4. 危険なドッペルゲンガー?
宿に着くころには、夕方になっていた。加奈たちは、一度自分たちの部屋に入った。
「やっと戻ってこれたー。あ、カボ太郎は何か飲む?」
と、加奈は部屋のミニ冷蔵庫を漁る。有料ではあるが、お茶などがすでに入っている。
「暖かいのが良い」
「じゃあ、お湯沸かすね」
と、加奈はせっせと飲み物の準備に取り掛かった。那月は部屋の隅でスマホの画面と睨めっこしている。何か気になる情報でも見つけたのだろうか。
カボ太郎は畳の上でゴロゴロしている。人間の姿にも慣れているのだろう。そうしているとお湯が沸き、加奈は三つのカップにお茶を淹れた。
「はい、どうぞ」
加奈がカボ太郎に差し出すと、カボ太郎はお茶を冷ましながら少しずつ飲み始めた。
「ほら、那月も。息抜きも大事だよ?」
「ありがとう。ちょっと面白い情報を見つけてね」
と、那月はスマホの画面を見せながら語り出した。
「この記事を見て欲しい。3週間前くらい前のだけど。ある凶悪犯が香川県の南部で捕まったんだよ。その凶悪犯は兵庫から小豆島を経由して四国に逃げ込んでたらしい」
「小豆島を経由して……遠回りしてるね」
「うん。多分、逃走経路を特定されないようにするためだと思う。けど、もっと興味深い話があって」
と、画面をスクロールした。
「これ。小豆島の目撃情報を元に、犯人の逃走先を特定したと書いてある。だけど、この目撃情報について、面白い話がある」
と、那月は紙とペンを取り出し書き始めた。
「犯人が香川県南部で捕まったなが3週間前。それで、小豆島での目撃情報があったのはその逮捕される2日前。だけど、このコメントを見て欲しい」
と、SNSのコメントを見せた。
「これ。香川県南部で逮捕される直前にも、小豆島で目撃情報がある。それも多数」
「え! もしかしてそれって」
その加奈の反応に、那月は頷いた。
「そう。その凶悪犯のドッペルゲンガーが小豆島にいたってことになる。カボ太郎、貴方達は化けてないでしょ?」
「そうだな。数日しか滞在してない奴に化けることは基本的にないからな」
「うん。つまり、凶悪犯という危険なドッペルゲンガーがつい最近、この小豆島にいた可能性が高い」
那月はそう結論づけた。
「那月。ということは、危険なドッペルゲンガーはここ1ヶ月以内に出現してるのかな?」
「多分。とりあえず、この件は調査した方が良さそう」
「危険なドッペルゲンガーに絞るなら、どうやって探せば良いのかな?」
「……夜かな」
加奈は、今までの目撃情報を目撃情報を思い返した。カボソの仕業でないものとされるものは、主に三つだ。一つは加奈自身のドッペルゲンガーだ。自分のドッペルゲンガーが危険なのかどうかはわからない、恐らく無害なのだろうが、その加奈のドッペルゲンガーは深夜に見かけた近江屋蓮は言っていた。二つ目は、老婆の話だ。最近の出来事として、いじめっ子である子供二人が、カッターナイフを持つ子供のドッペルゲンガーに襲われたというものだ。時間帯は、門限を過ぎて日が落ちていたと言っていた。そして、三つ目が那月が見つけてきてくれたネット上のコメントだ。小豆島で凶悪犯を見かけたというコメントが多数あったが、そのコメントの投稿時間は全て夜であった。つまり、危険なドッペルゲンガーは、夜に出現する可能性が高いということになる。
「そうだよね! 私のドッペルゲンガーが危険だとは思わないけど……全部夜に目撃されてるよね」
「その通り! 一応聞いておくけど、カボソ達が化ける時間帯に夜だけみたいな縛りはないよね」
「ないない。まあ、夜の方が化けやすいが、さっきの俺みたいに昼に化けることもよくある」
「うん、決まりだね。じゃあ、夜に危険なドッペルゲンガーを探しに行こうか」
「うん! あ、でも……、何か護身用の装備とかいるかな? 妖怪さんと違って、凶器で襲われたら困るよね」
「だけど、どうしようもないよね。出会ったら様子見て、やばかったら逃げる。いざというときは、カボ太郎。貴方が守ってね」
「任せとけ」
と、少年姿のカボ太郎は小さな体で胸を張った。
「あ、そうだ!」
