないだろうよ。とりあえず、一大事だ。さっさとどうにかしねぇと」


「……那月が倒れたことと関係あるのかな?」


「ねえだろ。襲われたんならタイミングはやすぎだぜ」


「うーん……とりあえず、私たちも宿に戻ろう! 那月が心配」


「ま、そうだな。外歩いてても危ないからな」


 と、加奈とカボ太郎も宿へと戻った。



 

 宿の自室に戻ると、那月は布団に寝かされていた。そして、横には近江屋の姿があった。


「那月!」


 加奈は、那月の傍に駆け寄った。那月はどうやら眠っているようだ。だが、どこかうなされているかのようにも見える。


「大丈夫、今は眠っているよ。出雲さん、突然頭を押さえて気を失ってね……それより、天川さん。詳しくきかせてくれ」


「うん。九尾さんが出たの」


 と、加奈は当時の状況を近江屋に説明した。それを聞いた瞬間、近江屋は口元を手で押さえ、下を向くと何かを呟き始めた


「……九尾......出雲さんの姿の……あのタイミングで……」


「近江屋さん?」


「ああ、すまないね。予想外のことにちょっと考え込んでしまって」


 近江屋は、またしばらく考え込むと、加奈に問いかけた。


「天川さん。もう一度確認したいんだけど、出雲さんの姿をした存在が加奈さんを襲ったんだね?」


「襲われたわけじゃないけど……明らかにヤバイ雰囲気だった」


「そうか……」


 と呟くと、近江屋は立ち上がった。


「天川さんと、カボ太郎はここで出雲さんを見ていてくれ。僕が、そいつを探してくる」


「え、一人でなんて危険じゃ……」


「出雲さんとは、君の安全を第一に動くと約束している。それに、君が傍にいた方が出雲さんも安心するだろう」


 加奈は寝込んでいる那月の顔を見た。やはり何かにうなされているかのようで、苦しそうにも見える。


「じゃあ、せめてカボ太郎と一緒に行った方がいいよ」


「え、俺!」


 カボ太郎は驚きの声をあげる。


「わかった。じゃあ、行ってくる!」


 と、近江屋は抵抗するカボ太郎の手を引っ張り部屋を出ていった。


 部屋には加奈と那月の二人だけだ。


「那月……」 


 そう呟くと、加奈は那月の頭を優しくなでるのだった。




 宿を出た近江屋とカボ太郎は、宿の周辺を捜索していた。


「あ、カボ太郎。僕は君がカボソだってわかってるから、自然体でいいよ」


「おいマジかよ! いつからこんな化けるのが下手になっちまたんだ」


 と、カボ太郎は頭を抱えた。やはり、一日に三人にもの人間に見破られたのはショックだったのだろうか。


「下手じゃないよ。まあ、僕らが慣れてるだけかな。それで、妖怪目線で見て、その出雲さんの姿をしたやつは本当に九尾だったのかい?」


「間違いないだろ。九尾じゃなきゃなんなんだ」


「ドッペルゲンガー、とか?」


「まっさかー。それじゃあ、あいつが九尾だとでも?」


「それはない思う。基本的にドッペルゲンガーは人だけだ。妖怪のドッペルゲンガーは見たことない」


「詳しいんだな」


 近江屋は、静かに首を横に振った。


「いや、まだわからないことだらけだよ。でも、もうこれ以上ドッペルゲンガーは増えない」


「なぜそう言える?」


「増えないようにしたからね」


「はぁ!? そんなんできんのかよ。じゃ、楽勝だな!」


「……だけど、一度出現してしまったドッペルゲンガーはどうしようもない。直接やりあうしか」


「結局そうなるのかよー」


 とカボ太郎は再び頭を抱えた。


 そうしていると、二人の背後に突然気配が現れた。二人はばっと前に飛び、振り返った。そこにいたのは、狐の面をしたカボソであった。


「カボソ?」


 近江屋がそう呟く横で、カボ太郎は狐の面を被ったカボソを指さしながら、体を震わせていた。そして、カボ太郎は恐る恐る口にした。


「やっぱりそうだ……こいつは俺だ!」


「なんだって」


 近江屋は、再び狐の面を被ったカボソの方へと目をやる。しかし、そこに狐の面をしたカボソの姿はなかった。


「どういうことだい? 君の他の仲間じゃないのか?」


「俺の体は俺が一番わかる」


 つまり、カボ太郎はこう言っているのだ。カボ太郎のドッペルゲンガーが目の前に現れていたのだと。


「おかしい。妖怪のドッペルゲンガーなんてできないはずだ……いや、それよりいったん戻ろう。出雲さんたちも危ないかもしれない」


 と、二人は急いでで宿に戻った。




 加奈が那月の傍に座っていると、近江屋は血相を変えて戻ってきた。


「大丈夫か!」


「へ? なにかあったんですか?」


 キョトンとする加奈に、近江屋はカボ太郎のドッペルゲンガーの話をした。


「カボ太郎のドッペルゲンガー……でも、何も手出ししてこなかったんですよね」


「うん。直ぐに姿を消したよ。でも、あまりに宿の近くだったから不安になってね」


「えーと、そのカボ太郎のドッペルゲンガーは狐の面を被ってたんですよね。もしかして、那月に化けてた九尾に関係あるんじゃ」


「そうかもしれない。……しばらくは、出雲さんが目を覚ますのを待つしかないか」


 と、近江屋は那月の方へ視線を落とした


「せめて、日が昇るまでは待った方がいいよね」


「うん。僕が見張っておくから、天川さんも休んで」


「ありがとうございます」


 と、加奈は眠りについた。

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