突然加奈は声をあげた。
「加奈、どしたの?」
「近江屋さんにも協力してもらおう!」
「え、あいつに?」
「男の人だったら力あるし!それに、私のドッペルゲンガーを見たの近江屋さんだったでしょ!」
「まぁ……たしかにそうか。仕方ないか……でも、協力してくれるかどうかなんてわからないよ」
「ダメもとで聞いてみよう!」
と、加奈は近江屋からもらっていた連らく先に電話をかけた。すると、近江屋は直ぐに電話に出た。
「近江屋です」
「こんばんは! 今日の朝連絡先をもらった天川加奈です!」
「ああ! 連絡ありがとう。それで、どうしたんだい?」
「ちょっと、協力してほしいことがあって……」
「協力?」
「はい! 夜、一緒にドッペルゲンガーを探しに行ってもらえませんか?」
「夜? 危なくない?」
「ええと、それもあって夜に近江屋さんと行けたらなーって」
「……よかったら、直接あって詳しく話を聞かせて欲しいな。今どこにいるんだい?」
「朝と同じ宿にいます」
「丁度良かった。僕もいま宿の自室にいたところなんだ。ええと、どこで会おうか?」
加奈は那月にどうするか目で尋ねた。那月は、両手の指を下に向けて、この部屋でいいと伝えた。
「私たちの部屋でもいいですか?」
「わかった。直ぐ向かうよ」
と、加奈は部屋番号だけ伝えると、電話を切った。
「今から来るって」
「うん。他の人に聞かれても困るもんね。部屋が丁度いいよ」
「あ!カボ太郎はどうしよう!」
「そのまま化けといてもらったら?」
「そうだよね……カボ太郎、バレないように気を付けてね!」
「当り前よ!」
「まぁ……バレたらバレたでそれは面白いか……」
と、那月は何か考えるような素ぶりを見せながらそう呟いた。どういうことだろう、と加奈が不思議に思っていると、扉をノックする音が聞こえた。「はーい!」と、加奈が返事すると、「近江屋です」と返事が返ってきた。朝に聞いた声と同じ声だ。加奈は扉を開けて、近江屋を招きいれた。
「こんばんは。天川加奈さんに、出雲那月さん、だったよね。あれ、そこの子供は?」
「カボ太郎だ」
カボ太郎がそう答えたとき、那月はしまったと顔を押さえた。カボ太郎なんて、カボソだと丸わかりのの名前だ。せめて、苗字含めてカボソの偽名を考えておくべきだったと。
「はは、君はカボ太郎て呼ばれているんだね。 よろしく!」
と、近江屋は手を差し伸べた。カボ太郎もそれを握り二人は握手した。すると、近江谷は笑って、
「あはは! 天川さん、やっぱり慣れてるんだね。カボ太郎とは仲いいの?」
「今日知り合ったばかりだけど、仲いいですよ!」
「それは良かった。つまり、この四人でドッペルゲンガー探しに行くってことだね?」
「そうなんです!」
加奈たちは再び机の周りに座った。
「天川さん。それで、ドッペルゲンガーについてはどこまで調べられたんだい?」
「危険なドッペルゲンガーがいて、それは夜に現れるってことです」
と、危険なドッペルゲンガーの事例を説明した。近江屋は真剣な表情で一つ一つ丁寧に聞いていった。
「なるほど。よくそこまで調べられたね。君たちも探偵とか向いてるかもしれないね」
「ありがとうございます! それで是非、私のドッペルゲンガーを見た近江屋さんにも協力してほしいなって!」
「いいよ! 僕も結構な間小豆島に滞在してるせいで、そろそろ暇になってたんだ。それに、女の子たちだけじゃ、危ないからね」
「やった! ありがとうございます!」
加奈は喜んだ。正直、すんなりオーケーしてくれるとは思っていなかったが、近江屋は特に疑問を口にすることもなかった。
「じゃあ、どうやって探そうか。手分けするなら二人ずつで分かれる?」
「四人で固まっても、しょうがないもんね。どう分かれるのがいいかな?」
加奈がそう言うと、那月はすかさず口を開いた。
「加奈はカボ太郎と。私が近江屋さんと二人で行動、でどうかな」
「へぇ、意外だねぇ。てっきり出雲さんは、天川さんの傍にいると思ってたけど」
「今はこっちの方が加奈のためになると、判断しただけです」
「なるほど。それじゃあ、カボ太郎は責任重大だね」
と、近江屋が少しおどけてカボ太郎にそういうと、
「加奈は命に変えても俺が守る!」
と、カボ太郎は大まじめに宣言した。
「出雲さん、カボ太郎のこといじめた?」
「別にぃ」
と、那月はぷいっと顔をそむけた。
こんな話をしている内に、もう日は落ちている。二日目以降は忙しくなるだろうと、加奈たちは宿での夕食の予約はしていない。直ぐにでも出発できる。
「じゃあ、そろそろ危険なドッペルゲンガー探しに行きましょう!」
と、加奈たち四人は、夜の町へと出かけた。
四人はひとまず、妖怪美術館のある迷路のまちへと到着した。そこで、簡単な食事をすませると、加奈とカボ太郎のチーム、那月と近江屋のチームに分かれて捜索を開始した。加奈とカボ太郎は、迷路のまちの中を中心に。那月と近江屋は、迷路のまちのはずれの人通りの少ないところ中心に捜索することとなった。
時刻は23時ごろ。迷路のまちの外れにて。那月と近江屋は人気のない場所を歩いていた。周りに家も少なく、逆に自然が多い。人よりも野生動物に遭遇しそうなぐらいだ。
「近江屋さん」
「どうしたんだい?」
「貴方が加奈のドッペルゲンガーを見つけたのもこういった場所だったんですか?」
「そうだね。迷路のまちの外れだよ」
「……貴方にはいくつか聞きたいことがある」
と、歩みを止め、近江屋の前に立った。
「そうだと思ってたよ。でなければ、君は天川さんから離れないだろうからね」
「まず一つ。なぜ、深夜にこんな場所を歩いてたの?」
「散歩、て言っても君は信じてくれないよね。君はどう考えてるんだい?」
「貴方は……いえ、貴方も危険なドッペルゲンガーを探していた。違う?」
「隠し事をしてたら君からの信用は得られなさそうだしな」
と、近江屋はうんうん頷くと、那月の目を真っ直ぐ見て答えた。
「その通り。僕も小豆島のドッペルゲンガーの話は気にかけていて、調べていたんだ。だから、夜に危険なドッペルゲンガーが出やすいってこともわかってた」
「……それで、探してどうするつもりだったの?」
「生態を調べるつもりだった。未知の情報は、地道に調べるしかないからね」
「成果は?」
「……ないかな。実際に夜に会えたのは、天川さんのドッペルゲンガーだけだった」
「次の質問。あなた、カボソのことわかってたよね。ドッペルゲンガーもそうだけど、超常現象に慣れてるの?」
近江屋はその質問に対して静かに頷いた。
「慣れてるよ。事件を調査してたら、超常現象に遭遇することもあるからね。それに、身内が酷い目あったこともあってね」
そのとき、那月は驚いた。発言にではない。近江屋の表情に対してだった。那月とは反対に常に笑みを浮かべている近江屋。そんな彼の発言はどこか、上辺だけを話しているように感じられていた。だが、今の発言をしたときだけ、近江屋の目はどこか哀しそうであるように、那月には感じられたのだ。近江屋を信用できない那月ではあったが、この発言だけはどこか本当にそうなのなど、心から感じられた。
「……そうなんだ。近江屋さん、いつから小豆島に来てるの?」
「一カ月くらい前かな」
「随分長いんだね」
「まあね」
「……正直に言うと、私はまだ貴方が何か隠してると思ってる。だけど、ここでは追求しない」
「ありがとう。君は本当によく人を見てるね」
「うん。だけど、一つお願いしたい。加奈に危険が迫ったら、加奈のために全力で動いてほしい」
「……うん。他の人に危害が出てるのを見て見ぬふりしたら、怒られるだろうからね。もちろん、天川さんだけじゃなくて、君のためにも動よ! 出雲さんはもっと、自分を大切にしないと、天川さんが悲しむよ」
と、近江屋は笑って那月にそう声をかけた。那月は余計だと言わんばかりに、じっと目を細めて近江屋を睨んだ。そして、少しため息をつくと、
「約束だからね。加奈は貴方のこと良い人だって、言ってたから……約束、破らないでよ」
「ああ」
近江屋は、那月の目を真っ直ぐみてそう答えた。
「それじゃあ、再開しようか」
「ええ」
二人は、再び暗い道を歩き出した。




